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日外会誌. 121(1): 111-113, 2020

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定期学術集会特別企画記録

第119回日本外科学会定期学術集会

特別企画(6)「外科医にとっての働き方改革とは」
 8.働き方改革時代における移植医療の在り方~大教室制診療科での肝移植チームの工夫と問題点~

1) 慶應義塾大学 外科
2) 慶應義塾大学病院 看護部

篠田 昌宏1) , 尾原 秀明1) , 北郷 実1) , 林田 哲1) , 阿部 雄太1) , 八木 洋1) , 松原 健太郎1) , 大島 剛1) , 堀 周太朗1) , 高岡 千恵2) , 伊澤 由香2) , 黒田 達夫1) , 北川 雄光1)

(2019年4月20日受付)



キーワード
働き方改革, 移植医療, 肝移植

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I.はじめに
わが国の生体肝移植は,1989年に島根大学で胆道閉鎖症の小児に対して行ったのが初例である.以来,生体肝移植は徐々に増加し2001年には400例を超えるようになった.近年では脳死肝移植も行われるようになり,年間50~60例と欧米諸国に比しては極めて少数ながら一定数の患者の救命をしている.初例の1989年は平成元年であり,30年間の平成の歴史とともに日本の肝移植は様々な発展を遂げてきた.
この平成の終わりに,電通の過労問題が話題となり,「働き方改革」の波は全国に拡大した.2018年7月,「働き方改革関連法」が成立,施行は2019年4月としつつ,医師については業務の特殊性に配慮し法施行5年後に適用することとなった.
外科医療の中で「働き方改革」は大きな話題であるが,肝移植は長時間手術,濃厚な術後管理などを要し,外科医療の中でも最も「働き方改革」と逆行する医療となり得る.当教室は,一般・消化器,心臓血管,呼吸器,小児の各外科が一つの大教室を形成し,移植医療は一般・消化器の肝胆膵班および血管班と小児外科が中心となり実施している.大教室制の教室の一員である肝移植チームがいかに近年の働き方改革のなか移植医療を遂行しているか,工夫と問題点を報告する.

II.当施設の働き方改革
全国の施設同様,慶應義塾大学病院も働き方改革を積極的に進めている.当施設特有の事情は,2018年5月新病院棟が完成し,旧病棟からの病棟移転を実施したことである.病棟移転のタイミングで全職員にタイムカードの打刻が義務付けられ,厳密な勤怠管理が行われるようになった.一般・消化器外科としては,病棟移転という建物の構造的変化がチームの再編成という人員配置の構造の変更を生むこととなった.すなわち,旧病棟においては患者が複数の病棟に分かれて入院せざるを得ず,病棟ごとに四つのチームを編成し病棟別管理を行っていたのが,新病棟では外科病棟が9階ワンフロアに集約したことから臓器別チームが患者管理をするようにしたのである.一般・消化器外科の上部消化管班,大腸班,肝胆膵班,血管班,乳腺班の各班のチーフレジデント(卒後7年または8年目)は所属臓器班の患者に特化した患者管理を行い,レジデント(卒後5年目)は臓器班をローテートしながらローテート中に各臓器に関する専門知識を集中的に学ぶという病棟医の研修システムは,旧病棟では実現しえなかった効率的かつ合目的システムの構築であった.
ただし,この働き改革元年ともいえる2018年は,偶然ながらチーフレジデントとレジデントを合わせた病棟医人数がこの10年で最低となる年であった.2017年度末には,翌年の病院移転,病棟チーム編成変更,少人数病棟医による診療科運営を安全に遂行するための議論が科内で複数回交わされた.現状把握のために行った一般・消化器外科病棟医アンケートでは,病棟医の90%以上の睡眠時間が5時間以下,55%が過去半年に一度も休日を取っていないなど過酷な病棟医の姿が浮かび上がった.病棟医を含めた科内の議論では,下記のような案(一部抜粋)が提議され実施をすることとなった.
・回診,カルテ記載など病棟業務を原則時間内に行う(慣習的に行っていた時間外業務の廃止)
・終業時間を明確化し早期解散の努力をする
・休日の非緊急処置やインフォームドコンセント(IC)を禁止する
・休日休業の義務化を徹底する
・レジデントの外勤を減らし代わりに週末の当直を可とする.
上記のような目標を掲げて病棟運営を行ったところ,2018年度後半に行ったアンケートでは,病棟医の65%が臓器別編成に満足し,80%が月1回以上の休日を取ることができるなど一定の効果が確認された.一方,肝胆膵班と他臓器班の業務量に差があるなど問題点の指摘もなされた.

III.肝移植チームの対応
1.チーム医療の徹底
外科医の人数の増員に限界があることは自明であり,診療科内外の連携を推進するよう努めた.一般・消化器,小児外科の連携は無論,緊急移植の際には,一般・消化器外科内の他臓器班にも直接・間接の応援を要請した.さらに,移植コーディネーター,関係各科,手術室,病棟,関連施設等の連携を強化した.
2.手術時間の短縮
手術の安全性を損なわない範囲で手術時間を短縮するため,所用時間の分析,手術手技の工夫を行った.丁寧な剥離操作がむしろ閉腹前の止血時間を短縮させる効果を認識し,レシピエント・ドナーチームが密に連絡を取り極力グラフト冷保存時間を短縮させるなどの努力を行った.
3.生体から脳死肝移植へのシフト
健康人(生体ドナー)からの臓器提供を避けたいとの思いから近年当施設は脳死肝移植による患者救命に尽力をしてきた.脳死移植は,生体移植に比して手術時間が比較的短く1件の院内手術で患者を救命可能であるという点で,働き方改革の追い風となる可能性がある.

IV.肝移植チームの実績
移植チームは,医療の質を担保しながら2018年も移植医療を継続出来ている.当施設への肝移植問い合わせは,2017,2018年にそれぞれ89,106例,肝移植適応委員会はそれぞれ39,27回開催,脳死肝移植の登録数はそれぞれ23,16例,肝移植実施はそれぞれ20,14例(それぞれ19,13例が生存)であった.左葉グラフトを用いた生体肝移植の手術時間は,2013~2015年に平均961分であったが,2017~2018年では797分に短縮した.全移植数に占める脳死肝移植の割合は,2013~2015年に19%であったが2017年以降に36%に増加した.2013~2018年の脳死肝移植平均手術時間は557分であった.2018年に9回の摘出に延べ35人の人員を派遣した.関連施設に出向中の摘出術経験者に複数回出動を依頼した.連日の臓器受諾となった脳死肝移植において,他施設の移植チームより人的物的応援を得て臓器摘出を成立させた.

V.問題点と解決策
健康人である生体ドナー,極端に数の少ない脳死ドナーから臓器提供を受ける移植医療においては,患者救命に要する業務の質的・量的負担は大きい.当施設では,脳死肝移植の登録業務を移植コーディネーターが担当しているが,限られた人員での業務継続は施設として改善すべき課題であると考えている.施設内で事務部門を含めた「ワークシェア」「タスクシフト」を推進することが望まれる.
脳死肝移植は,手術時間,院内手術件数での利がある一方,必ず緊急手術であるという不安定な性格を併せ持つ.手術機材,保存液などを摘出チームが持参する現行規定では4名の医師を臓器摘出に派遣する必要があり,摘出チームの時間的経済的負担も認識されている.日本移植学会で検討されている,物品の共有・貸借制度や,摘出の互助制度などわずかながら増加する国内の脳死下臓器提供に対応し得る摘出システムの構築が望まれる.また,摘出医師派遣費用の増額や院内配分の再考(医師個人へのインセンティブ)など社会や施設による英断が摘出医師の負担を軽減する可能性は高い.また,脳死肝移植を推進するには国内の臓器提供数は極端に少なく,自施設患者への臓器提供を望むのであれば自施設内の臓器提供の推進をも同時に実現すべきである.当施設における脳死下臓器提供の需給の極端なアンバランスは早急に解決すべき案件であることも認識をしている.

VI.おわりに
働き方改革を進める大教室のなかで,人的・時間的・技術的工夫を図りながら移植医療を推進しているが,今後施設内でのさらなる工夫と社会的な環境整備が「令和時代の移植医療」を支えると信じている.

 
利益相反:なし

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