日外会誌. 121(2): 242-243, 2020
生涯教育セミナー記録
2019年度 第27回日本外科学会生涯教育セミナー(九州地区)
各分野のガイドラインを紐解く
1.食道―食道癌診療ガイドラインの考え方と今後の方向性―
国立病院機構九州がんセンター 藤 也寸志 (2019年5月18日受付) |
キーワード
食道癌, ガイドライン, AGREE Ⅱ, evidence-based medicine
I.はじめに
食道癌は,信頼度の高いエビデンスが得られにくい癌種の一つである.食道癌が手術に際して高度の侵襲を伴う一方で,他の消化器癌に比べて化学放射線療法が有効なことも多く,患者の状態や施設の状況に応じた厳密な方針決定が要求されるからである.また,海外のエビデンスをそのまま本邦に外挿することが困難な癌腫でもある.本セミナーでは,第4版(2017年版)で初めて作成されたステージ別のアルゴリズムに沿って食道癌治療の特徴や内容について紐解くとともに,その作成の原則や評価,そして今後の方向性についても述べた.ここでは後者について説明する.
II.食道癌診療ガイドライン第4版の作成方針
食道癌診療ガイドライン(GL)は2002年に第1版が刊行され,以後5年毎に改訂され2017年に第4版が刊行された.第3版(2012年版)刊行後に初めて厚生労働省委託事業:EBM(Evidence-based Medicine)普及推進事業(Minds)によるAppraisal of Guidelines for Research & Evaluation(AGREE)Ⅱ評価を受けたが,エビデンスの検索方法・選択基準・吟味方法,推奨レベルの決定方法などについての評価は低かった.
その評価を参考にして第4版が作成された.まず,Minds委員をGL作成委員に加え,システマティックレビュー(SR)のあり方やエビデンス総体の考え方などについて指導を受けたチームにより,Minds手引書に沿って作成が行われた.採用できるエビデンスが乏しい領域については,GL作成委員やSRチームが中心となって全国アンケート調査や採用論文のメタアナリシスを行って推奨文作成の参考とした.推奨レベルは,エビデンスの確かさだけでなく,益と害,患者の希望,コストも考慮に入れて,GL作成委員の投票による合意形成を経て決定された.
III.食道癌診療ガイドライン第4版の評価
2018年に,MindsによるGL第4版に対するAGREE Ⅱ評価が示された.全体評価は75%(①対象と目的:90%,②利害関係者の参加:71%,③作成の厳密さ:78%,④提示の明確さ:81%,⑤適用可能性:39%,⑥編集の独立性:73%)と高い評価がなされた.各項目の評価中,②に関しては想定される適用対象者の一部をなす医師以外の医療者や患者・家族などの視点・希望を集めて,それをGL内容に反映することが求められた.⑤の適用可能性については,GL利用促進の戦略や追加的資料・ツールの提供,推奨の適用にあたって考慮するべきモニタリング・監査のための基準などに関しての評価が際だって低かった.
IV.今後の方向性と克服するべき課題
EBM(根拠に基づく医療)とは,「患者の臨床的な状態やおかれた環境」「研究から得られた最もよい根拠」「患者の価値観や行動」を“医療の高度な専門性”をもって統合して薦める患者が同意できる治療と定義される1).第4版では一般臨床医と食道癌診療専門医以外の医療従事者,さらには患者・家族も利用対象として設定したが,全ての利用対象を同時に満足させるGLの作成には限界がある.第4版でClinical Question(CQ)に対する推奨レベル決定の際には,「患者の希望」も考慮された.しかし,これは“医師が考えた”患者の希望,患者のメリット・デメリットであり,GL作成に際して患者・家族や医師以外の医療者の声をどのように収集し反映させるのかが大きな問題となる.患者代表をGL作成委員に加えることは大切だが,少数の患者代表だけで患者・市民の声が十分に反映できるかという点も考慮が求められる.そのためには,患者の価値観や行動・患者のおかれた状態や取り巻く環境に応じて変化する「患者のニーズや課題(Patient’s Views and Preferences:PVP)」を継続的に収集する仕組み,さらにそれらのPVPをGL作成に活用できる仕組み作りが必要である.現在,筆者が分担研究者に加わっている厚生労働科学研究費補助金(がん政策研究事業)「将来に亘って持続可能ながん情報提供と相談支援の体制の確立に関する研究」(研究代表者:高山智子)でその可能性を模索中である.
次には,Quality Indicator(QI)を設定してGL推奨の実施率を経時的に測定して,標準治療普及のためのGLの有効性を評価することが課題となる.単純な数値評価だけに止まらず,医師側・医療者側の要因も同時に検討していく必要がある.「現在の日本の医療の中で考慮するべき状況」や「医療の不確実性」もGLの中で,またはその作成過程で示していくことが重要だと考える.
第3の課題としては,GL作成をエビデンス創出の契機とする姿勢が求められる.第4版CQのエビデンスの強さは,大部分がC(弱)またはD(とても弱い)であった.最近,日本独自のエビデンスの創出はなされてきたものの,まだまだ高いレベルのエビデンスがない食道癌診療においては,臨床試験ができないような領域に対するGL,さらに言えばGLに掲載されないような実地臨床に対する考慮も必要になってくる.第4版では,日本食道学会として二つの全国調査を行い公表して日本の現状をGLに示した.
V.おわりに
食道学会では,GLの次期改訂に向かって既に検討を開始している.具体的には,①患者・市民代表や他職種医療者の作成過程への参加,②エビデンスの乏しい領域に対する調査研究の実施と公表,さらには③QIの導入と継続的な評価を推進していく.究極的には,「食道癌患者の長期成績の向上に対する食道癌診療ガイドライン普及の効果」の検証まで求めていく必要がある.
また一方で,GLの今後のあり方を考える際には,入れることが可能なエビデンスや内容にも限界があることを考えると,盛り込めていない課題を医療の中でどう扱っていくか,GLと提供される医療との間を埋めるための働きかけも必要である.例えば,GLの利用対象の中で広範囲におよぶ説明を求められるがん専門相談員等の使い易さに対する配慮,各種GL間でのフォーマットや表現方法の統一などの工夫も求められるべきである.
利益相反:なし
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