日外会誌. 126(6): 591-594, 2025
定期学術集会特別企画記録
第125回日本外科学会定期学術集会
特別企画(1)「医療の質と医療安全:人口減少時代の外科医療の集約化と均てん化」 2.高難度肝胆膵外科手術の経時的パフォーマンス評価をふまえた外科医療制度設計への展望
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1) 札幌医科大学 消化器外科 穴澤 貴行1)2) , 波多野 悦朗2) (2025年4月10日受付) |
キーワード
National Clinical Database, 専門医制度, 高難度外科医療, 集約化, 均てん化
I.はじめに
人口減少時代を迎え,高難度外科医療における集約化と均てん化の両立の重要性が一層高まっている.その実現には,まず医療の質を担保する体制の確立が前提となる.とりわけ肝胆膵外科手術は難易度・リスクが高く,集約化と均てん化の両立における課題は大きい.本稿では,肝胆膵外科手術の質向上に寄与するとされる,National Clinical Database(NCD)および高度技能専門医制度からなる体制の現状と展望について報告する.
II.人口減少時代の外科医療の課題
わが国の総人口は急速に減少し,高齢化も顕著である1).このため医療需要は増大する一方,医師数は増員政策で全体的には増加しているが,消化器外科医は減少傾向にあり2),厳しい状況にある.さらに医師の都市部集中が進み,地域によっては医師不足が深刻化している.こうした中で,消化器外科医療の「集約化」と「均てん化」は今後の医療政策の重要課題である.
集約化は専門性向上や治療成績改善,教育・研究環境の充実をもたらす.一方,均てん化は地域格差是正や患者満足度向上に資する.しかし両者の両立は容易でなく,医療の質向上を前提とした体制確立が不可欠である.
III.肝胆膵外科医療の“質”を担保するストラクチャー
日本肝胆膵外科学会は2008年に「高度技能専門医制度」を創設し,高難度肝胆膵手術の安全性向上を図った.同制度による修練施設認定では適切な手術実施が報告され3)
4),制度開始後に死亡率の減少も確認されている5).すなわち医療の質を担保する「ストラクチャー」が整備されてきた.
しかし,この仕組みが実際にアウトカム改善へ結びついたかを評価するには,症例数や死亡率のみでは不十分である.施設や年代で患者リスクが異なるため,リスク調整が必須である.実際,修練施設や専門医が関与した高難度手術で死亡率は低い一方,手術時間が長いとされ3)
4),高難度症例の多さが影響している可能性がある.これはリスク調整を欠いた評価の限界を示している.
2011年に稼働したNational Clinical Database(NCD)は,全国規模で収集されたデータに基づき主要術式のリスクモデルを構築し,リスク調整後アウトカムによる手術パフォーマンス評価(死亡率・合併症率)の「ベンチマーキング」を可能にした.一定期間のリスク調整後分析により,本邦の肝胆膵外科手術の強みや課題を明確化できる.
症例選択を限定すると低リスク症例に偏り見かけ上の死亡率は下がりうる.そのため「成績改善は実際に起きているのか」「改善は術者や施設認定によって異なるのか」といった問いに答えるには,リスク調整後アウトカムによる検討が不可欠である.
IV.リスク調整後アウトカム指標を用いた高難度肝胆膵外科手術のパフォーマンス評価
医療機関を超えて縦断的に症例データを集積し,パフォーマンスを指標化する研究は医療の質向上に不可欠である.われわれは日本肝胆膵外科学会のプロジェクト研究として「リスク調整後アウトカム指標を用いた高難度肝胆膵外科手術の経時的パフォーマンス評価」を実施した6).
本研究では,2014~2020年のNCDデータを解析し,膵頭十二指腸切除後の死亡率および合併症発生率のリスク調整オッズ比(AOR)の推移を検討した.その結果,死亡率のAORは2015年の0.906から2020年には0.647へと有意に低下し(図1),制度導入やNCD参加の効果が示唆された.術後死亡の主因であるグレードC膵瘻も減少し,さらに高度技能専門医・修練施設5)は非認定と比べ常に良好な成績を示した(図2).特にAOR改善は専門医資格よりも修練施設認定で顕著であり,充実した設備と指導体制を備えた施設が合併症管理と死亡率低下に寄与している可能性がある.
一方,全体の手術死亡率は改善したが30日死亡率に有意な改善はなく,患者背景や術後早期合併症の影響が大きいと考えられた.これは包括的な術前評価と術後管理の強化の必要性を示唆している.リスク調整後アウトカムの導入により,専門医資格や施設認定と成績を直接関連づけることが可能となり,今後の集約化と均てん化を両立させる基盤データとなりうる.


V.肝胆膵外科診療の集約化と均てん化への展望
NCDによる解析は全国の医療水準を可視化するのみならず,地域間格差是正にも資する.従来,大都市に症例が集中し,地方では症例不足や医師偏在が問題であったが,リスク調整後のベンチマーキングにより真の質的格差を把握できるようになった.
この知見は,集約化と均てん化の最適化に不可欠である.例えば,高難度手術を一定規模施設に集約して専門性と安全性を担保しつつ,地域拠点病院と連携することで,患者が地元で術後管理や長期フォローを受けられる体制が可能となる.これは患者満足度向上と資源活用の双方に寄与する.
さらに,NCDの成果を政策に還元することで,診療報酬改定や施設認定基準の見直しに科学的根拠を提供できる.限られた外科医療資源を最適に活用し,地域格差縮小と全国的な質向上を同時に実現できると期待される.
VI.おわりに
高難度肝胆膵外科手術の成績改善を支える体制は確立されつつある.施設間格差の存在は集約化の有効性を示唆しており,今後は医療の質を維持しつつ均てん化を達成する制度設計が求められる.
利益相反:なし
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