日外会誌. 121(2): 211-215, 2020
会員のための企画
外科領域におけるArtificial Intelligence(AI)の活用
1) 国立がん研究センター東病院 大腸外科 竹下 修由1)2) , 長谷川 寛1)2) , 池田 公治1) , 塚田 祐一郎1) , 西澤 祐吏1) , 佐々木 剛志1) , 伊藤 雅昭1)2) |
キーワード
Artificial intelligence, clinical decision support system, 内視鏡外科, 手術室マネジメント, データベース
I.はじめに
近年,放射線画像や内視鏡画像,病理画像など主に画像診断の分野でのArtificial Intelligence(AI)を活用した医療機器プログラムの開発が活発化している.2018年12月に内視鏡分野で国内初の薬事承認を取得した,サイバネットシステム株式会社による内視鏡画像診断支援ソフトウェアEndoBRAINⓇの開発事例も記憶に新しい.一方で治療領域,特に外科領域でのAIの活用法については未だ暗中模索の状態であると言える.これは,デジタル化が困難な手術手技の性質と,複雑に交絡する生体反応や予後に影響する手術以外のパラメータの存在が要因として考えられる.
本稿では,現在外科領域で行われているAI活用に向けた動きを紹介するとともに,外科手技をデジタル化しデータベースにする試みや,それを活用したAI手術支援システム開発など,内視鏡外科領域のオールジャパンでの取り組みについても報告する.
II.外科領域におけるAI活用の動き
1 周術期における治療方針決定支援
特にがん領域における術前・術後補助療法の選択や手術のタイミング,機能温存を目的とした縮小手術の適応,さらには術後合併症リスクなど,外科臨床で主治医に求められる方針決定は複雑さを増すばかりである.化学療法一つをみても,年々多様化しエビデンスがアップデートされる分子標的薬の抗腫瘍効果から有害事象まで,全ての情報を勘案した上で治療方針が決定される必要がある.がん周術期のclinical decision support system(CDSS)の開発は,この複雑化する個別化治療を達成するための必須の取り組みであると言えるが,ビッグデータの活用におけるAIの役割としては,構造化されていない電子カルテ情報(electronic medical record;EMR)に対する自然言語処理や,膨大なパラメータの中での機械学習によるパターン認識・予測などにおいて有用性が期待されている.
世界各国におけるAIを活用したCDSSの取り組みとしては,乳がんハイリスク患者における手術適応1),リンパ節転移診断2),大腸がん術後の縫合不全の発症予測3),肥満手術術後の栄養評価4)などにおいて,多数のパラメータからリスク評価を行い,手術計画や術後フォローの方針決定に繋げようとする数多くの報告が出てきている.このような取り組みは今後,臨床的有用性の検証が行われていくこととなるが,同時にこのCDSSが臨床現場のワークフローにどのように導入されていくべきか,エビデンスの創出と共にどのようにアップデートされていくべきかなど,引き続き継続的な議論が必要となる.
2 手術室マネジメント支援
手術室は病院収益全体の40%以上を占めると試算され,同時に最大のコスト計上部門であるとも言われている5).また,手術室内で発生するadverse eventやsurgical errorは,しばしば重篤もしくは致死的な合併症に繋がるものであり,これまで取り組まれてきた個々の手技のトレーニングに加え,現場での状況認識や情報共有による組織としてのマネジメントがより重要視されてきている6).ブラックボックスとされる手術室内での活動を可視化・定量化することによる手術室運営の効率化や安全管理に向けた取り組みなども報告されている7).
これらの取り組みはデータ収集・解析のみに留まらず,リアルタイムでフィードバックを行うことで実臨床のパフォーマンス向上に繋げ得ることから,GPUの廉価化とAI・自動認識技術の発展がもたらすソリューションとして非常に親和性の高い領域であると言える.手術工程を自動認識し可視化・定量化することで,進捗管理やリスク予測を行う取り組みや8),手術動画データベースのデータセットを活用した手術終了時間予測モデル構築の取り組みなどが報告されている9).
3 手術手技支援
EMRとは別に外科領域で蓄積されている医療情報として手術映像が挙げられる.内視鏡外科手術のメリットが近年広く認知され,実施件数は世界的に増加している.一方,内視鏡外科手術には高度な技術が要求されるため,術者間,施設間の治療成績格差が報告されており,国内外共に均てん化が進んでいるとは言い難い.これまで術者の経験・知識に基づく技量や判断により暗黙知という形で行われてきた「手術手技」を「見える化」することは,外科教育の観点からも新たな手術支援システム開発の観点からも,上記課題を解決するアプローチとして非常に重要である.内視鏡外科手術の普及により大量の手術動画が蓄積されるようになったため,この膨大なデータをもとに手術を定量化・デジタル化する試みが開始されている.
AMED(国立研究開発法人 日本医療研究開発機構)の未来医療を実現する医療機器・システム研究開発事業 「臨床現場の医師の暗黙知を利用する医療機器開発システム~『メディカル・デジタル・テストベッド』の構築~」(2017~2018年度)において,国立がん研究センターは研究開発代表機関として,医療機関・アカデミア・企業のコンソーシアムを統括し研究開発を行った.課題名:内視鏡外科手術における暗黙知のデータベース構築と次世代医療機器開発への応用と題し,日本内視鏡外科学会および日本コンピュータ外科学会と連携し,内視鏡外科手術動画と付随情報の全国からの収集を行い,大規模手術動画データベースを構築するとともに,新たな医療機器・システム開発への活用について検討を行った.内視鏡外科手術動画データベースの構築についてはⅢ項で述べるが,ここでは手術手技支援としてのAI手術支援システムの開発と,教育支援という観点でのAI手術評価システムの開発について述べることとする.
a)AI手術支援システム開発
国立がん研究センターと名古屋大学とで進めた本研究開発における手術動画の自動認識システムは,臨床側で行ったアノテーションデータを教師データとして機械学習を行い,解剖構造や出血など術者やチームの認識を支援する情報を画像上にオーバーレイするものである.図1はアノテーションデータを教師データとして学習したAI手術支援システムのプロトタイプで,出血と血管,鉗子が自動認識され,現在の手術工程を認識しそれまでの各工程の積算時間を算出する.ナビゲーションにより術者を支援し手術の安全性をもたらす機能と,手術工程や術中イベントを可視化しチーム内外で共有することで手術・手術室運営の効率化をもたらす機能,それぞれにおいて臨床現場に価値を提案する.
b)自動技術評価システム開発
手術手技の客観化・定量化に向けた取り組みはこれまで歴史が長いが,臨床現場や学会等で広く受け入れられている手法はまだ存在しない.今回,手術動画データベースを活用した機械学習により,手術動画中の手技に関わる項目を自動抽出し定量化することが可能となった.術中の鉗子の動きや工程・作業の情報をAIが定量化し,手術を客観的に評価することが可能なプロトタイプを開発した(図2).これにより将来的には技術評価だけでなく,エキスパートの手術データ群との比較によるフィードバックや,新たなトレーニングの開発に繋がることも期待される.
III.内視鏡外科手術のデータベース化
われわれはこれまで日本内視鏡外科学会,日本コンピュータ外科学会と連携し,大腸領域をターゲットに全国から内視鏡外科手術動画を中心としたデータ収集を行い,AI手術支援・教育システム開発の基盤となるデータベースの構築を行った.図3,図4は腹腔鏡下S状結腸切除術と腹腔鏡下高位前方切除術300症例からなる内視鏡外科手術動画データベースとその可視化システムである.
今後は,領域横断的で持続可能な内視鏡外科手術データベース構築を掲げ,下記取り組みを進めていく.
1 持続可能なデータベース運営体制の構築
臨床・アカデミア・企業とで共有可能な大規模内視鏡外科手術動画データベースを構築する.企業による開発等への活用を可能な形とし,継続的に運用・拡張が行われていく体制を整備する.
2 臨床データ収集とデータセット作成
学会と連携し,全国から領域横断的なデータ収集を行う.具体的には,上部・下部消化管・肝胆膵・前立腺領域の手術動画と付随する臨床情報・術者情報に加え,術具・解剖構造・手術工程など各画像にアノテーションを行ったデータセットを作成しデータベース化する.
3 AI手術支援システム開発環境整備
各プレーヤーによるオープンイノベーションを活性化させるため,クラウド上でアノテーションや解析・計算を効率的に実施することが可能な環境を整備する.
以上の取り組みにより,日本の外科手術をデジタル化し,プロダクトとして世界に導出するための開発基盤整備を行っていく.
IV.おわりに
外科領域におけるAI活用に向けた動きについて,CDSS,手術室マネジメント,手術手技支援,開発基盤としてのデータベース構築の取り組みについて紹介した.今回ロボット関連の話題には触れなかったが,AIによる手術手技支援の延長線上には当然手術ロボットの自動化が想定される.手術の完全自動化が将来もたらされ得るのかどうか,議論は尽きないが,AIを活用した医療機器プログラムや支援ソフトが外科医の診療や手術室運営をサポートし,より安全で効率的なサービスが患者にもたらされる日はそう遠くなさそうである.
利益相反:なし
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