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日外会誌. 121(3): 394-395, 2020

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生涯教育セミナー記録

2019年度 第27回日本外科学会生涯教育セミナー(北海道地区)

各分野のガイドラインを紐解く
 6.乳癌診療ガイドライン(2018年版)―そのエッセンスと改訂ポイントの解説―

国立病院機構北海道がんセンター 

高橋 將人

(2020年1月11日受付)



キーワード
乳癌, ガイドライン, 改訂, 益と害のバランス

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I.はじめに
乳癌診療ガイドラインは,2004年の日本乳癌学会による薬物療法ガイドラインの刊行に始まる.エビデンス(EBM)に準拠し,2~3年に一度改訂を継続してきた.最新刊の2018年度版は日本乳癌学会ホームページ上で無料公開され,金原出版より製本としても発売されている.①治療編は薬物療法,外科療法,放射線療法,②疫学・診断編は疫学・予防,検診・画像診断,病理診断で構成されている.さらに患者さんのための乳がん診療ガイドライン2019年度版が発刊されている.

II.ガイドライン作成手順の大幅な変更
2018年版になり前年度版とガイドライン作成方法が大きく変更された(図1).Minds診療ガイドライン2014に沿ってガイドライン作成チームが3層構造となった.システマティックレビューチームは,クリニカルクエスチョン(CQ)に対して患者の益と害につきメタアナリシスを行う.ガイドライン作成チームが,この評価に基づき推奨およびエビデンスの強さを含め内容を記載する.さらに統括委員会では作成されたCQに対する合意の有無を投票することになった.また,標準治療として認識されるバックグランドクエスチョン(BQ),今後の重要な課題であるフューチャーリサーチクエスチョン(FQ)がCQとは別に記載された.BQとFQは推奨ではなく,ステートメントとなった.

図01

III.改訂により注目すべきCQ
疫学予防の「BRCA1またはBRCA2遺伝子変異をもつ女性にリスク低減乳房切除術は勧められるか?」に対して,乳癌既発症者における対側リスク低減乳房切除術(CRRM)は,本人の意志に基づき遺伝カウンセリング体制などの環境が整備されている条件で実施を強く推奨すると記載されるようになった.2019年12月厚生労働省はCRRMを保険適用とすることを発表したが,エビデンス総体の評価および患者の益と害に基づく評価により改訂された本ガイドラインの果たした役割は少なくない.
薬物療法においては,術後内分泌療法の至適投与期間として10年を意識した「タモキシフェン5年投与後にタモキシフェン5年の追加投与を行うことを強く推奨する.タモキシフェン5年投与後に閉経している場合,アロマターゼ阻害薬5年の追加投与を行うことを強く推奨する.アロマターゼ阻害薬5年投与後にアロマターゼ阻害薬5年までの追加投与を行うことを推奨する.」などが推奨として記載されるようになった.また,化学療法としてdose-dense療法(3週毎の化学療法をGCSFサポート化に2週毎に短縮する方法)におけるCQで,「再発リスクが高くかつ十分な骨髄機能を有する症例には,原発乳癌術後化学療法としてG-CSF併用のdose-dense化学療法を行うことを強く推奨する」となった.また,再発リスクの高いHER2陽性浸潤性乳癌に対しては,術後化学療法としてのトラスツズマブとペルツズマブの併用療法が新たに記載された.
転移再発乳癌に対する薬物療法においては,閉経後の一次内分泌治療としては,以前はアロマターゼ阻害薬のみが推奨されていた.今回はそれに加えて,フルベストラント単独投与とアロマターゼ阻害薬にサイクリン依存性キナーゼ4/6阻害薬を併用する方法が追加記載された.またBRCA遺伝子変異陽性進行再発乳癌患者への治療法として,PARP阻害薬とプラチナ製剤の記載が加わった.

IV.だれのための乳癌診療ガイドラインなのか?
乳癌罹患率の上昇により乳癌治療を専門としない外科医も乳腺疾患を扱う機会が増加している.乳腺診療を体系的に学ぶためには教科書が有用であるが,最新知見が反映されない可能性がある.患者の治療選択に迷った場合,道標として益と害が考慮されたガイドラインの有用性は大きい.確かにガイドライン至上主義への反発は理解できるが,選択可能な益と害のバランスを知らなければ正しい提案をすることはできない.したがって,乳癌診療ガイドラインは,乳腺診療を専門とする医師よりも乳腺診療を専門としない医師に実は役立つ.

V.おわりに
今回よりEBMベースのガイドラインから益と害の考慮が中心となるガイドラインに生まれ変わった.乳癌を患った国民が,全国のどこの施設を受診しても不利益とならない事が大変重要である.乳癌診療ガイドラインの作成およびその改訂の目的は,国民全体の福祉に帰結すると考えている.
この講演内容は,2020年1月11日に開催した第27回日本外科学会生涯教育セミナー(北海道地区)の記録で,北海道外科雑誌にも掲載している.

 
利益相反
講演料など:アストラゼネカ株式会社,日本イーライリリー株式会社,エーザイ株式会社,ファイザー株式会社
研究費:エーザイ株式会社,協和発酵キリン株式会社,大鵬薬品工業株式会社,日本化薬株式会社

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