日外会誌. 121(1): 117-119, 2020
定期学術集会特別企画記録
第119回日本外科学会定期学術集会
特別企画(7)「医療安全―患者と医師が信頼しあえる外科医療を目指して」
2.手術はどのようにうまく行われているのか:手術チームのコミュニケーション解析
1) 大阪大学医学部附属病院 中央クオリティマネジメント部 中島 和江1) , 吉岡 大輔2) , 田中 晃司3) , 増田 真一4) , 荒牧 英治5) , 中島 伸6) (2019年4月20日受付) |
キーワード
手術チーム, コミュニケーション, 相互作用, レジリエンス, 医療安全
I.はじめに
これまでの医療安全ではインシデントや有害事象を分析し,根本原因を明らかにし,失敗をしないことを目指してきた(Safety-Ⅰと呼ぶ).手術中の有害事象の背景原因として,手術チームメンバー間のコミュニケーション不全が知られている1).これに対して,コミュニケーションをはじめとするノンテクニカルスキルの評価方法や訓練法(NOTTS評価表2)やTeamSTEPPS3))等が開発され,ブリーフィング,スピークアップ,アサーション等の重要性や具体的な方法等が教育されるようになっている.さらに近年,レジリエンス・エンジニアリング理論に基づき,さまざまな擾乱と制約下で物事がうまく行われることを目的とした新しい医療安全へのアプローチが提唱された(Safety-Ⅱと呼ぶ).これは医療チームや組織等をシステムとしてとらえ,システム全体の柔軟なパフォーマンスが,システムの構成要素である人々のどのような相互作用により生じているのかを明らかにし,システムへのレジリエンス(柔軟性,自律性,省エネ性)の実装を目指すものである4).表1にSafety-ⅠとSafety-Ⅱの特徴と違いを示す.
II.手術チームにおける言語的コミュニケーションの把握と分析
手術チームというシステムでは,大小さまざまな擾乱と環境やリソースの制約にさらされながら,手術操作,意思決定,他職種との連携等がうまく統合され,手術パフォーマンスが行われている.レジリエントなシステムでは,大きな擾乱がきても,速やかにもとの安定した状態に回復し,また小さな擾乱ではびくともしない.一方,脆弱なシステムでは,小さな擾乱でもその安定性が大きく変動し,回復に時間がかかる.また,次々とやってくる擾乱によりシステム内にストレスがたまり,わずかなきっかけでシステムが破綻しうる(図1).
手術がうまく行われるようにするために,手術チームメンバーが心がけていることとして,「想定力(消化器外科医)」,「(チームメンバーを術中に)黙らせない(泌尿器科医)」,「手術進行を耳で追う(麻酔科医)」などが知られている.しかし,個々の医療職がどのように相互作用し,つながりチーム全体としてうまくパフォーマンスが統合されているのかこれまで明らかにされていない.そこで,大動脈弁置換術1例に関して,手術チームメンバー間の言語的コミュニケーションを発話者,発話の回数,発話の長さに注目して,自然言語処理を含む解析を行った(平成30年度 科研費基盤研究(B)レジリエントな手術チームのシステムダイナミクスの解明).
その結果,執刀医による頻回の発話(6秒に1回),執刀医と他の医療従事者間でのクローズドループコミュニケーション(執刀医の発話数と他メンバーの発話数の合計がほぼ同数),多職種連携が必要な操作時の発話の集中(人工心肺の確立や離脱時),外科医の発話のうち約30%は他職種との会話(手術器械の受け渡しや患者のバイタルサインに関すること),残り70%は外科医同士の会話(40%は手術操作,10%は危機的リスク想定に関すること,20%はその他)であることが明らかになった.また,術中の会話はテンポよくリズミカルに行われており,さらに手術中の発話の長さ,および発話応答時間の分布には,自然現象の分布にみられる特徴である「ベき則」が認められた.1症例のみの結果であるが,これらは,動的に変化する「場」を安定的にコントロールするために必要な,適応的なコミュニケーションの特徴と考えられた.
III.おわりに
今後の手術安全および質の向上のためには,有害事象にみられる個人のパフォーマンスの問題点を分析し改善するだけにとどまらず,「手術がどのようにうまく行われているのか」について,相互作用に着目して情報を集積することが必要であると考えられる.このことにより,手術チームのレジリエントなパフォーマンスを可能にする知見や,手術チーム全体の安定性を術中にリアルタイムにモニターできるパターンや指標等が得られると期待される.
利益相反:なし
PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。