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日外会誌. 121(4): 458-459, 2020

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会員のための企画

医療訴訟事例から学ぶ(115)

―陰部打撲患者に対し専門医の受診を勧めず過失が認められた事例―

1) 順天堂大学病院 管理学
2) 弁護士法人岩井法律事務所 
3) 丸ビルあおい法律事務所 
4) 梶谷綜合法律事務所 

岩井 完1)2) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1)



キーワード
精巣梗塞, 陰嚢血腫, 精巣摘出術, 精巣上体炎

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【本事例から得られる教訓】
いかに患者に同情すべき事情等があったとしても,診療録や診断書には診察・診断内容を忠実に記載しなければならない.事実に反する記載をすることで医師が敗訴等の不利益を被る可能性もあるということに十分留意したい.

1.本事例の概要(注1)
今回は,患者の求めに応じ事後的に診療録に追記等したために,外科医が訴訟で不利益を被った事例である.
平成24年12月24日午後5時頃,患者(男性・当時29歳の会社員)は,営業先から勤務先に戻る途中,自転車にまたがろうとしたところで転倒し,陰部を打撲した.
12月29日午後9時頃,患者は,自宅で入浴中,睾丸部分が前日と比較して腫れていることを確認し,我慢できないほどの痛みを感じたため,Y病院の救急外来を受診した(担当医はY病院に非常勤で勤務していた医師で,専門分野は外科であり,泌尿器や生殖器に関する患者の診療や手術も多数経験していた).
担当医は腹部・陰嚢部等を視診・触診し,血液検査・胸腹部CT検査・尿検査を実施した(患者の体温は,38.1℃).胸腹部CT検査において患者の陰嚢上部が撮影されたが,陰嚢上部の腫脹・血腫および精索の左右差は認められず,尿検査においても特段の異常は認められなかった.しかし,血液検査の結果,白血球数は18,400/μL(基準値3,500~9,700/μL),CRPは10.79mg/dL(基準値0.30mg/dL以下)であり,炎症反応が認められた.
担当医は,患者の痛みの原因は本件転倒事故による腹壁軟部組織の損傷と陰嚢部の打撲であると判断し,陰嚢部については経過観察とするのが相当であると考え,消炎・鎮痛・解熱の目的で湿布(カトレップパップ)を処置し,ロキソニン錠とムコスタ錠を3日分処方した.そして,患者に対し,安静にして痛みがあれば再度受診してほしい旨伝えて,診察を終えた.
平成25年1月1日の午前5時40分頃,痛みと腫れが増し,我慢できなくなったため,患者はV病院(後医)に救急搬送された.血液検査・尿検査の結果,白血球数は17,400/μL,CRPは14.44mg/dLであり,尿検査において大腸菌が検出された.陰嚢部のMRI検査を行ったところ,左精巣部分の造影効果が認められず,左精巣梗塞(壊死)と診断された.
1月4日,患者は左精巣摘出術を受けた.
1月22日,患者は,おおむね良好な術後経過を経てV病院を退院した.
8月9日,労働基準監督署長は,患者からの療養補償給付および休業補償給付請求に対し,本件精巣壊死と本件転倒事故の間に因果関係はないとする協力医の意見書等を根拠として,患者に療養補償給付等を支給しない旨の処分をした(注2).
8月12日頃,患者は当該不支給処分を受け,担当医に対し,睾丸の腫脹等について診療録に記載するように求めた.担当医はその要求に応じ,(その時点での診療録には記載のなかった)「傷病の部位及び傷病名」の欄に「陰のう打撲・血腫形成」と記載し,「陰のう血腫(+)」(平成24年12月29日欄)等を追記した.そして,担当医は,平成25年8月17日に左側腹部打撲・陰嚢打撲・血腫形成を傷病名とする患者の診断書を作成した.
12月21日,担当医は労働者災害補償保険審査官と面談し,追記したカルテ等に沿った所見を述べた(最終的に,患者は療養補償給付等を支給された).

2.本件の争点
主な争点の一つは,担当医の転医勧告義務の有無であったが,その前提として,平成24年12月29日(初診時)の時点で患者に左睾丸の腫れと左精巣部分の血腫が生じていたか否かにつき,当事者間で激しく争われた.

3.裁判所の判断
裁判所は,診療録に「陰のう打撲・血腫形成」,「陰のう血腫(+)」の記載があることや,担当医が平成25年8月17日に左側腹部打撲・陰嚢打撲・血腫形成を傷病名とする患者の診断書を発行したこと,同年12月21日の労働者災害補償保険審査官との面談で,担当医は,患者には睾丸の腫れ・血腫形成が認められており,左精巣壊死と本件転倒事故との関連性は十分あり得る旨の所見を述べたこと等から,初診時において,患者には左睾丸の腫れと左陰嚢部分の血腫が生じていたと認定した.
その上で,担当医は患者に対し,精巣梗塞症等の重大で緊急性のある病気の罹患等の可能性を説明した上で,泌尿器科の専門医への受診を勧めるべき注意義務があったとして,担当医の過失を認定した.
これに対し担当医側は,平成24年12月29日に患者の陰嚢部は外傷や皮下出血がなく,僅かに腫れていたものの強い腫脹はなく,熱感も,陰嚢部分の血腫も認められておらず,平成25年8月12日頃の患者からの要求に応じ,患者の左精巣壊死が労災認定されるようにするために,診療録や診断書に事実に反する記載等をしたと反論した.
しかし裁判所は,医師である担当医が労働基準監督署に提出する診断書に虚偽の記載をすることは刑事罰にも問われ得る行為であって(刑法160条参照),担当医と患者との間に医師と患者という関係を超えて特別な便宜を図らなければならないような関係はなく,患者への同情があったとしても,担当医が診療録や診断書にあえて虚偽の記載をしたとはおよそ考え難いと述べ,担当医側の反論を排斥した

4.本事例から学ぶべき点
裁判所は,たとえ患者への同情があったとしても,担当医があえて事実に反する記載をしたとはおよそ考え難いとした.果たしてそうだろうか.
担当医が,患者に寄り添い,患者の金銭的な給付等に有利に働くならば,という配慮から診療録に後日に追記し,診断書にも患者に有利になるような記載等をした可能性は考えられないだろうか.
改めて言えることは,やはり裁判所は,カルテや診断書の記載を重視するということである.患者への配慮と思ってしたその言動が,医師自身の過失を認定される証拠となる可能性があるということは,ぜひ留意して頂きたい.

 
利益相反:なし

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引用文献および補足説明
注1) 大阪地裁平成30年4月25日
注2) 本件では,転倒事故と精巣壊死との間の因果関係を否定する医師の意見もあり,因果関係についても争われたが,誌面の都合上割愛する.

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