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日外会誌. 121(1): 141-142, 2020

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卒後教育セミナー記録

日本外科学会第95回卒後教育セミナー(平成31年度春季)

魅力的な外科医師育成プログラムを目指して!
 4.米国研修医の働き方改革に学ぶ

帝京大学医学部附属病院 高度救命救急センター Acute Care Surgery部門

伊藤 香

(2019年4月20日受付)



キーワード
外科教育, 働き方改革, Acute Care Surgery

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I.はじめに
米国の研修医教育は,研修医の過剰労働などに対する懸念から,2004年に「週80時間勤務制限」を定める制度が施行され,大きく変化した1).そのように研修医の労働環境を保護しようという,いわば「働き方改革」がなされた結果,様々な歪みが生じた.筆者は米国で外科研修(プレリミナリーインターンシップ1年,研修医5年)を履修し米国外科専門医資格取得後,サブスペシャルティとして,Acute Care Surgery(外科集中治療,外傷)フェローシップ(1年.総修練期間7年)を履修し,米国外科集中治療専門医資格を取得した.現状,米国では,約75%の外科研修医が,研修修了後,フェローシップへ進む.したがって,実質的な修練期間は6~7年間(レジデンシー5年間+フェローシップ1~2年間)となる.

II.米国の「働き方改革」が外科研修に及ぼした影響
「週80時間勤務制限」以前,米国の外科研修医は週90~100時間勤務していた.外科研修5年間を通して週100時間働いた場合の合計勤務時間は24,000時間(100時間×48週/年×5)となるのに対し,週80時間働いた場合は19,200時間(80時間×48週/年×5)となり,その差は4,800時間,すなわち,週100時間勤務の場合の1年分に相当する2).「週80時間勤務制限」に関する研究では,研修に費やす時間の減少が,研修医の習熟度の低下につながっていると指摘する物が多い3).とくに,当直や週末勤務が優先的に削減された結果,研修医が主導権をもって外傷症例や緊急症例を経験できる機会が奪われてしまったと危惧されている.

III.「働き方改革」後の「再構築」
そういった状況に対応して,American Surgical Association のBlue Ribbon Panelは,早期からのサブスペシャルティ移行(Early Specialization Program;ESP)や柔軟なローテーション(Flexibility in Surgical Training;FIST)などを提唱し,短縮した勤務時間内でいかに一人前の外科医を育成するかを模索している.ESPは,2005年に血管外科と心臓・胸部外科の二つのサブスペシャルティを対象に,外科教育の中核を成す14施設で導入された4).通常,一般外科研修5年修了後にサブスペシャルティフェローシップへ進むところ,一般外科研修を4年に短縮した.その後の報告では,ESP修了者の習熟度は,一般外科もサブスペシャルティも申し分ないと評価された.ESPの成功を受けて,2011年に9施設で導入されたFISTでは,前述二つのサブスペシャルティに加え,Acute Care Surgery,消化器外科,腫瘍外科,移植外科,小児外科,形成外科などの分野も対象とし,一般外科研修の4年目と5年目の間に合計12カ月,将来希望するサブスペシャルティを選択できるようにした5).FIST修了者の一般外科習熟度は他と比べて遜色なく,サブスペシャルティ分野の手術症例数は非FIST修了者よりも有意に多かったと,良好な成果が報告された.

IV.「再構築」が生んだ新たな問題
一見,合理的に見えた「再構築」だったが,その一方で,需要がそれほど高くないサブスペシャルティ外科医が過剰育成され,社会的に最も需要の高い「一般外科医」が不足しているという現象も生じている.Williamsらは,米国の一般外科医不足は年々深刻化されると予測している6).人口増加に伴い,一般外科医の需要は増加するが,一般外科医数は横ばいであり,2050年には一般外科医の不足が6,000人にも上るという.外科が専門細分化されたことにより,「一般外科」そのものがあたかもサブスペシャルティのようになった結果,外傷・一般外科緊急手術・外科集中治療を担う分野がAcute Care Surgeryとして成立したという背景がある.
1930年代に米国外科研修の基礎を築いたエドワード・チャーチルが提唱した,外科研修構築における五つの重要事項は以下のとおりである:①明確な目的をもって基本的な研修を行う.②研究を行う期間を設ける.③様々な分野を早期に経験する.④国・地域の需要に合った外科医を育成する.⑤基本的な研修とサブスペシャルティという2段階の達成目標に到達する7).すなわち,基本的な研修(一般外科)もサブスペシャルティも,どちらも省略できるものではない.

V.おわりに
外科医の修練に近道はない.本邦においても「働き方改革」により,実質的な修練のための時間が制限されてしまっているというのであれば,社会のニーズに合った専門性を持つ外科医を効率的かつバランスよく育成できるシステムが求められる.

 
利益相反:なし

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文献
1) Debas HT, Bass BL, Brennan MF, et al.: American Surgical Association Blue Ribbon Committee Report on Surgical Education:2004. Ann Surg, 241(1): 1-8, 2005.
2) Lewis FR, Klingensmith ME: Issues in general surgery residency training--2012. Ann Surg, 256(4): 553-559, 2012.
3) Mattar SG, Alseidi AA, Jones DB, et al.: General surgery residency inadequately prepares trainees for fellowship:results of a survey of fellowship program directors. Ann Surg, 258(3): 440-449, 2013.
4) Klingensmith ME, Potts JR, Merrill WH, et al.:
Surgical Training and the Early Specialization Program:Analysis of a National Program. J Am Coll Surg, 222(4): 410-416, 2016.
5) Cullinan DR, Wise PE, Delman KA, et al.: Interim Analysis of a Prospective Multi-Institutional Study of Surgery Resident Experience with Flexibility in Surgical Training. J Am Coll Surg, 226(4): 425-431, 2018.
6) Williams TE, Jr., Ellison EC: Population analysis predicts a future critical shortage of general surgeons. Surgery, 144(4): 548-554;discussion 54-6, 2008.
7) Grillo HC, Edward D: Churchill and the “rectangular” surgical residency. Surgery, 136(5): 947-952, 2004.

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