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日外会誌. 121(1): 90-92, 2020

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定期学術集会特別企画記録

第119回日本外科学会定期学術集会

特別企画(6)「外科医にとっての働き方改革とは」
 1.医師の「働き方改革」のゆくえ

厚生労働省医政局総務課保健医療技術調整官 

堀岡 伸彦

(2019年4月20日受付)



キーワード
医療政策, 医師偏在対策, 働き方改革, 公衆衛生, 労働時間

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I.はじめに
長時間労働は健康確保だけでなく,仕事と家庭生活との両立を困難にし,少子化の原因や女性のキャリア形成,男性の家事・育児を阻む原因となっている.
2017年わが国で初めて抜本的な働き方改革を目指し「働き方改革実行計画」が策定された.「日本経済再生に向けて,最大のチャレンジは働き方改革である.」とされ,国を挙げて,文化や風土のレベルから改革が進められようとしており,一人ひとりの医師の崇高な理念により支えられてきた医療の世界においても働き方改革が必要である.

II.医師の労働の実態について
2012年度就業構造基本調査によれば,週60時間以上の労働している医師は41.8%であり全職種中最も多い.他の医療職種との比較でも,看護師は5.4%であり抜きんでて長時間労働である.
※)様々な調査の「労働時間」は労働基準法上の労働時間とは一致しない.
「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査研究」1)によれば,週80時間以上労働している者が男性の11%,女性の7%にいる.これは年間2,000時間以上の時間外労働であり,一般労働者の時間外上限が720時間(休日労働込みで960時間)であることを考えると医師が極めて長時間労働であることがわかる.
最も長いのは子のいない20代男性であり,男性は子の有無に関わらず年齢を重ねるごとに労働時間が減少した.子のいない女性はいずれの年代においても男性とほぼ変わらないが,子のいる20代から40代の女性は男性に比べ労働時間が短かった.
なお,男性医師は子がいてもいなくてもほぼ労働時間が変わらず,配偶者が子育ての負担を担っていることが示唆される.
診療科別には救急科,臨床研修医,産婦人科,外科が長く週平均59時間以上の労働時間であった.医療機関別では大学病院が最も長かった.また,1日当たり患者への説明等に82分,基本的なバイタル測定に26分,記録に93分,医療事務に36分,物品運搬等に6分を費やしていた.

III.医師の働き方改革の議論のポイント
医師の働き方改革には手術中に執刀医が途中で離れることができないといった,医療行為の特性,日々進歩する知識・技術を習得するための研鑽が必要という事情の他に,例えば患者の都合で,深夜や休日であっても診療方針等の説明を行う,看取りや病状の変化があった際には主治医が対応するといった日本の文化に属するものや,わが国の医療制度の特徴である「フリーアクセス」や諸外国に比べ病床数が非常に多いことなど多くの特殊性がある.
厚生労働省では2017年8月「医師の働き方改革に関する検討会」を立ち上げ計22回に及ぶ議論を行い2019年3月にとりまとめた.議論は医師の労働者性,自己研鑽,応召義務など多岐にわたった.大きな枠組みを図1に示す.
2024年までに医療機関は三つの枠組みのどれかになる.大多数は(A)となり,一般労働者と同じで最大でも休日労働込み960時間までとなる.そして,5年間最大限の改革を行った上でどうしても地域医療に不可欠な医療機関のみが例外的に(B)の枠組みとなる.
この枠組みは,最大1,860時間の時間外が可能となるが,長時間労働を余儀なくされる医師は必ず28時間の連続時間規制と9時間のインターバル規制を行うこととなっている.
さらに,医師が希望する研鑽を積むことができるようにするため,初期臨床研修医,後期研修医向けの(C-1)と高度技能の育成が公益上必要と認められる医師に(C-2)という枠組みがある.C-1については臨床研修,専門研修プログラムに参加後締結される予定の36協定の時間数を採用時に明示することを条件に一般病院よりも高い労働時間上限を認める.
一方,C-2はもっと高難度な手技や技術を身につけるためのものである.詳細な制度設計は検討中であるが,自らの意思で高度な技能を身につけたいと考える医師が,研鑽計画を提出し審査を受けることで,同様に高い労働時間上限を認める.
医師が直接やる必要がない可能性の高い業務に1日平均約240分もの時間を割いており,調査では最低でも20%弱の時間は他業種に分担可能と考えている1)
厚生労働省としても静脈注射や尿道カテーテルの留置,診断書等の代行入力等を「原則医師以外の職種に分担」することを求めている.業務移管可能なものは,他にも多く存在すると考えられ,さらに労働時間を大幅に削減できる可能性がある.
そのためにも,日本外科学会,日本麻酔科学会から看護師の特定行為研修制度の改革が提言され,病棟業務を一括してタスクシフトする外科系のパッケージ研修や質の高い麻酔を行うための麻酔パッケージ研修を創設し更なるタスクシフトを行うための枠組みを整備した.
1,860時間を超える医師は10%を超えており,産婦人科や後期研修医では20%近くになる.また,連続勤務28時間規制やインターバル9時間を達成できている医療機関は極めて少なく,5年後までに大改革を求められることは必須である.

図01

IV.おわりに
アメリカで研修医の労働時間を規制するきっかけとなったリビー・ジオン事件2)を例に挙げるまでもなく,提供する医療の質や安全を確保する観点からも,医師が疲弊せずに働けることは重要である.
マネジメント改革だけでは限界がある.最も医師の少ない岩手県と東京都では指標にして2倍もの差が存在する.また,最も労働時間の長い救急科(62.5時間),外科(59時間)と眼科(43.7時間),皮膚科(43.9時間)では週あたり20時間もの差があり,地域偏在,診療科偏在の問題を改革することが不可欠である.
また,地域での効率的な医療提供体制の構築が必要不可欠である.そのためにも,今般医療法,医師法を改正しており,地域医療対策会議を始めとして地域で医療機能の分化についても話し合いを行い,整合的に働き方改革を進めていかなければならない.

 
利益相反:なし

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文献
1) 医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査報告書. http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000160954. html
2) The Girl Who Died Twice: Every Patient’s Nightmare: the Libby Zion Case and the Hidden Hazards of Hospitals. https://psnet.ahrq.gov/resources/resource/1594

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