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日外会誌. 86(1): 98-110, 1985


原著

還流障害よりみた左腸骨・大腿静脈血栓症に関する臨床的並びに実験的研究

慶応義塾大学 医学部外科学教室(指導:阿部令彦教授)

松本 賢治

(昭和59年2月1日受付)

I.内容要旨
下肢深部静脈血栓症の病像は多彩であり,その成因も不明であることが少なくない.
本研究では発生頻度の高い左腸骨・大腿静脈血栓症の成因に関し,解剖学的腸骨静脈圧迫に着目し,還流障害並びに血中セロトニン濃度の変動を検討した.
還流障害の程度は静脈血栓症等111例を対象に,左腸骨・下大静脈の造影並びに圧測定に加えて99mTc-MAAによる骨盤静脈シンチグラムにより評価した.腸骨静脈の圧迫度を造影所見よりI型(正常),II型(軽度),III型(中等度),IV型(高度)と分類すると,左総腸骨・下大静脈の圧差は圧迫度とともに増加し,シンチグラムでは左右総腸骨静脈で計測されるRI極値比がI型,II型で0.9~1.0,III型で0.6,IV型で0.2以下と圧迫度による還流障害をよく反映した.また左側中枢静脈血栓はI型,II型では認めず,III型の46.7%,IV型の85.7%に認められ,還流障害が強いほど左腸骨・大腿静脈に血栓が発生しやすいという成績を得た.
この成績を考慮して,雑種成犬31頭を用い,左外腸骨静脈を結紮しIV型腸骨静脈圧迫近似モデルを作製,血小板の放出物質であるセロトニンを経時的に測定した.血栓完成は還流遮断後3日目に認められたが,すでに3時間後血小板内セロトニンは有意に低下,血小板外セロトニンは有意に上昇して,血栓完成より早期に血小板が関与することを示唆した.続いて臨床的には一般外科手術症例23例を中心に同じくセロトニンの動態を検討した.血小板外セロトニンは手術前後で有意の変動を示さなかつたが,血小板内セロトニンは開腹術症例で,術後3日目有意に低下し30日後に術前値に復した.静脈血栓は開腹術症例の3例(16.7%)で,いずれも左腸骨・大腿静脈系に認められ,腸骨静脈圧迫も存在していた.
以上より,左腸骨・大腿静脈血栓の発生には腸骨静脈圧迫による還流障害とともに,血小板の変化も少なからず関与すると想定された.

キーワード
左腸骨・大腿静脈血栓症, 還流障害, 術後静脈血栓, セロトニン, 血小板

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