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日外会誌. 121(1): 1, 2020

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Editorial

ピンチをチャンスに

横浜市立大学 消化器・腫瘍外科学

遠藤 格



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先日,中国の学会に参加した際,アテンドしてくれた当地の大学院生に最近の中国の研究力は発展が著しいねといったら,IF(Impact Factor)の高い雑誌の掲載数は増えているかもしれないが,まだまだ真の実力やアイディアは日本に敵わないと謙遜していた.しかし本当にそうなのだろうか.鈴鹿医療科学大学学長豊田長康先生の著書によれば,日本のCNCI(Category Normalized Citation Impact:研究分野や大学の大きさの違いから生じる不公平さを調整した被引用インパクト)は停滞しており,既に中国・韓国に追い抜かれている.なんと2014~2016年の日本のCNCIは世界78位である(科学立国の危機,豊田長康,東洋経済2019).
研究力の低下は,2004年頃の独法化による運営費交付金削減,大学院重点化によるマンパワーの分散,新臨床研修医制度,講座の再編・細分化による医局弱体化,大学研究費の減少,それによる研究従事者数の減少が複合した結果だと分析されている.さらに最近では新臨床研究法によって,研究のハードルが非常に高くなった.研究をやりたいというモチベーションのある若手を伸ばせない.それに追い打ちをかけるのが『医師の働き方改革』である.5年後の2024年4月には超勤960時間を達成しなければならない.仕事の質も明確に定義され,上司の命令で抄録や論文を書くのは自己研鑽ではなく勤務とみなされるようになった.
このように本邦の外科医を取り巻く環境は四面楚歌といってよい.ただし,外科医の過重労働を減らそうという外力が加わることはむしろ歓迎すべきだと思う.外科医のマンパワーが不足していることが白日のもとに晒されたことは好機であろう.
それでは具体的な改善策はあるだろうか? まず,それぞれの診療科でできることとして部下(特に若手)の労務管理を部長(教授)がしっかり行うことだろう.学会としてできることとしては,学会出席・専門医取得に要する時間を少なくし,年間に同じような内容の発表を何度もさせるのは避け,若手のエフォートを研究計画書の作成や論文執筆にシフトさせるべきである.特に専門医制度がからむ学会は4月に1週間Surgical Weekとして集まり,専門医のための教育講座などを1週間で取れるようにして欲しい.本件は現在,本学会で討議されているので,その成果に期待したい.国としてできることとしては,外科医にインセンティブを与えることだと思う.具体的にはもっと外科の診療報酬をあげ,インセンティブが外科医(あるいは所属講座)に直接届くようにするべきである.やはり外科医不足の根本的解決法は外科医志望者を増やすこと以外にないであろう.
5年後10年後に国民が安心な高度外科治療を受ける体制を維持するためには今の若手を宝物だと思い,勤務状況を把握し,過労させず,雑務を減らし,自己研鑽できる時間を増やし,待遇改善を図るべきである.外科医は術後合併症を乗り越えて治療成績を改善してきた.今の困難な状況も必ず乗り越え,明るい未来に繋げることができると信じている.

 
利益相反
奨学(奨励)寄附金:コヴィディエンジャパン株式会社,エーザイ株式会社

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