日外会誌. 121(3): 306-308, 2020
特集
大腸癌に対する内視鏡手術の進歩
5.ICG蛍光法を用いた横行結腸癌に対する腹腔鏡下リンパ節郭清
1) 横浜市立大学附属市民総合医療センター 消化器病センター外科 渡邉 純1) , 諏訪 雄亮1) , 石部 敦士2) , 國崎 主税1) , 遠藤 格2) |
キーワード
横行結腸癌, 腹腔鏡手術, ICG蛍光法, 副中結腸動脈, complete mesocolic excision
I.はじめに
本邦では,結腸癌の手術において栄養動脈に沿ってリンパ節郭清を行い,早期癌に対してはD2郭清,進行癌に対してはD3郭清が標準術式として行われてきた.一方,欧州では,2009年にHohenbergerらによってcomplete mesocolic excision(CME)の概念が提唱され,転移の可能性のあるリンパ節を含むように全結腸間膜切除することで,従来の手術と比較して予後が向上する可能性が示された1)2).いずれにおいても癌細胞が,腫瘍からのリンパ流に沿って流れていき,到達したリンパ節に転移するという理論を背景に,その領域のリンパ流,リンパ節を含む腸間膜を切除するという点で一致している.
開腹と腹腔鏡のランダム化比較試験において,横行結腸癌が対象から除外されていることからわかるように,横行結腸癌の手術は,癌の局在や血管のvariationによってリンパ流が異なるために郭清範囲の決定が難しい.また,肝弯曲や脾弯曲においては,リンパ流は複雑であり,いまだ十分に理解されているとは言い難く,郭清範囲をどのように決定するかは,議論となるところである.さらに,腹腔鏡手術では開腹手術と異なり,腸間膜を広げて全体を俯瞰して観察することが困難であることも多く,腹腔鏡下横行結腸癌手術は難易度が高いと考えられている.
近年,体外式や腹腔鏡での近赤外光観察装置の普及によりインドシアニングリーン(ICG)蛍光法が,乳癌のセンチネルリンパ節の同定,脳神経外科の動脈瘤の評価,胆嚢管の同定,肝細胞癌の同定,腸管の血流評価など,幅広く臨床応用されるようになってきた3).大腸癌手術に対しても,ICG蛍光法は,吻合部腸管の血流評価や結腸癌に対するリンパ流評価などに臨床応用されている4)
~
6).
リンパ流が複雑な横行結腸で,効果的なリンパ節郭清を行うためには,横行結腸のリンパ流に対する理解を深めることが非常に有用である.
本稿では,術中ICG蛍光法を利用した腹腔鏡下横行結腸癌手術の方法と横行結腸のリンパ流に関して概説する.
II.ICG蛍光法を利用したリンパ節郭清の方法
ICGは1バイアル(25mg)を付属の溶解液(10ml)で溶解する.当科ではトロッカー挿入後,腫瘍の近傍にICG溶解液(2.5mg/ml)を1.0ml先端が鈍の局注針を用いて粘膜下層に局注している.ICGは,微小蛋白質と結合してリンパ管に流入しリンパ管を経由してリンパ節へと流れていく.20~40分後には腸間膜のリンパ管とリンパ節が腹腔鏡近赤外光観察システムで蛍光観察される.蛍光観察されるリンパ節/リンパ流をガイドにしてリンパ節郭清の領域を決定する.本法はリンパ管が開存している症例でのリンパ流やリンパ節の評価を行う方法であり,Bulkyなリンパ節転移を認める症例では,腫瘍細胞によるリンパ管の閉塞やリンパ流方向の変化が生じる可能性があることにも注意する必要がある.したがって術前の画像診断は重要であり,腫大リンパ節が存在する症例では,たとえリンパ流が蛍光観察されなかったとしても,その領域を郭清する必要がある.また,リンパ流は最終的には大動脈周囲リンパ節などの中枢方向に流れていくため,安易に中枢方向へ郭清範囲を広げることは避けるべきである.
III.右側横行結腸(肝弯曲)のリンパ流
右側横行結腸の支配動脈は,中結腸動脈の右枝である.通常,右側横行結腸のリンパ流は中結腸動脈の右枝に沿って流れることが多い.肝弯曲よりの横行結腸癌に対して結腸右半切除術を行うことも多いと考えられるが,右側横行結腸から横行結腸間膜の中央に向かって流れ,中結腸動脈の左枝よりに流れてくるリンパ流が存在することもあるため,この場合は横行結腸間膜の切離ラインを中結腸動脈の左枝よりに設定する必要がある.また,リンパ節転移が明らかであれば中結腸動脈を根部で処理する拡大結腸右半切除が必要となることもある.
IV.横行結腸中央部のリンパ流
横行結腸中央部の支配動脈は,中結腸動脈の左枝である.通常,横行結腸中央部のリンパ流は中結腸動脈の左枝に沿って流れることが多く,No.223リンパ節に流入する.
D3郭清では中結腸動脈周囲のNo.223リンパ節の郭清が必要である.
V.左側横行結腸(脾弯曲)のリンパ流
左側横行結腸の支配動脈は,中結腸動脈の左枝または副中結腸動脈である.副中結腸動脈(accessory middle colic artery:acc-MCA)とは,中結腸動脈根部より中枢側の上腸間膜動脈から分岐する脾弯曲部に向かって走行する動脈である.臨床的には十二指腸空腸曲の左側から下腸間膜静脈の腹側を通過し,膵の下縁を経て脾弯曲へ向かって走行する動脈と考えられる.副中結腸動脈の存在頻度は19~49%と報告されている7).中結腸動脈の定義を「上腸間膜動脈より右方に分岐する1番目の血管で,結腸を栄養するもの」としており8),右枝と左枝が共通幹を形成している場合と独立分岐している場合のいずれにおいても左枝が膵の下縁を通って脾弯曲部方向に走行することはないため,副中結腸動脈と異なる.
左側横行結腸のリンパ流は多彩であるが,副中結腸動脈が存在する場合は,副中結腸動脈に沿って流れることが多い6).大腸癌取扱い規約の支配動脈には設定されていないが,副中結腸動脈は,中結腸動脈と同様に郭清の重要度は高く,支配動脈として無視できないと考えている.また,腫瘍の局在が完全に横行結腸であっても,左結腸動脈の支配領域が左側横行結腸にまで及ぶ場合もあり,左結腸動脈に沿ってリンパ流が観察される症例もあることに注意が必要である.実際の手術では腫瘍と血管の位置関係や腫瘍の進行度に鑑みて郭清範囲を決定する必要があるが,ICG蛍光法により蛍光観察されるリンパ流をガイドにすると,支配血管を同定可能で郭清範囲の決定に有用である可能性がある.
VI.おわりに
術中ICG蛍光法を利用した腹腔鏡下横行結腸癌手術の方法と横行結腸のリンパ流に関して概説した.大腸癌に対する術中リンパ流評価は一般化された手技ではないが,本稿により横行結腸のリンパ流に対する理解が深まることで,通常の中枢側リンパ節郭清の手技向上に還元され,役立つことを期待している.
利益相反:なし
PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。