日外会誌. 121(3): 367-368, 2020
生涯教育セミナー記録
2019年度 第27回日本外科学会生涯教育セミナー(関東地区)
各分野のガイドラインを紐解く
6.肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防ガイドライン
1) 横浜南共済病院 循環器センター・心臓血管外科 孟 真1) , 島袋 伸洋1) , 大中臣 康子1) , 阿賀 健一郎1) , 益田 宗孝2) (2019年9月21日受付) |
キーワード
guideline, deep vein thrombosis, pulmonary embolism, prevention
I.はじめに
2017年に9年ぶりに肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイドラインが改訂された.以下にその概要について述べる1).
II.診断
定型的な問診,臨床所見からの検査前臨床的確率を推定し,血液線溶系マーカであるD-dimerでの否定診断,下肢静脈超音波検査での陽性診断・否定診断を骨子とする.ただし,これらは“外来症候性患者”の指針であり,外科領域で良く遭遇するがん患者などの術前入院患者においては術前の画一的な無症候性患者のスクリーニングは海外同様に推奨されていない.
III.治療
ヘパリン,ワルファリンによる治療に加えて,有効性は同等で出血合併症が少ない直接経口抗凝固薬が推奨に加わり治療が簡便化された.下腿静脈に限局して発症した末梢型深部静脈血栓症では中枢型深部静脈血栓症と肺塞栓発症率が少ないことから,末梢型深部静脈血栓症は画一的な抗凝固療法の適応でないことが明記された.外科領域で多く見つかる無症候患者の周術期スクリーニングで発見された末梢型深部静脈血栓症の抗凝固療法エビデンスはなく,特に直接経口抗凝固薬は末梢型深部静脈血栓症に治験も行われていないことには留意すべきである.下大静脈フィルターはその有用性と長期合併症の多さから適応の制限と挿入後の早期抜去が強く推奨された.外科周術期患者は急性期過ぎての再発が少ないので抗凝固療法の中止,フィルター抜去の検討を行う.
IV.予防
日本医療安全調査機構医療事故調査・支援センターの急性肺血栓塞栓症に係る死亡事例の分析では外科領域の症例は含まれていなかったが,日本の現状から以下の提言がされた2).
①入院患者の急性肺血栓塞栓症の発症リスクを把握し,急性肺血栓塞栓症は“急激に発症し,生命を左右する疾患で,特異的な早期症状に乏しく早期診断が難しい疾患”であることを常に認識する.
②《患者参加による予防》医療従事者と患者はリスクを共有する.患者が主体的に予防法を実施できるように,また急性肺血栓塞栓症,深部静脈血栓症を疑う症状が出現したときには医療従事者へ伝えるように,指導する.
③《深部静脈血栓症の把握》急性肺血栓塞栓症の塞栓源の多くは下肢,骨盤内静脈の血栓である.深部静脈血栓症の臨床症状が疑われた場合,下肢静脈エコーなどを実施し,血栓を確認する.
④明らかな原因が不明の呼吸困難,胸痛,頻脈,頻呼吸,血圧低下などを認めた場合,急性肺血栓塞栓症の可能性を疑い,造影CTなどの実施を検討し早期診断につなげる.
⑤急性肺血栓塞栓症が強く疑われる状況,あるいは診断が確定した場合,直ちに抗凝固療法(ヘパリン単回静脈内投与)を検討する.
⑥急性肺血栓塞栓症のリスク評価,予防,診断,治療に関して,医療安全の一環として院内で相談できる組織(担当チーム・担当者)を整備する.
2004年に肺血栓塞栓予防管理料が保険適応となってから,周術期肺血栓塞栓症が減少したことから,特に患者と医療者がリスクを認識し理学的予防を行うことの重要性が強調された3).ガイドラインでも早期離床・運動がⅠCで推奨され,弾性ストッキング,間欠的空気圧迫法,抗凝固療法はリスクに応じてⅡaの推奨となった.
V.周術期管理
既に静脈血栓塞栓症に対して抗凝固剤を投与されている患者に対しては添付文書に沿った中止,再開基準を順守する.硬膜外麻酔を施行中は特に注意を要する.
VI.おわりに
今後もエビデンスに立脚したリスク,ベネフィットを考慮した周術期静脈血栓塞栓症管理が望まれる.
利益相反
原稿料など:バイエル薬品株式会社,第一三共株式会社
PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。