日外会誌. 121(3): 315-320, 2020
特集
大腸癌に対する内視鏡手術の進歩
7.直腸癌に対するTaTME(Transanal TME)
福岡大学 医学部消化器外科 長谷川 傑 , 梶谷 竜路 , 棟近 太郎 , 松本 芳子 , 長野 秀樹 , 薦野 晃 , 愛洲 尚哉 , 吉松 軍平 , 吉田 陽一郎 |
キーワード
直腸癌, 腹腔鏡手術, 経肛門手術, TaTME
I. はじめに
直腸癌に対する標準手術は直腸間膜全切除(Total Mesorectal Excision:TME)である.本邦において直腸癌に対する腹腔鏡手術は近年普及の一途をたどっており,最近の日本内視鏡外科学会の調査によると直腸癌症例の76%に腹腔鏡手術が行われている1).一方で男性狭骨盤やbulky腫瘍などの高難度症例に対しては,鉗子操作の制限などから直腸周囲の剥離・切離操作が困難となり,高い開腹移行率やCircumferential resection margin(CRM)の陽性率が高まる懸念が指摘されている2)3).Transanal TME(TaTME)は肛門側から内視鏡手術器具を用いて直腸周囲の剥離操作を行うものであるが,そのような腹腔鏡下直腸癌手術の問題点を解決するものとして期待されている.本稿ではTaTMEの現状と展望について解説を行いたい.
II.TaTMEの歴史(なぜTransanal?)
従来は肛門腫瘍に対する経肛門手術は直視下に行われ,局所切除症例が主な対象であったが視野展開の困難性,肛門から距離のある腫瘍には適応しにくいなどの問題があった.一方で経肛門的に全層切開を行い直視下にTMEの層で剥離を腹部操作より先行する事により腫瘍学的成績の改善を認めるという報告もあったが4),やはり視野の悪さが最大の理由で広く普及するにはいたらなかった.1985年にBuessらが,肛門内に筒状の手術機器を留置し専用の内視鏡手術器具を用いて手術を行うTransanal endoscopic microsurgery(TEM)という装置を開発したが,内視鏡による良好な視野の元に手術を行なえることが最大の利点であった5).そして内視鏡外科手術の発展とともに単孔式手術の手技とデバイスも進歩し,肛門に単孔式手術デバイスを留置して直腸腫瘍の局所切除を行う報告がなされるようになった6).このような流れの延長として経肛門的に単孔式手術の技術を応用してTMEを行う手技が2010年にSyllaらによって初めて報告された7).初期にはdown-to-top TMEとかreverse TMEとか様々な名称で呼ばれていたが,近年はTaTMEという呼び方が一般的となっている.
TaTMEは欧州を中心に広がり,International registryやTaTME trainingのプログラムなども作成され順調に症例の集積を重ねている.一方米国ではロボット手術が比較的広く普及した事情などもあり,欧州程にはTaTMEの浸透率は高くないようである.本邦でもTaTMEを行っている施設は比較的限られている.手技的な難しさや,2チームアプローチを採用する場合の人員や医療機器の問題などからなかなか広く普及するには至らず,大腸外科の先進施設で行われているのが実情である.後述するように,地域や国によって本術式に対するスタンスが異なることもあり,今後世界中で本術式がどのように普及してゆくのかは不透明な部分もある.
III.TaTMEの利点・欠点
TaTMEの理論的な利点としては,
① 経腹的アプローチでは肛門側の切離ラインを決めるのが必ずしも容易ではないが,本術式では直視下に確実に肛門側切離ラインを決定できる.
② 腹部からの視野が取りにくい部位(下部,前壁など)の視野が良好であり,特に下部直腸の前壁で手術操作の方向が剥離の方向と一致するため手術操作が容易である.
③ 腹部との2チームで行われるのであれば手術時間の短縮が見込まれる.
④ また肛門側からの剥離層はやや広めに行きやすいのでCRMの確保がしやすい.
などが挙げられる.
一方で,TaTMEの欠点として,
① 単孔式手術の鉗子操作の難しさ.
② 肛門側から見た解剖の不慣れ.
③ 上記より剥離層の誤認を来し尿道,自律神経,腸管などの術中臓器損傷の危険性がある.
④ また,腫瘍の肛門側を閉鎖するPurse string sutureは本手術の最初のステップとして重要な手技であるが,単孔式手術における難易度は比較的高い.
Purse-string sutureの破綻は便と腫瘍細胞の漏出を来し,骨盤内の感染と腫瘍の局所再発につながる可能性があるため,その手技に習熟することは本術式を安全に施行するために必須と考えられる.実際ノルウェーにおける直腸癌患者の登録データの解析結果によると,TaTMEを施行している4施設において2015~2017年に行われたTaTME症例が110例あり,それらの局所再発率が9.5%と通常の経腹的アプローチによるTMEの再発率(3.4%)に比較して高かったという注目すべき報告があった8).また再発までの期間が短く,再発形式も骨盤内に多発するという特殊なものであったということから,TaTMEとの因果関係が否定できないためしばらくノルウェー国内でのTaTMEを推奨しないとの勧告を出している.再発症例の詳細についての記載がないので原因の特定は困難であるが,purse-string sutureの破綻との関連も指摘されている.高難度な術式のラーニングカーブの途中においては技術的な未熟さにより患者の予後に悪影響を与えることがあるということは十分に肝に銘じるべきである.これに対してはオランダのデータでは長期成績も良好な成績が得られていること9),ノルウェーの施行施設は経験症例数が少ないのでラーニングカーブの問題が関わっている可能性なども指摘されている10).
また男性の尿道損傷は本術式において無視できない重要な合併症である.TaTME施行中の尿路損傷症例を集積したSyllaらの報告11)によると,2010~2017年の間に20カ国32施設から39の尿路損傷の報告があり,そのうち34が尿道損傷であった.うちInternational registryに登録されているのは23例のみであった.そのうち約半数の18例が導入初期に発生していたが,経験を積んでも発生している症例もあった.また1チームで施行している症例が67%と多くを占めた.
CO2塞栓も本術式に特徴的な合併症として知られている12).経肛門の送気圧が比較的高いこと,前立腺周囲は比較的太い静脈が豊富で,更に頭低位で静脈圧が下がっているため静脈損傷が起こった場合に血管内にCO2を押し込みやすいなどの条件が関わっていると考えられる.CO2塞栓症は早期に診断し適切に対応することが重要なため,本合併症の存在を念頭において手術を行うことが重要であると考えられる.
IV.TaTMEのエビデンス
TaTMEはまだ歴史が浅い術式ということもあり,十分なエビデンス,特に腫瘍学的な長期予後に関するデータには乏しいのが現状である.
TaTMEと腹腔鏡手術との比較を行ったメタアナリシスでは,495人のTaTME患者と547人の腹腔鏡下(Lap)TMEの成績が比較され,再入院率(9 vs 18%),在院日数,全術後合併症率(34 vs 42%),重篤な合併症率(8.7 vs 14%),縫合不全率(6.4 vs 11.6%)などでtaTMEの方が有意に良好であったが,開腹移行率(3.2 vs 8.8%),手術時間,術中合併症率(8.1 vs 6.3%),DM陽性率(1.4 vs 1.4%),リンパ節郭清個数,局所再発率(3.5 vs 2.2%)などには有意差を認めなかった13).ただしこのメタアナリシスの解析の元となったデータは多くが非ランダム化比較試験のため比較対象の間にバイアスの存在は否定できない.
一方リアルワールドのデータとしては,欧州を中心としてTaTME症例の国際registryのデータがある14).1,500名を超える直腸癌の肛門温存症例の解析の報告では,開腹移行率3%以下,CRM陽性率4.1%などの成績において,有望であると結論されている.しかし,縫合不全率やCRM陽性率は2016年のregistryの検討時よりやや悪くなっており,高難度手技が一般に広がってきたことに伴う治療成績の悪化は今後注目に値するものと思われる.
また直腸癌に対する外科治療全体の中でのTaTMEの位置づけを評価するものとして,ESCP(European Society of Coloproctology)主導により49カ国355施設の2017年1月から8週間における直腸癌の連続症例の調査がなされた15).2,579症例の直腸癌が登録され,全体の16%にTaTMEが行われていた.TaTMEは男性の腫瘍の位置が低い症例により多く用いられていた.縫合不全率は全体で9%,TaTME症例では12.9%とやや高めの結果であったが,多変量解析で交絡因子の補正を行うと有意差は認められなかった.一方pCRMに関しても全体での陽性率は4.1%で,TaTME3.8%と有意差を認めなかった.ただ,APRの陽性率(10.8%)が,括約筋温存術の陽性率(2.3%)に比較して有意に高いことは特筆に値するものと考えられる.
何れにせよバイアスを取り除いた状況でのエビデンスレベルの高い比較試験は今の所ないのが現状である.現在COLOR-Ⅲ trialとGRECCOR-11trialが腹腔鏡とTaTMEを比較する試験として行われており,その結果が待たれるところである16)17).
V.TaTMEの教育
TaTMEのラーニングカーブに関する検討は少ないが,ロボット手術や腹腔鏡手術と比較して手術難度が高いことからやや長めのラーニングカーブになると予想されている.施行医の要件に当たっては,十分な直腸癌の腹腔鏡手術と経肛門手術の経験を有し,TaTMEの技術を維持するための最低限の症例数を有する施設に属していること,などが推奨されている.また,TaTMEの導入に際しては系統的なカリキュラムに沿った段階的な技術の習得が推奨されている.第1段階としてTaTMEの手術手技・ピットフォールやトラブルシューティングの知識,肛門側からみた直腸肛門管周辺の解剖の熟知,Cadaver trainingへの参加,high volume centerへの手術チームとしての見学や,実際に自施設で手術を行う際のProctorshipなどが強くrecommendされている18).また,導入が安全に行われているかを評価するために,症例の登録および臨床的・また腫瘍学的な成績を定期的に評価することも大切である.
VI.TaTMEの適応ならびに応用
TaTMEの肝となるコンセプトは内視鏡手術手技を用いて肛門側から操作を行うというものである.直腸癌に対する手術アプローチの中で,経腹ではなく肛門側から操作を行うのはこのTaTMEのみである.腫瘍学的および解剖学的に腹部からのアプローチが困難な症例がTaTMEの良い適応になるものと思われる.具体的には男性の狭骨盤症例,前立腺肥大,肥満や巨大子宮筋腫,開腹既往により高度癒着が予想される症例など患者の因子によるものと,低位の症例,小骨盤にはまり込むような大きな腫瘍などの腫瘍学的因子があるものが良い適応になるものと考えられる.ただし,肛門管の剥離が必要な症例では特に男性において前壁側の解剖はわかりにくく,尿道や直腸の損傷などを来す可能性がある難しい術式であることを十分に認識しておくべきである.これらの適応に関しては,施設の状況や術者の経験などの影響を受けるものと考えられる.
経肛門的に内視鏡を用いる手術は,唯一の肛門側からのアプローチという特性ゆえに様々な手技に応用が試みられている.側方リンパ節郭清術においては,郭清の最重要部分である#263Dや#283の最深部は腹腔鏡でも視野が悪く完全切除は容易ではなかったが,経肛門アプローチではその部分が最も近接して見えるので腹腔側からのみのアプローチに比べ郭清の精度が向上する可能性がある.また,再発癌や局所進行癌などに対する骨盤内臓全摘や他臓器合併切除などの拡大手術にも応用がなされているが,腹腔側のみならずまだ剥離が行われていない会陰側からのアプローチにより「受け」をつくることにより,腹腔側から単独に比べて手術を容易にする効果が期待される.
VII.TaTMEの将来像
高難度症例に対する腹腔鏡手術に代わるアプローチとして,ロボット手術が期待されている.ロボット手術は手術器具の関節の自由度が高く,繊細な動きができるのが最大の特徴であり,腹腔鏡に比較した臨床的なメリットを示したエビデンスはまだ十分ではないが,腹腔鏡では鉗子操作が難しくなる骨盤底においてよりメリットを発揮し,TaTMEの良い適応と重複するものと思われる.ロボット手術とTaTMEの比較としては直接比較したRCTはないが,背景因子をPropensity score matchingを用いて揃えて比較を行ったものがある19).肛門縁から10cm以内に下縁のある直腸癌に対して,背景因子を揃えてTaTMEを行った226人とrobotTMEを行った370名を比較した.手術時間(190 vs 189分)や開腹移行率(1.3 vs 1.1%)には差を認めず.DM距離はTaTMEでやや長い傾向があったが,DMの陽性率(1.8 vs 0.3%)はTaTMEの方が陽性率が高い結果であった.その他pCRMの距離・陽性率・リンパ節郭清個数などには差を認めず,腫瘍学的には両者には差がないものと結論づけられている.それぞれの術式を行っている施設が偏っているという問題はあるが,少なくともそれぞれのアプローチの先進施設においては同等の成績が得られるものと解釈できる.ロボット手術は今後ますます進歩を遂げてゆくものと思われる.小型化により経肛門的に手術操作の可能な装置が開発されれば,現在のTaTMEの技術的な困難さはより緩和され,将来的には腹部に傷のつかないNOTES(Natural orifice transluminal endoscopic surgery)への応用も期待されている.
VIII.おわりに
直腸癌に対するTaTMEについての解説を行った.本術式は直腸癌に対する様々なアプローチ方法の中で唯一の肛門側からのアプローチであり,経腹的なアプローチにはないいくつかの利点を有し,経腹的なアプローチを補完する役割があるものと思われる.技術的には困難で肛門側からの独特の視野への慣れも必要なため,段階を追ったトレーニングを経て安全に本術式を施行することが望ましい.
利益相反:なし
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