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日外会誌. 86(5): 619-629, 1985


原著

胸部下行大動脈遮断時の脊髄虚血発生機序の解明とその予防に関する研究

兵庫医科大学 胸部外科(主任:宮本 巍教授)

岡 良積

(昭和59年7月6日受付)

I.内容要旨
胸部下行大動脈の遮断を伴う手術における重篤な合併症に脊髄の虚血に起因する脊髄障害(対麻痺)があるが,その発生機序に関しては未だ不明な点が少なくない.本研究は体性感覚誘発電位(SEP)を用いて,下行大動脈遮断時の末梢側血圧と脳脊髄液圧(CSFP)との圧差(これを「相対的脊髄灌流圧(RSPP)」と呼称)が脊髄虚血発生に及ぼす影響を検討した.雑種成犬30頭を用いて全身麻酔下に開胸し,左鎖骨下動脈を結紮後その分岐部直下の下行大動脈を完全または部分遮断した.同時に脳脊髄液を吸引するか生理食塩水をクモ膜下腔に注入することによつてCSFPを変動させてRSPPを一定に保ち,30分間または2時間にわたりSEPの変化をみた.SEPは両下肢の腓骨神経を幅0.2msec,強さ200Vの矩形波で毎秒2回刺激し,頭部より誘導して100回の加算平均を行つて記録した.その結果,最長30分間の遮断(18頭)では,RSPPが10mmHgでは100%,20mmHgでは67%,30mmHgでは7%の頻度でSEPが有意に低下もしくは消失した.しかし40mmHg以上ではSEPに何ら変化を認めなかつた.最長2時間の遮断(12頭)では,RSPPが20mmHgでは100%,30mmHgでは33%の頻度でSEPが有意に低下もしくは消失したが,40mmHgではSEPに有意な低下を認めなかつた.以上より少なくとも2時間の遮断で脊髄虚血をきたさないためには,40mmHg以上のRSPPを保つことが必要であると思われる.本研究により,胸部下行大動脈遮断時の脊髄虚血発生の予防手段として遮断末梢側の灌流圧を保つ補助手段法の有用性の根拠が示された.また脳脊髄液圧低下法の脊髄虚血発生の予防手段としての有用性もSEPを用いて理論的に証明しえた.

キーワード
胸部下行大動脈遮断, 脊髄虚血, 対麻痺, 脳脊髄液圧, 体性感覚誘発電位(SEP)

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