日外会誌. 126(6): 560-562, 2025
会員のための企画
医療訴訟事例から学ぶ(147)
―経口避妊薬の長期投与中に静脈血栓症が生じた事例―
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1) 順天堂大学病院 管理学 岩井 完1)2) , 山本 宗孝1) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1) |
キーワード
経口避妊薬, 脳静脈洞血栓症, 長期投与, 血圧測定
【本事例から得られる教訓】
薬剤に起因する事故が生じた場合,訴訟では,添付文書の記載通りに対応しているか否かで判決の結果が決まる可能性が高い.長期投与中の薬剤については,添付文書の確認が曖昧になる可能性もあるため,特に留意したい.
1.本事例の概要(注1)
今回は,経口避妊薬の長期投与中に,添付文書通りの対応がなされていなかった事例である.薬剤の長期投与が必要な患者は外科医にとっても珍しくないものと思われ,関心も高いと思われることから紹介する次第である.
患者(事故発生時49歳・女性)は,子宮筋腫または子宮腺筋症の治療のため,平成19年3月5日から平成25年11月20日までの間,合計34回にわたり,担当医から経口避妊薬アンジュ28錠(本件薬剤)を処方された.
平成26年1月16日,患者は発声のためにうまく口を動かすことができず,左手の麻痺が出現するなどし,脳静脈洞血栓症(以下,「本件血栓症」)と診断された.静脈血栓症は,静脈などの血流が遅い,あるいはうっ滞しやすい血管内において,血流のうっ滞により凝固活性化(トロンビンの濃度が上昇)することにより形成される.静脈血栓は血管壁とのつながりが弱いため,遊離して塞栓となり他部位の血管を閉塞することもある.
本件薬剤の添付文書の「使用上の注意」欄には,本件薬剤の投与中は,6カ月毎の検診(血圧測定,乳房,腹部の検査および臨床検査を含む)が必要である旨の記載があるが,本件では6カ月毎の検診はなされていなかった.
2.本件の争点
本件の争点は多岐にわたるが,本稿では,血栓症発症の原因,血圧測定の要否,および血圧測定と本件血栓症発症の因果関係について説明する.
3.裁判所の判断
裁判所はまず,血栓症の原因が患者の素因によるものか,本件薬剤であるかにつき検討した.添付文書には,高血圧(軽度のものを除く)の患者への投与は「禁忌」,40歳以上の女性または肥満女性,軽度の高血圧のある患者への投与は「慎重投与」とされているところ,患者は,初回処方時(平成19年3月5日)は,年齢42歳で,その約2カ月半前の平成18年12月25日には血圧168/98,体重110kgであり,添付文書上は禁忌か,少なくとも慎重な投与が求められる程度に血栓症発症の危険は存在した.しかし,初回投与時の血液凝固検査では殆どの項目が正常値に収まっており,現に初回処方時から6年以上経過した平成26年1月26日まで本件血栓症を発症していないこと等から,裁判所は,本件血栓症の発症は,患者の素因が顕在化したものではないとした.一方,本件薬剤の服用には血栓症発症のリスクがあり,本件薬剤は継続的な服用によりその効果が蓄積すること,本件薬剤の製造業者が本件血栓症と本件薬剤の関連性が否定できない旨を報告していること等から,本件血栓症の発症は,本件薬剤が原因であると認定した(注2).
そして,平成26年1月16日まで血栓症を発症していないこと等から,最後の処方である平成25年11月20日の処方(以下,「最終処方」)により血栓症が発症した(血栓症の発症と因果関係のある薬剤は最終処方のみ)と認定した.
次に裁判所は,最終処方が添付文書に違反するかについて検討し,患者の体重や血圧の詳細は不明であるものの(なお,体重は平成25年5月30日で60kg,平成26年1月16日時点で67kgであった),添付文書上は「慎重投与」の対象であり,本件薬剤の投与をしたこと自体に過失はないとした.
しかし,添付文書では,本件薬剤投与中は6カ月毎の検診(血圧測定等を含む)が必要であるが,最終処方(平成25年11月20日)の6カ月前には血圧測定等が実施されておらず,添付文書が血圧測定を要求している理由は血栓症等の発症リスクを把握するためであると解されるとして,血圧測定等をしていないことについて医師には過失があると認定した(注3).
これに対し病院は,日本産科婦人科学会「低用量経口避妊薬の使用に関するガイドライン」(以下,「平成17年ガイドライン」)では,「経過観察中に服用を中止すべき症状や他覚所見」に血栓症の記載はないため,本件薬剤を投与することにより本件血栓症が発症することは予見できないと反論等したが,裁判所は,ガイドラインに記載はなくても,添付文書の記載から血栓症のリスクは明らかであるとして,病院の反論を排斥した.
そして,最後に裁判所は,本件血栓症を発症した平成26年1月16日の救急搬送時の患者の血圧が140/84であり,平成17年ガイドライン上「利益を上回るリスク」に近い状態であったことからすれば(同ガイドラインでは,収縮期血圧140~159mmHgおよび拡張期血圧90~99mmHgの場合には,「利益を上回るリスク」があるとして通常は使用を推奨できないとしている),最終処方時に血圧測定等を行っていれば,その測定値に基づき,最終処方が回避された蓋然性が認められるとして,血圧測定を怠った過失と本件血栓症発症の因果関係を認めた(賠償額は約1億9,400万円).
4.本事例から学ぶべき点
本件は,控訴中であり(医療機関側にも言い分があると思われる),過失の有無等を含めまだ結論が出ていない点にご留意頂きたいが(令和7年10月6日時点),今回この事例を取り上げたのは,やはり裁判所は,薬剤事故が生じた際には,添付文書の記載を非常に重視することを改めて認識したためである.
薬剤の長期投与になると,投与毎に添付文書を確認することは難しい場合があるかもしれない.しかし,一旦事故が生じると,過失の有無の判断においては,添付文書が最も重視されると言っても過言ではない.あえて添付文書の記載と異なる使用をする例外もあると思われるが,原則として,添付文書の記載を確認することが非常に重要であることに,改めて留意したい.
なお,以前にも,本件薬剤と同様の低用量ピルの事例を紹介させて頂いた(注4).同事例も添付文書の解釈が問題になった(但し添付文書と異なる用法で使用したが,過失は認められなかった事例).低用量ピルについては,添付文書の確認が特に重要と言えるかもしれない.
利益相反:なし
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