日外会誌. 121(4): 429-434, 2020
特集
食道癌診療の現況と展望
5.頸部食道癌手術
大阪大学大学院 消化器外科 山﨑 誠 , 牧野 知紀 , 田中 晃司 , 山下 公太郎 , 土岐 祐一郎 |
キーワード
頸部食道切除, 喉頭温存, 遊離空腸再建
I.はじめに
頸部食道癌は,輪状軟骨下縁(食道入口部)から胸骨上縁までのおよそ3cm程度の食道に発生した癌であり,食道癌全体の約5%程度と比較的稀である.リンパ節転移の頻度が高く進行癌の状態で診断されることが多いものの,胸部食道癌に比較して広い領域に転移をきたすことは少ないため,外科治療の適応となる症例は多い.しかし一方で,頸部食道は咽頭や喉頭と連続しているため,喉頭を合併切除しなければいけないことがあり,根治のみならずQOLなども十分に考慮した治療法選択が重要である.本稿では頸部食道癌に対する外科手術について概説する.
II.診断
基本的には胸部食道癌と同様に上部消化管内視鏡検査,CT検査,PET-CT検査,さらに下咽頭食道造影検査や超音波検査を併用して深達度(T),リンパ節転移(N),遠隔転移(M)診断を行う.
頸部食道癌においては原発巣の位置と周囲臓器への浸潤の有無・程度が治療法,特に手術の適応および術式に大きく関係することが多く,治療前の診断が重要である.原発巣口側の咽頭浸潤の有無の診断には下咽頭食道造影検査や最近ではvalsalva手技を併用した上部消化管内視鏡による検査1)2)も有用であるとの報告もある.
III.治療法
頸部食道癌の治療戦略については,これまで大規模試験や比較試験などがなくガイドラインにおいても明確に示されていないのが現状である.表在癌に対する内視鏡的治療の適応については,胸部食道癌と同様である.それ以外の切除可能な癌に関しては,外科治療を中心とした治療戦略がなされている.
頸部食道癌に対する予後改善を目的とした術前補助療法の有用性は示されておらず,外科手術が第一選択となる.ただし,化学放射線療法を施行することにより喉頭温存割合が高くなるとの報告3)
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5)があり,喉頭温存を希望される場合には化学放射線療法が考慮される.
IV.手術適応
上記に述べた検査によりT,N,M因子を評価し,手術適応を決定する.
T因子:一般的にはT3までが手術適応となるが,咽喉頭,甲状腺,気管への浸潤(T4)に関しては,合併切除による根治切除が可能となるため,これらの臓器浸潤自体で手術適応外になるとは限らない.
一方で,咽喉頭や気管の合併切除により声を失うことになるので,術後の生活について十分な説明を行ったうえで適応を判断する.一般的に咽喉頭合併切除の適応となるのは,①原発巣の口側への進展による咽喉・喉頭への浸潤,②原発巣およびリンパ節による気管浸潤,③両側反回神経への浸潤による反回神経麻痺,となる.また,リハビリ介入においても回復が極めて困難と考えられる嚥下障害を持つ症例においても,相対的な咽喉頭合併切除の適応となる.
上記①,②において,患者が喉頭温存を希望する場合,根治的もしくは術前化学放射線療法を行い,腫瘍縮小により喉頭が温存できる場合に手術を行うこともある.2017年度版の食道癌診療ガイドラインにおいても喉頭合併切除となる食道癌に対して,喉頭温存を希望する場合には化学放射線療法を行うことを推奨している6).
N,M因子:頸部食道癌においては,頸部および上縦隔リンパ節に転移が留まるものを手術適応としている.一方で,頸胸境界部にまたがるような腫瘍で腫瘍中心が縦隔側にある症例では,中下縦隔や胃周囲リンパ節にも転移が比較的多いものの,長期予後が期待できるとの報告もあり,原発巣の位置を十分に検討したうえで手術適応を検討する必要がある7).
V.手術
頸部食道癌に対する手術は,原発巣の局在,その進展方向やその範囲,また周囲臓器への浸潤の有無によって術式を考慮する必要がある.
VI.食道切除
図1に原発巣の進展範囲による食道切除の範囲を示す.
頸部食道に限局する場合には,頸部食道のみの切除が選択されるが,口側への進展が下咽頭に及ぶ場合,もしくは食道入口部に近接して吻合に用いる残余食道がない場合には,咽喉頭の合併切除を伴う頸部食道切除が選択される.
(注)食道口側への進展距離と切除範囲については,原発巣の局在によって異なることに注意したい.食道背側に原発巣が存在する場合,下咽頭への腫瘍の浸潤を認める場合においても吻合が可能であれば,咽喉頭の温存が可能である.安全に吻合ができる浸潤距離についての詳細な報告はなく,各施設で安全性と根治性,機能温存のバランスを考慮した上で術式を選択することが重要である.
一方,原発巣が胸部食道に進展し,肛門側の切離およびその後の消化管吻合が頸部から不可能である場合には,胸部食道も同時に切除する.一般的には頸部アプローチのみの場合,頸胸境界部より2~3cm尾側が遊離空腸で再建できる限界となるが,胸骨縦切開を付加し,前縦隔を解放することにより大動脈弓の深さまで再建が可能となる.
VII.咽喉頭合併切除
頸部食道癌における咽喉頭合併切除は耳鼻科や頭頸部外科にて施行される施設も多いが,食道を専門とする外科医においては,是非とも覚えておいて欲しい手技であり,本稿では咽喉頭切除の手技を簡単に概説する.
1.まず,U字で切開した頸部創の頭側に皮弁を作成する.前頸筋群は胸骨付着部で切離して,皮弁につけておく.甲状腺は正中で左右に分離して甲状軟骨から剥離する.この時,甲状腺は左右とも尾側より剥離を進め,上甲状腺動静脈を血管茎として温存しておく.甲状軟骨に沿って頭側に剥離を進めながら,舌骨を露出するように剥離していく.後壁は食道に沿って下咽頭まで十分に剥離しておく.
2.次に,輪状軟骨下縁で気管前面に切開を入れ,術野挿管に切り替える.気管への浸潤がある場合には,腫瘍の下端を確認しながら追加切除を行う.気管に切開を入れる際には,気道熱傷の可能性があるため電気メスは使用せずメスやハサミで行う.術野挿管のチューブにはスパイラルチューブを用いて,呼吸管理を行う.切離した気管と術野挿管したチューブは,術中に抜けないように逢着しておく.
3.喉頭の切除は,舌骨直上で舌骨上筋群を切離していくと,咽頭前壁の粘膜下層に入る.粘膜を切開して咽頭内に入り,喉頭蓋を牽引しながら咽頭内腔の癌の進展を確認しながら,咽頭全周を切離する.
4.咽喉頭の口側を全周で切離した後,腫瘍にかからないように注意しながら,気管を離断し,食道の肛門側を切離する.腫瘍の肛門側断端を触知できない場合は,腫瘍の対側で全層切開を入れ,ルゴール散布などで腫瘍の口側を確認しながら切離する.
VIII.リンパ節郭清
頸部食道癌におけるリンパ節郭清範囲は,頸部(頸部食道傍リンパ節(No.101)(図2),深頸リンパ節(No.102)(図2),鎖骨上リンパ節(No.104)(図2))および上縦隔リンパ節(胸部上部食道傍リンパ節(No.105),反回神経リンパ節(No.106rec))であり,食道癌取扱い規約においては,頸部食道癌における上縦隔郭清は,頸部から郭清できる範囲でよいとされている8).
頸部食道は輪状軟骨下縁から胸骨切痕の高さまでの約3cmと短いため,局在が頸部のみに存在することは多くない.原発巣が胸部にまたがる場合においては,郭清範囲が問題になってくる.これまで前向きに検討された報告はないが,後ろ向き観察研究において,腫瘍の中心位置によって転移するリンパ節転移が異なるとしている報告がある
7).原発巣の腫瘍中心が頸部にある場合には,頸部および上縦隔にのみリンパ節転移が存在するのに対して,胸部を中心とする腫瘍では,中下縦隔および胃周囲リンパ節にも転移を有するとしている(表1).
以上からは,頸部を中心とする腫瘍では頸部アプローチによる頸部・上縦隔リンパ節郭清を,胸部を中心とする腫瘍では,胸部・頸部・腹部アプローチによる3領域郭清が適切な郭清範囲と言える.今後の多数症例による前向きの検証が待たれる.
IX.消化管再建
頸部食道切除後の消化管再建は遊離空腸再建が第一選択となる.採取する空腸は第2もしくは第3空腸動静脈を茎とする空腸とすることが多い.それより末梢側の空腸は辺縁動静脈のアーケードの発達が不良で,網目状になっていることが多く不適である.特に咽喉頭を合併切除する場合においては,再建腸管が長く必要となってくるため注意しておく.
遊離腸管移植となるため,血行再建は必須となる.マイクロでの血管吻合を施行できない施設においては,胸部食道切除を併施したうえでの胃管再建が第一選択になるが,咽喉頭を合併切除した場合では胃管の挙上が咽頭までできない可能性もあるので,回結腸再建などを考慮する.
一般的にdonorとなる血管は,動脈は頸横動脈を第一選択として,利用されることが多く,喉頭合併切除の際には上甲状腺動脈や上喉頭動脈などを用いることもある.また静脈は頸横動脈に伴走する静脈,外頸静脈,上甲状腺静脈を用いた端々吻合や内頸静脈への端側吻合を行う.
頸部食道切除においては切除範囲が小さく,余剰な腸間膜が邪魔になることもあるが,咽喉頭合併切除症例や縦隔内食道切除を併施した症例などでは,死腔ができやすくなるため,採取する空腸の血管系を2対採取して,余剰の腸間膜を死腔充填に用いることもある.
消化管の吻合は口側・肛門側ともに手縫いの端々吻合としている施設が多いが,肛門側が縦隔内に入り込むようなときには,残食道にアンビルヘッドを入れてcircularで吻合すると視野が狭い時にも比較的容易に吻合できる.
X.気管浸潤を伴う頸部食道癌手術
気管への浸潤については,気管切離端の高さに十分注意が必要である.一般的には胸骨上縁より頭側での切離では永久気管孔の造設は可能とされているが,頸胸境界部の前後径や腕頭動脈の走行によっては腕頭動脈が胸骨と永久気管孔に圧迫されると破綻をきたすため,縦隔気管孔の造設を余儀なくされることがあり,気管切離位置を慎重に判断して適応を決めることが重要である.縦隔内での気管合併切除および縦隔気管孔造設は一部の施設では施行されているものの,安全性・有効性のデータが不十分であり,推奨できる術式とは言えない.しかし一方で,このような症例においても術後在院死4%,術後3年生存率が36%との報告9)もあり,周術期管理や集学的治療の進歩により,今後治療選択肢の一つとして考慮する治療法である.
XI.おわりに
頸部食道癌の外科的治療について述べてきたが,頸部食道癌は食道癌全体の5%に満たない頻度の低い疾患であり,これらの診断・治療におけるエビデンスは極めて少ない.特に下咽頭に浸潤する場合や胸部食道に浸潤する場合では,治療方針や手術術式,再建方法などが異なる.また喉頭温存などの術後QOLの問題もあり,解決すべき課題が多く残されている.
利益相反:なし
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