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日外会誌. 121(4): 397, 2020

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Editorial

平成の外科学を振り返る

東京医科歯科大学大学院 肝胆膵外科

田邉 稔



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外科学にとって,平成はどのような時代であったのか?今から30年前の平成元年,西暦1989年は,私にとって最も思い出深い年である.当時医師になって4年目,駆け出しの消化器外科医であった私は,その年の10月26日に衝撃的な事件・・・島根医科大学の永末直文先生が行った本邦初の生体肝移植を報道で目にした.そのころはまだ肝臓外科の黎明期,無輸血で父親の肝臓を切除し,血管や胆管を吻合して子供の肝臓と取り替えるなど,“SF小説の世界でしかありえない手術”であり,社会的にもインパクトは相当なものであった.1980年代は免疫抑制療法と外科的手技の進歩により,臓器移植の成功率が目覚ましく向上した時代である.その流れの中で,1988年に世界初の生体肝移植がブラジルで行われたわけで,翌年1989年に初めてわが国で行われた生体肝移植は,当時の自分にとって偶然の出会いと思われたが,ある意味必然だったのかもしれない.その後十数年間の臓器移植の目覚ましい発展は,わが国の医療の歴史に大きな足跡を残した.全国の大学病院が臓器移植という革命的医療を実現するために力を注ぎ,多くの若い外科医が移植医を目指した.私もその一人であり,“永末移植”に衝撃を受け,ピッツバーグに留学し肝臓移植にのめりこんだ.
翌年の1990年9月には,もう一つの革命的手術・・・腹腔鏡下胆嚢摘出術が帝京大学の山川達郎先生によって行われた.世界初の同手術は1987年,フランスのDr. Mouretによって行われたので,その3年後ということになる.私が初めてこの手術を耳にしたのは1990年2月,伊勢で行われた日本消化器外科学会総会に参加した時である.カナダ留学から帰国したばかりの慶應の先輩,大上正裕先生が目をキラキラ輝かせながら,われわれ若手の前で熱く語っていたのを思い出す.「ボストンで見学した腹腔鏡下胆摘は衝撃的だった,次は絶対にこれが来るぞ!」.当時の私には何が凄いのか理解できなかったが,その後の腹腔鏡下手術の隆盛を見れば,如何に大上先生に先見の明があったかが良くわかる.大上先生は日本の腹腔鏡下手術の創始者の一人であり,その貢献を称え,日本内視鏡外科学会に大上賞が創設された.
臓器移植と腹腔鏡下手術は紛れもなく近代外科学の二大革命である.平成とともに始まり,平成の年月の流れの中で大きく発展した.私自身,この二つの医療に魅了され,肝移植と腹腔鏡下手術は私自身のライフワークとなった.まさに平成に外科医として育った私は,最高に幸運だったのである.ロボット支援手術,ゲノム医療,再生医療,AIの導入など様々な新技術が芽生えつつあるが,令和の時代に何が真の革命的医療として世の中を席巻するのであろうか.私自身,残るキャリアで模索しなければならないし,若い外科医の力に大いに期待するところである.
(この原稿は医学書院『臨床外科』74巻5号に掲載した『あとがき』に許可を得て加筆したものである.)

 
利益相反:なし

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