日外会誌. 126(6): 543-547, 2025
特集
外科志望者を増やす取り組み
7.肝胆膵外科医を増やす取り組み
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富山大学 学術研究部医学系消化器・腫瘍・総合外科 藤井 努 |
キーワード
肝胆膵外科医, 増加, 取り組み, 働き方改革, ライフワークバランス
I.はじめに
近年,消化器外科医の激減が全国的な課題として取り上げられている.若手医師の外科離れは顕著であり,特に日本消化器外科学会の試算では,65歳以下の消化器外科医は10年後には現在の4分の3,20年後には半分まで減少すると予測されている1).なかでも,肝胆膵外科の領域はその影響を今後強く受けていくことが予想される.高度な専門性が求められる一方,過酷な勤務環境や長時間労働といった問題が指摘されており,若手医師にとっては「ハードルが高い」「過酷」「ライフワークバランスが取れない」といった印象を抱かれやすく,この道を志すことに躊躇する傾向が強まっている.実際,全国的に見ても肝胆膵外科を専門とする若手外科医の数は限られ,大学病院や基幹病院でさえ,十分なマンパワーを維持できない状況が生じている.
肝胆膵外科は,大量肝切除,膵頭十二指腸切除,胆道再建など,技術的に極めて困難な手術を多く含む領域である.また,術後合併症や緊急対応の頻度も高く,患者の生命予後に直結する責任の重い診療科である.こうした特性ゆえに,経験豊富な外科医の育成には時間と労力を要し,人材の確保と継続的な育成が喫緊の課題となっている.
本稿では,肝胆膵外科医の減少という現状に立脚し,若手医師がこの分野に魅力を感じ,志すような環境を整備するための取り組みについて,富山大学での試みも含めて論じたい.
II.現状の課題
日本肝胆膵外科学会会員数の推移
日本肝胆膵外科学会の会員数は2024年度末(2025年3月末)の会員数は3,489名であり,2018年度末の3,576名と比較すると微減した程度である(図1).しかしこの3,489名のうち,現役世代と思われる65歳未満の会員は3,096名(88.7%)に過ぎない.またここから,過去5年間の入会者数,65歳未満の退会者数,65歳となる会員数(定年者数)から試算すると,日本肝胆膵外科学会の65歳未満会員数は10年後には現在の80.1%,20年後には54.1%まで減少すると予測される(図2).
専門性の高さと修練の長さ
肝胆膵外科における手術は,精緻な解剖学的理解と高度な手技を必要とする.出血のリスクや周術期合併症の発生率も高いため,安全かつ確実に手術を遂行するには,長期にわたる修練と経験の積み重ねが不可欠である.この「技術習得までの道のりの長さ」が,若手医師にとっては高い心理的ハードルとなっている.高難度資格の一つである肝胆膵外科学会高度技能専門医の平均認定年齢は41.8歳であり,認定のためには,医師人生の約半分という長期の修練が必要となっている.
また,肝胆膵外科領域では,症例数が限られる施設も多く,計画的かつ体系的な教育機会を得にくいという構造的な問題もある.これにより,興味はあっても実際にスキルを身につけられる環境に恵まれず,他分野に進路を変更する若手も少なくない.著者は,前任地で肝胆膵外科研究室に在籍していたものの,手術を執刀する機会を与えられることは無く,43歳まで肝胆膵高難度手術を執刀する機会はほとんど無かった.当然,教室を退局し外科医を辞めることも当時は考えていた.「症例があって,執刀の指導もして貰える」という職場を見つけるのは容易では無い.
過酷な勤務環境
手術時間の長さや術後管理の煩雑さなど,肝胆膵外科医の労働環境は他臓器消化器外科手術と比較しても大変厳しい.とりわけ,24時間365日の責任体制が求められる現場では,拘束時間が長くプライベートとの両立が難しい.
働き方改革の進展により,医師の労働時間の上限規制が始まる中で,肝胆膵外科は「働きづらい分野」として敬遠される懸念がある.家庭や子育てとの両立を重視する若手世代にとっては,キャリア選択において大きなマイナス要因となりうる.
ロールモデルの不足
肝胆膵外科を目指す上で,身近な成功例やロールモデルの存在は非常に重要である.しかし,医師数の少なさや診療の多忙さから,将来的なビジョンを描くための指導的存在が不足していることは,人材育成上の大きな障壁である.


III.若手肝胆膵外科医を増やすために必要な取り組み
教育体制の強化と段階的な指導
肝胆膵外科医育成のためには,より実践的かつ継続的な教育プログラムの充実が求められる.段階的に難度を上げながら症例を経験させ,基礎から応用まで一貫して教育できる体制が必要である.若手医師に手術助手から始まり,比較的リスクの低い手術や高難度肝胆膵手術を部分的に,積極的に担当させることで自信と達成感を持たせる工夫が望まれる.しかしそのペースも重要であり,以前よりは早いペースで経験を積ませる指導医の努力も今後は重要となるであろう.早期から執刀を教えるなどの対策は必要であると考える.
働き方の見直しと業務分担の推進
長時間労働の是正と働きやすい環境づくりは,肝胆膵外科の魅力を保つためにも不可欠である.手術担当のシフト制やオンコール体制の見直し,休暇取得の徹底などを制度化し,心身ともに無理のない勤務体系を構築すべきである.また現在の医学部学生の4割前後が女性であることから鑑みても,女性が肝胆膵外科医として働きやすい環境を整備することも必須であると考える.少なくとも,従来の肝胆膵外科では当然とされてきた「手術はskin-to-skinが当然」「自身が携わった手術の術後管理では,いつ何時でも自身が対応しなくてはいけない」という概念を継続する限りは,新規の志望者を獲得することは極めて困難となる.もちろん,医師の業務をコメディカルスタッフと適切に分担し,診療以外の雑務を軽減するタスクシフティングの推進も重要である.
魅力の可視化とロールモデルの発信
肝胆膵外科の魅力は,「患者の命に直結するダイナミックな医療」と「高度な専門技術を駆使したチーム医療」にある.このようなやりがいや誇りを,広く社会に発信していくことが求められている.特に,現在第一線で活躍する若手外科医や,子育てと両立しながら勤務する女性外科医の姿を紹介することは,将来像の具体化につながると考えられる.
かつては,学会等において肝胆膵外科医の「厳しい態度や姿勢」があるべき姿として強調されることが多かったが,それは現代の実情とは乖離していると言わざるを得ない.もっとも,そのような価値観を持つ肝胆膵外科医が市中病院などにいまだ一定数存在することもまた事実である.
IV.富山大学の取り組み
富山大学では,日本で初めて設立された「膵臓・胆道センター」などを中心に,肝胆膵外科手術が数多く行われている.その中で,前述した「必要な取り組み」に関しても,早い段階から積極的に実施してきた.詳細は他誌に譲るが2)
3),主な取り組みを以下に示す.
・早期からの肝胆膵外科手術への関与および執刀(early exposure)
・完全シフト制による業務体制と,手術の交替制の導入
・休日・夜間における完全な当番制の確立
・チーム制〜医局制による病棟管理
・臨床現場(手術・病棟)における過度な指導やハラスメントの排除(=手術の充実感や楽しさを伝える教育)
・夏期休暇・有給休暇・男性育児休暇の義務化
これらの取り組みの結果,富山大学第二外科の若手医師の多くが肝胆膵外科手術に関わることを希望し,将来の専門領域として志すようになった.中でも,志望者に女性医師が多い点は,当教室の大きな特徴の一つである.
V.今後の展望
人口減少,高齢化,医療費抑制といった社会的背景のもと,医療提供体制は今後ますます効率化と専門分化が求められる.その中で,肝胆膵外科のような高度専門領域は,限られた人材によって支えられることになる.
したがって,これまで以上に人材育成と定着支援が重要となる.専門性と働きやすさの両立を図り,「選ばれる診療科」としての魅力を発信していくことが,肝胆膵外科の未来を切り開く鍵となる. 肝胆膵外科は,手術そのものが極めて興味深く,やりがいのある分野である.ゆえに,適切な教育・指導体制の整備と,業務全体の的確なマネジメントを行うことによって,志望者の増加につなげることは十分に可能であると考えられる.
VI.おわりに
肝胆膵外科医の育成は,時間と労力を要する一方で,社会的意義の大きい取り組みである.若手医師にとっての心理的・物理的ハードルを取り除き,魅力あるキャリアパスを提示することは,私たち指導的立場にある者の責務である.
教育,労働環境,キャリア支援の各側面からの総合的なアプローチを通じて,肝胆膵外科を志す若手医師が着実に育つ環境を整備していく必要がある.そして将来,「肝胆膵外科を選んでよかった」と多くの医師に思われる診療科であり続けることを,業界全体で目指すことが重要であると考える.
利益相反:なし
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