日外会誌. 121(1): 34-38, 2020
特集
蛍光ガイド手術の現状と展望
5.直腸癌手術における蛍光血流イメージング
京都大学医学部附属病院 消化管外科 河田 健二 , 肥田 侯矢 , 水野 礼 , 板谷 喜朗 , 奥知 慶久 , 岡田 倫明 , 坂井 義治 |
キーワード
ICG蛍光法, 腸管血流, 縫合不全, 直腸癌, 低位前方切除術
I.はじめに
直腸癌に対する低位前方切除後の縫合不全は最も厄介な合併症の一つで,本邦のNCD(National Clinical Database)や欧米のデータベースによると約10〜15%の頻度でおこると報告されている1)2).低位前方切除術における最も一般的な再建法はDST(Double Stapling Technique)吻合である.縫合不全の発生には吻合機器,吻合部血流,吻合部への緊張,併存疾患など様々な因子が関与するが,なかでも吻合部血流は特に重要と考えられている3).腸管血流を把握するには,腸管の色調・蠕動,辺縁血管の視認・触知,辺縁血管断端からの動脈性出血の確認などが一般に行われるが,いずれも外科医の主観的判断に基づくものであり,経験豊富な外科医であってもしばしばその判断を間違いうる4).客観的な血流評価法としては従来より超音波ドップラー法,組織酸素濃度測定法などが行われてきたが,客観性や再現性の点で問題があり一般的にはあまり行われていない.一方,ICGが発する蛍光を赤外観察カメラで可視化する蛍光イメージング(ICG蛍光法)は,術中に血流をリアルタイムに評価する客観的手法としてその簡便さ,正確さの観点から近年注目されている.本邦では蛍光法を用いた術中腸管血流評価が2018年4月に保険収載となり,またICG注射剤であるジアグノグリーンの用法として「血管及び組織の血流評価」が2018年7月に追加で薬事承認された.近年本邦でも導入が進んでいるロボット手術(da Vinci Surgical System Xi)ではICGを可視化できるFireflyイメージングシステムが搭載された.本稿では直腸癌術後の縫合不全減少に向けたICG蛍光法の有用性および今後の展望について解説する.
II.当科での実際の手技
ICG蛍光イメージングによる吻合部の血流評価は,大腸外科領域の術後合併症(とくに縫合不全)を減らす有望な手法として近年期待されている.当科では,2013年9月よりS状結腸〜直腸癌に対しDST吻合をする症例を対象にICG蛍光法による腸管血流評価を臨床研究として導入してきた.腹腔鏡下低位前方切除術におけるポート配置,内側アプローチ〜直腸周囲の剥離操作,直腸切離時の機器の使用方法については別稿5)6)を参照されたい.血管処理,肛側腸管切離が終わってのち,腸管を体外に導出し腸間膜処理を予定の口側腸管切離ラインまで行う.口側腸管の切離前にICG静注すると通常は1分ほどで腸管壁が蛍光されてくる.Photodynamic Eye(PDE-neoシステム:浜松ホトニクス株式会社)などを使用して腸管血流を評価するが,腸管切離ラインの蛍光発色が不十分な場合は,十分な血流が来ていないと判断し蛍光発色が良いところまで追加切除を行う.至適血流部位(デマルケーションライン)で腸管を切離してのち,DST再建を行っている.
当科での今までの検討として,ICG蛍光法を用いて腸管壁内血流の関連因子を調べたところ,多変量解析の結果から「抗凝固薬内服」「術前化学療法」の2因子が有意な壁内血流増悪因子であることが分かった7).この結果は,心血管疾患の併存のため抗凝固薬が必要な全身微小血管の動脈硬化がすすんでいる症例や,術前化学療法を施行するといった,所謂ハイリスク症例においてICG蛍光ナビゲーションは特に有用性が高いことを示唆している.また,腸管血流をより客観的かつ正確に把握するため,ICG蛍光輝度を解析ソフトを用いて定量測定することで縫合不全が予測できるかを後向きに検討したところ,症例数が少ないとはいえ感度100%,特異度92.5%で縫合不全を予測することが可能であった8).さらに症例を重ねれば,腸管血流の安全域を示す輝度や傾きのカットオフ値を設定できる可能性があると思われる.
III.今までの主なICG蛍光法に関する報告
大腸癌領域においては,米国の多施設前向き研究であるPILLAR-Ⅱ試験(n=139)の結果では,腹腔鏡下左側結腸切除術・直腸前方切除術においてICG蛍光法に基づく腸管血流評価により8%の症例で腸管切離部位の変更が必要となり,縫合不全は1.4%であった9).縫合不全率だけみると非常に良好な結果ではあるが,対象疾患としては憩室炎が44%と最も多いのに対し直腸癌は25%しかないことや,カバーリング・ストマが19%の症例で増設されていることに注意が必要である.また最近報告された欧州での多施設第2相試験(n=504)の結果によると,ICG蛍光法に基づく腸管血流評価により5.8%の症例で腸管切離部位の変更が必要となり,縫合不全は2.4%であった10).これも良好な結果ではあるが,術式でみると低位前方切除は18%(n=90)であり,そのうち94%の症例(n=85)でカバーリング・ストマが増設されていたことには留意する必要がある.
ICG蛍光法の有無により縫合不全率がどのように変化するかについては複数の報告が今までになされているが,現時点での結論としてはcontroversialと言わざるを得ない(表1).Kudszusらの報告11)(n=402)ではICG蛍光法により腸管切離ラインの変更を16.4%の症例で行い,縫合不全率はコントロール群(7.5%)に比べて3.5%へと減少した.サンプルサイズ的には大きいものの,術式でみると結腸右半切除術や結腸左半切除術を多く含んでおり,その解釈には注意が必要である.Jafariら12)は,ロボット支援下低位前方切除術においてICG蛍光法により腸管切離ラインの変更を18.8%の症例で行い,縫合不全率はコントロール群18.2%にくらべICG蛍光法群では6.3%まで減少したと報告している.ただサンプルサイズが小さい(n=38)ことや,カバーリング・ストマが76%の症例で増設されており,その解釈には注意が必要である.Kimらもロボット支援下低位前方切除術・括約筋間直腸切除術について報告している(n=657)13)が,ICG蛍光法による腸管切離ラインの変更は8.6%の症例で行い,縫合不全率はコントロール群5.2%にくらべICG蛍光法群では0.6%まで有意に減少した.サンプルサイズ的には大きく縫合不全率についても統計学的有意差があるものの,カバーリング・ストマ増設率がICG蛍光法群ではコントロール群に比べ有意に高い(55% vs. 35%).Boniら14)は,腹腔鏡下低位前方切除術においてICG蛍光法により腸管切離ラインの変更を4.7%の症例で行い,縫合不全率はコントロール群5.0%にくらべICG蛍光法群では0%まで減少したと報告している.その差は劇的ではあるが,サンプルサイズが小さく(n=80)統計学的有意差はないことや,全症例でカバーリング・ストマが増設されている点に注意が必要である.上記の報告はICG蛍光法の有用性を示唆するものであったが,Kinら15)のケースマッチ後向き研究(n=346)では,左側結腸切除術・直腸前方切除術においてICG蛍光法により腸管切離ラインの変更が4.6%の症例で必要となり,縫合不全率はコントロール群6.4%にくらべICG蛍光法群では7.5%と全く減少しなかったと報告している.サンプルサイズ的には大きく,カバーリング・ストマ増設率も17%と比較的低いものの,術式別でみると低位前方切除術は12%ほどしか含まれていない点で解釈に注意する必要がある.
当科で2009~2016年において腹腔鏡下低位前方切除術を行った149例を対象に,ICG導入前101例と導入後48例で比較した16).ICG蛍光法により腸管切離ラインの変更が27.1%の症例で必要となり,縫合不全率はコントロール群6.9%にくらべICG蛍光法群では10.4%と全く減少しなかった.ただ患者背景に差があるため,Propensity score matchingして患者背景をそろえて解析すると,縫合不全率はICG導入後は導入前に比べ低い傾向にあったが有意差はなかった(8.8% vs.14.7%:P=0.71).サンプルサイズ的には大きくないものの,縫合不全をより正確に評価するためカバーリング・ストマ増設症例は全く含まれていない点で重要と思われる.Propensity score matchingを用いた別の報告としては,最近Watanabeら17)は腹腔鏡下低位前方切除術においてICG蛍光法により腸管切離ラインの変更を5.7%の症例で行い,縫合不全率はコントロール群10.4%にくらべICG蛍光法群では4.7%まで減少したと報告している.サンプルサイズ的には大きいものの,51%の症例でカバーリング・ストマが増設されている.
イタリアで行われたランダム化比較試験(Randomized controlled trial:RCT)の結果がDe Nardiらにより最近報告された18).これは大腸領域におけるICG蛍光法に関しての初めてのRCTの報告である.腹腔鏡下左側結腸切除術・直腸前方切除術を対象に検討したところ(n=240),ICG蛍光法により腸管切離ラインの変更が11%の症例で必要であり,縫合不全率はコントロール群9.0%にくらべICG蛍光法群では5.1%であり,両群間に有意差はなかったと報告している.また本研究から,低位前方切除術はそれ以外の術式に比べ縫合不全率が高いこと(10% vs. 4%),対象が良性疾患の場合は悪性疾患に比べ縫合不全率が低いこと(2.9% vs. 8.7%),低位前方切除術の場合はカバーリング・ストマが増設された症例は無い症例に比べ縫合不全率が低いこと(5.8% vs. 13.8%)も報告された.
IV.おわりに
安全で確実な縫合・吻合は術後縫合不全などの合併症の減少に繋がり,患者QOLの向上や医療コスト節減の面からも重要である.本稿では直腸癌手術におけるICG蛍光血流イメージングの現状について,当科でのデータや最新の知見もふくめて解説した.ICG蛍光法が縫合不全減少に結びつくかどうかはエビデンス的にはまだ意見の分かれるところであるが,簡便さ,正確さの点から考えるとその有用性は高く,今年度よりICG蛍光法による腸管血流評価が保険収載されたことも相まってさらに実施臨床で広く行われていくと思われる.われわれはとくに縫合不全のハイリスク症例に対しては有用性が高い可能性があると考えている.
利益相反:なし
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