[書誌情報] [全文HTML] [全文PDF] (586KB) [全文PDFのみ会員限定]

日外会誌. 121(2): 252-253, 2020

項目選択

生涯教育セミナー記録

2019年度 第27回日本外科学会生涯教育セミナー(東北地区)

各分野のガイドラインを紐解く
 2.下部消化管外科領域(大腸)のガイドラインを紐解く

福島県立医科大学 消化管外科学講座

門馬 智之

(2019年9月14日受付)



キーワード
大腸癌, ガイドライン, EBM(evidence-based medicine)

<< 前の論文へ次の論文へ >>

I.はじめに
診療ガイドラインとは,診療上の重要度の高い医療行為について,エビデンスのシステマティックレビューとその総体評価,益と害のバランスなどを考量して,患者と医療者の意思決定を支援するために最適と考えられる推奨を提示する文書といわれ1),それが生まれた背景には,1990年代以降のevidence-based medicine(EBM)の普及がある.EBMは,「科学的根拠」「臨床現場の状況・環境」「医療者の技術・経験を含む専門性」「患者の意向・行動」の四つの要素で構成され2),診療ガイドラインは,その中の「科学的根拠」といえる.日本でも,診療ガイドラインの作成方法として,Mindsにより作成マニュアルが提案され,多くの診療ガイドラインが作られている3).それらの中で,2005年に初版が発刊された大腸癌治療ガイドラインは,2009年,2010年,2014年,2016年,2019年と改訂がなされ,これまでの,累積販売部数が18万部を超え,もっとも普及している診療ガイドラインの一つである.2019年度版は2016年が,化学療法領域のみの改訂であり,4年半ぶりの全面改訂版となっており,今回は,大腸癌治療ガイドライン2019年度版4)について,紐解いていく.

II.総論
総論には,「目的」,「使用方法」,「作成法」等が記載され,このガイドラインの根幹ともいえる重要な部分である.目的は,初版である2005年度版から大きく変えず,(1)大腸癌の標準的な治療方針を示すこと,(2)大腸癌治療の施設間格差をなくすこと,(3)過剰診療・治療,過小診療・治療をなくすこと,(4)一般に公開し医療者と患者の相互理解を深めることとし,その作成効果として,①日本全国の大腸癌治療の水準の底上げ,②治療成績の向上,③人的・経済的負担の軽減,④患者利益の増大に資することを挙げ,限られた医療資源の中でよりよい医療を提供することを期待している.使用法で,「文献検索で得られたエビデンスを尊重するとともに,日本の医療保険制度や診療現場の実状にも配慮した大腸癌研究会のコンセンサスに基づいて作成されており,診療現場において大腸癌治療を実践する際のツールとして利用することができる.」と記載がある.これは,大腸癌治療ガイドラインの特徴で,他の診療ガイドラインでは,時に,日本では保険収載されていない治療薬などが推奨に挙がることがあるが,海外の論文も含めた科学的根拠を参考にしつつ,保険診療を含めた,実診療に即した内容になっていることを示している.また,今回の改定では,clinical question(CQ)の推奨の強さが,よりわかりやすい記載になっていることも特徴である.これまでは,「望ましい」,「考慮する」,「推奨される」,「考慮すべきである」,「適切である」,「確立していない」,「妥当である」など多彩な表現が使用されていたが,「強い推奨」,「弱い推奨」に二分し,それぞれを「実施すること」,「実施しないこと」にわけることで,四つの記載にまとめられている.

III.各論
各項目において,治療方針のアルゴリズムを提示し,それに対する簡潔な解説を記載するとともに,コメントとして,さらに詳細な解説が加えられている.議論の余地のある課題をCQとして取り上げ,推奨文を記載し解説文を加えている.
2019年度において改訂された代表的な部分について見てみると,内視鏡治療の項で,ESDの内視鏡的一括切除の適応病変が,2018年4月の保険改訂に合わせて,腫瘍径の上限が撤廃されている.手術治療の項では,括約筋間直腸切除で多くの紙面を割き,適応原則を提示するとともに,14論文のsystematic reviewを引用し,手術成績は許容できるものであったが,大腸癌研究会の2,125例の調査を基にした検討で,局所再発率が高率であり,精度の高い術前深達度診断をもって,適切な適応基準を設けることが必要であることを示している.側方郭清の適応基準,腹腔鏡下手術では,それぞれCQが取り上げられ,日本発の試験結果であるJCOG0212とJCOG0404を含めて検討され,推奨度が記載されている.薬物療法の項では,2016年度版までは,治療選択に対するアルゴリズムだけが記載されていたが,2019年度版からは,一次治療を決定する際のプロセスも記載されている.これは,EBMの4要素の,科学的根拠だけでなく,患者要素にも配慮した内容となっている.また,分子生物学的背景(RAS・BRAFの状況,腫瘍の局在)を含めた記載がされるようになった.薬物療法のアルゴリズムとしては,多くの治療法が紹介され,MSI-H大腸癌に対する,2nd line以降で,Pembrolizumab使用が追加されていることも注目される.

IV.おわりに
大腸癌治療ガイドラインは,診療現場において大腸癌治療を実践する際のツールとしての利用を想定しており,今回の改訂でさらに使い勝手の良いものとなっている.しかし,使い勝手がよくなったことで,マニュアルとしての使用とならないように気を付ける必要がある.診療ガイドラインは,診療マニュアルではなく,判断する際の指針となるものである.患者へ適応するときには,科学的根拠にとらわれすぎることなく,EBMの四つの要素であるその他の三つの要素を加味することが,臨床医として重要である.目の前の患者に最良の結果をもたらすことができるよう,上手に診療ガイドラインを利用していただきたい.

 
利益相反:なし

このページのトップへ戻る


文献
1) 福井 次矢,山口 直人:Minds診療ガイドライン作成の手引き2014.医学書院,東京,2014.
2) Haynes RB, Devereaux PJ, Guyatt GH: Physicians’ and patients’ choices in evidence based practice. BMJ, 324: 1350, 2002.
3) 公益財団法人 日本医療機能評価機構Mindsホームページ: https://minds.jcqhc.or.jp/
4) 大腸癌研究会編:大腸癌治療ガイドライン―医師用2019年度版.金原出版,東京,2019.

このページのトップへ戻る


PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。