日外会誌. 121(3): 362-363, 2020
生涯教育セミナー記録
2019年度 第27回日本外科学会生涯教育セミナー(関東地区)
各分野のガイドラインを紐解く
4.重症患者の栄養管理ガイドライン
千葉大学大学院 医学研究院救急集中治療医学 大島 拓 (2019年9月21日受付) |
キーワード
ICU-acquired weakness(AW), early enteral nutrition, protein nutrition, energy requirement, indirect calorimetry
I.はじめに
重症患者に対する集中治療の進歩に伴い死亡率が減少した一方で,治療後のリハビリテーション需要が増加している1).重症病態下に起こる神経障害や骨格筋障害による身体機能の低下を総称してintensive care unit acquired weakness(ICU-AW)と呼ばれ2),その発症には生体侵襲と治療中の不動化が関わっている.侵襲下ではエネルギーやタンパク源として筋組織が利用されるため,初期の7日間で20%の筋肉量が失われ3),重症化するほど喪失量が増えることが報告されている4).ICU-AWは臨床転帰とも関連しており5),予防策として理学療法と並んで栄養療法が注目されている.
本稿では「日本版重症患者の栄養管理ガイドライン」6)を中心に,米国のSociety of Critical Care Medicine(SCCM)とAmerican Society of Parenteral and Enteral Nutrition(ASPEN)のガイドライン7),欧州のEuropean Society for Clinical Nutrition and Metabolism(ESPEN)のガイドライン8)の内容もあわせてICU-AW予防の視点を交えて紹介する.
II.栄養療法の必要性と投与量について
1)栄養療法の必要性
本邦のガイドラインでは病態の病期に応じた栄養管理を強く推奨しており6),ESPENガイドラインは48時間以上ICU治療を要する患者に栄養療法を考慮することを推奨している8).SCCM/ASPENガイドラインでは栄養療法が栄養障害を伴う症例で最も効果的であるとし,栄養障害のリスクを評価する指標としてNUTRIC scoreの活用を推奨している7).投与ルートとしては経腸栄養が,消化管粘膜や細菌叢の維持に貢献し予後を改善させることから,推奨されている6).また,早期から経腸栄養を開始することで消化管からの栄養吸収が促進されることも示されている9).
2)目標栄養投与量の設定
投与量の設定には間接熱量計による消費エネルギー量の活用が推奨され,測定が困難な場合に推算式が推奨されている6)8).重症病態の初期の侵襲下では内因性のエネルギー源を利用しており,栄養投与が過剰(overfeeding)となると感染性合併症等が増え,栄養を制限する(underfeeding)と低栄養が助長される.そこで本邦では初期の1週間はエネルギー消費量より少なめに投与し,以後充足させることが推奨されている6).ESPENガイドラインでは3日目までは消費エネルギー量の70%以内の投与にとどめ,3日目以降には89~100%の投与を目指すよう,より積極的な投与を推奨している.ただし,投与された栄養が利用され始める時期は明らかではなく,今後の解明が待たれる.
ICU-AW予防には適切なカロリー投与下に十分な蛋白投与が望ましく,ガイドラインでは至適投与量は不明としながらも1.0~1.2g/kg体重/日の投与を推奨している6).
III.栄養投与の実際
1)経腸栄養の実際
早期の経腸栄養が推奨される一方で,循環動態不安定な患者では血行動態が安定するまで経腸栄養の開始を控えることが弱く推奨されている6).循環不全で栄養を投与すると,消化吸収に必要な酸素需要を満たす腸管血流を維持できないことで非閉塞性腸管虚血が発症する可能性がESPENガイドラインでも指摘されている8).一方,重症患者の多くで胃管からの栄養投与が可能であり,十二指腸以遠へのチューブ留置は挿入手技の負担やリスクを考慮し,誤嚥のリスクが高い症例に推奨される6).
2)静脈栄養の実際
静脈栄養は栄養障害のある患者に限り,早期からの投与が推奨されている6).静脈栄養はカテーテル挿入手技や感染性合併症のリスクが指摘される一方,経腸栄養では嘔吐や便通異常等の消化吸収不全兆候から投与量が制限されるケースが多い.経腸栄養による合併症の多くはoverfeedingが原因だと考えられており,投与量や血糖値が適切に管理されれば経腸栄養と合併症のリスクに差はないことが示されている.ESPENガイドラインでは経腸栄養困難症例で,3~7日目までに静脈栄養を開始または補足することを推奨している8).また,経腸栄養製剤の制約により推奨されている蛋白投与を実現することが難しい事例では,補足的静脈栄養によりアミノ酸投与を強化することで,蛋白投与量の充足を図ることも可能である.
IV.おわりに
重症患者に対する栄養療法は機能的予後の改善のための手段として注目されている.早期の経腸栄養を基本として,必要量のエネルギーと蛋白を同時に充足させることが推奨される.また,経腸栄養の開始あるいは充足が困難な症例では,静脈栄養が選択肢となる.エネルギー投与を充足させるタイミングや,至適な蛋白投与量については明確ではなく,今後の研究が待たれるところである.
利益相反:なし
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