[書誌情報] [全文HTML] [全文PDF] (1371KB) [全文PDFのみ会員限定][検索結果へ戻る]

日外会誌. 126(6): 522-528, 2025

項目選択

特集

外科志望者を増やす取り組み

4.乳腺外科を選ぶという未来―人材育成と持続可能な医療のために

九州大学 大学院消化器・総合外科

久松 雄一 , 吉住 朋晴

内容要旨
乳癌の罹患率増加に伴い,乳腺外科医の役割は拡大している.診断から手術,薬物療法,長期フォローに至るまで,患者の人生に寄り添う総合的なケアを提供する乳腺外科は,今後ますます重要性を増す.しかし現実には,医師育成に時間と経験を要し,地域格差や指導医高齢化,若手医師の志望離れといった課題が顕在化している.
乳腺外科の魅力は,幅広い診療領域,高度な専門性,多職種連携によるチーム医療の中核を担う点にある.外科手技のみならず,内科的治療も融合したキャリアが築けることは他科にはない特長である.近年では,高精度画像診断,AI支援,個別化医療の進歩により,診療の幅はさらに拡大している.
一方,診療負担やワークライフバランスの課題は依然として若手医師の志望障壁となっている.専門医取得までのハードルも高く,柔軟なキャリア形成支援が不可欠である.リクルート戦略としては,ロールモデルの提示,教育機会の充実,働き方改革,育児支援,研究支援など多面的な取り組みが求められる.
若手医師の声からは,乳腺外科に魅力を感じつつもキャリア維持に不安を抱える姿が浮かび上がる.しかし,患者と深く関わり,医療者として成長できる乳腺外科というフィールドは,希望に満ちている.未来を支えるためには,学会・病院・医局が一体となり,若手に希望を託す環境整備を急ぐ必要がある.

キーワード
乳腺外科医, 医師リクルート, キャリア形成, ロールモデル, 持続可能な人材育成

このページのトップへ戻る


I.はじめに
乳腺外科は,乳癌という日本人女性に最も多い悪性腫瘍を扱う専門領域であり,がん医療の進歩とともに重要性を増している.乳癌は今や9人に1人が経験する時代となり,検診や診断の進歩で早期発見の機会も広がっている.
乳腺外科医は,手術にとどまらず,放射線治療や薬物療法,遺伝医療,サバイバーケアまで広く対応する力が求められる.単なる手術者ではなく,患者の人生に寄り添う医師が求められている.一方で,診療の多忙さやキャリアの不透明さから,若手医師の志望は少ない.今こそその魅力と意義を発信し,次世代の育成に力を注ぐべき時である.
本稿は乳腺外科の魅力と課題,今後のリクルート戦略を整理し,医学生や研修医に向けたメッセージとしたい.

II.乳腺外科というキャリアの魅力
乳腺外科の最大の魅力は,乳癌診療の最前線に立ちつつ,外科的治療に加え,薬物療法や放射線治療などの内科的アプローチにも広く関われる点にある.各治療ステージで患者と深く長く関わり,その人生に寄り添う役割は,他の外科領域にはない大きなやりがいである.
この分野では,“切って終わり”ではなく,治療計画の立案から実施,再発対応,緩和ケアまで継続的な診療が求められる.その中で乳腺外科医は腫瘍内科医,放射線科医,病理医,遺伝カウンセラー,看護師,薬剤師などと連携し,チーム医療の中核を担う.個別化治療の実現には広範な調整力が不可欠であり,まさに総合力が問われる領域である.
また,医療技術の進歩が診療内容を大きく変えている.高精度画像診断の発展により,非触知の病変を的確に捉えられるようになり,術前化学療法によって温存や低侵襲手術の選択肢も広がった.ゲノム医療や分子標的薬の登場で,腫瘍特性に基づく戦略立案が求められ,「Precision Medicine」の最前線に立つのが乳腺外科医である.近年ではAIによる画像解析や診療支援ツールも導入され,診断精度と業務効率の両立も進んでいる.
さらに,専門医制度や教育プログラムも整っており,明確なキャリアパスが描きやすい.研究と臨床の両立を志す医師にとっても,極めて魅力的な環境が整っている.

III.乳腺外科医の現状と課題
乳癌患者数の増加と診療内容の多様化により,乳腺外科医の必要性はこれまで以上に高まっている.一方で,乳腺専門医の供給はその需要に十分追いついているとは言い難い.日本乳癌学会の公表によると,乳腺専門医数は2013年の1,384人から2022年には2,060人へと増加しており,10年間で約49%の伸びを示している(図1).しかし,これは年平均でわずか約4.5%の増加にとどまり,乳癌罹患数の増加スピードや医療の高度化に比べると,決して十分とはいえない.加えて,都市と地方での偏在性も深刻である.都市部には乳腺専門医が集中しており,たとえば東京都には320名(人口1万人あたり23名),大阪府に209名(同24名),福岡県に94名(同18名)が在籍している.一方,専門医が15名以下の県は全国に16県あり,たとえば青森県は8名(同7名),宮崎県は10名(同9名)と少数にとどまる.このような分布の偏りは,地方における診療体制の不安定さのみならず,若手医師が身近に指導を受ける機会の欠如にもつながっている.
専門医数の伸び悩みや地域偏在の背景には,医療現場の過重労働とライフスタイルとの乖離がある.乳腺外科は,外科手術に加え内科的治療・診断・長期フォローが求められ,拘束時間が長く,精神的負担も大きい.さらに,乳癌診療では感情的・心理的ケアの重要性が高く,患者との信頼関係を築くには時間と労力が必要である.こうした診療特性が,特にキャリア初期の医師にとっては参入障壁となりやすい.実際,「仕事量が多くワークライフバランスがとりにくい」「専門医取得までが長く,途中で断念するケースがある」といった声は多い.専門医資格の取得には,指定施設での研修年数に加え,一定の手術件数,学会発表,筆記試験など多くの条件をクリアする必要がある.女性医師の場合,出産・育児とキャリア構築の両立が大きな壁となり,資格取得を断念せざるを得ない状況も少なくない.
他科との比較でも,乳腺外科は相対的に選ばれにくい.消化器外科は手技のやりがいがあり,腫瘍内科や婦人科はワークライフバランスの面で人気がある.乳腺外科はその中間に位置するが,専門性や社会的意義への理解がまだ十分とはいえず,将来像を描きづらいという意見もある.課題は複合的であり,単に人員を増やすだけでなく,今後は特性に即した柔軟なキャリア設計と支援体制の構築が求められる.

図01

IV.乳腺外科医のリクルート戦略 ― 人材育成のための実践と提案
これまで述べてきたように,乳腺外科医を取り巻く環境は年々厳しさを増しており,専門性の高まりに対して人材の供給が追いついていない現状がある.今後この分野を支えていくには,若手医師が「乳腺外科を選びたくなる環境づくり」と「選ばれ続ける魅力の提示」が必要不可欠である.乳腺外科へのリクルート戦略として以下に具体的かつ実践的なアプローチを提示する(表1).
■魅力を言語化し,伝える努力を
まず重要なのは,乳腺外科の「魅力の見える化」である.学生や研修医にとっては,乳腺外科のやりがいや専門性は非常に分かりにくい.診療範囲が多岐にわたり,専門医制度も複雑であるため,初期キャリアでの選択肢として“情報が不足している”という側面がある.現場の医師の声,患者との関わりの深さ,チーム医療の充実といった実体験を,パンフレットや動画,SNSなどを活用して,感覚的に伝える工夫が求められる.
また,大学・研修病院などでの説明会やキャリアセミナーも重要である.従来の“医局紹介”にとどまらず,「乳腺外科の専門性とは何か」「自分の将来像をどう描けるのか」を理解できるような内容が必要だ.実際に活躍する若手医師や女性医師が登壇し,自らのキャリアを語る場を設けることで,医学生にとって乳腺外科がより“現実的な進路”として浮かび上がってくる.
■ロールモデルの提示と,多様なキャリア支援 特に女性医師にとっては,ロールモデルの存在が進路選択に大きな影響を与える.育児と診療の両立,研究と臨床のバランス,手術技術とチームマネジメントの習得など,各ライフステージに応じた柔軟なキャリア像を提示することが求められる1).乳腺外科は他の外科領域と比較して女性医師比率が高い傾向にあるが,その強みを“制度”として可視化・支援することが重要である.
たとえば,専門医取得までの研修過程を柔軟に組めるようにする,時短勤務での研修単位を制度的に認める,妊娠・出産を経た医師に対して個別支援を行うといった取り組みが考えられる.また,研究機会や海外研修への支援,奨学金制度の整備も,長期的なモチベーション維持につながるだろう.
■教育プログラムと体験機会の充実
乳腺外科の魅力を伝えるには,単なる情報提供にとどまらず,実際の診療に触れる機会が不可欠である.多くの施設では,乳房モデルを用いた針生検やセンチネルリンパ節生検の模擬手術,画像診断に基づく治療計画演習など,体験型のハンズオン教育が導入されている.こうした教育は,学生や初期研修医が自身のキャリア像を具体的に描く上で有効である.
全国レベルでも若手育成に向けた新たな取り組みが始まっている.日本乳癌学会では,2023年に若手医師53名による「MIRAY1(みらいわん)」を発足させ,リクルート活動の一環としてサマーセミナーを開催している.医学生や初期研修医に乳腺外科の魅力を伝える目的で,超音波検査・針生検・縫合体験などの実技に加え,キャリア講演やグループディスカッションも取り入れた.これまで学会主導のセミナーが乏しかった中で,初の対面型全国企画として注目されている.
一方で,体験機会だけでなく,継続的な実地教育の質が若手育成の鍵となる.当科では,後期レジデントに対して,外来・手術・カンファレンスを活用した日常診療ベースの教育を行っている.たとえば,診療を通じて得た経験をもとに治療方針を自ら言語化するケースディスカッションを実施し,臨床判断の背景にある多様な価値観を自ら考える機会としている.また,診療同席によって乳腺エコーや穿刺吸引細胞診の基本操作に習熟し,患者対応の責任感と臨床技能を同時に育んでいる.とくに,短期間でも集中的に実践を重ねることで,診断から治療計画までの一連の流れを体系的に学ぶことができ,段階的な自立が促される点は,日常診療に根差した教育の強みである.さらに月1回のカンファレンスでは,レジデントが学びをほかの医師へ発信し,教育効果の可視化とアウトプットによる理解深化を図っている(図2).
■ワークライフバランスと成功事例の共有
乳腺外科のリクルート活動では,「興味はあるが続けられるか不安」との声が多く聞かれる.その不安を解消するには,柔軟な勤務体制と制度面での“安心”の整備が不可欠である.育児支援や当直・オンコールの軽減,チーム内の相互サポート体制など,医師の状況に応じた働き方ができる環境づくりが求められる.実際,ある中規模病院では,子育て中の医師が時短勤務でセンター長を務め,当直なしで乳腺診療に専従する例もある.周囲の理解と支援があれば,高度な専門性と柔軟な働き方の両立は可能である.
リクルート戦略の実効性を高めるには,成功事例を体系化し広く共有することも重要である.リクルーター制度で学生と若手医師をつなぐ大学や,キャリア形成を一貫支援する病院,専門研修と研究を両立できる体制を整備した施設など,各地で多様な取り組みが進んでいる.日本乳癌学会や日本外科学会がそれらを収集・発信し,全国へ展開することで,乳腺外科のリクルート戦略は持続可能なシステムへと進化していく.

図02表01

Ⅴ.若手医師の声と実例紹介 ― 現場から見た乳腺外科のいま
リクルート戦略を進めるには,「現場で働く若手医師のリアルな声」の可視化が不可欠である.制度や仕組みも重要だが,当事者の実体験こそが,次世代の意思決定に最も影響を与える.ここでは,実際の若手乳腺外科医へのインタビューをもとに,その歩みを紹介したい.
■乳腺外科を選んだ理由
>「女性であることを活かすことができ,検診,診断から治療,緩和とはじめから最後まで患者さんに関われる乳腺外科に魅力を感じていました.」
そう語るのは,外科専攻医を経て博士課程で研究中の9年目のA医師(30代・女性).学生時代の実習を機に乳腺外科を志し,術前から治療計画に関わり,術後も長期にフォローする診療スタイルに,人と深く関わる外科医の魅力を見出した.
>「手術だけでなく,周術期治療,再発後の治療,さらには遺伝性乳癌,妊孕性温存などを含め,それぞれの患者さんに合わせた治療を一緒に作っていく.そこに人間的な魅力を感じました.また,基礎研究および臨床研究が活発に行われ,治療が次々にアップデートされていくため,一生かけて勉強していきたい非常に魅力的な分野だと思いました.」
若手にとって学びの機会が多く,チーム医療が必要な点にもやりがいがある.医師としてだけでなく,人として成長実感が得られる分野であり,この魅力を伝えるには実習や研修の充実が不可欠である.
■やりがいと課題
乳腺外科の魅力は,診療の幅広さと患者との距離の近さにある.がん診療の最前線でありながら,「人生に伴走する医療者」としての立場がモチベーションとなる.一方で,感情労働の重さと診療負担の高さも課題である.
>「乳癌は40~50代の年齢階級の罹患率が高く,患者さんが比較的若いため,“命”と“社会的役割”の両立に悩む方が多く,医師側もその重みに晒されます.学びは深いですが,自分自身のケアも必要だと感じます.」
緊急性は少ないが,外来・手術・病棟業務が続き,負担は他科に劣らない.「働きやすさ」の整備がリクルートの根幹であることが,現場の声からも明らかである.
■ライフステージとの両立
乳腺外科は外科系ながら女性医師が多いが,ライフイベントとの両立には課題が残る.A医師は博士課程の最終年にして第一子を妊娠中である.
>「専門医の取得とその後の維持,博士課程での研究など,キャリアを積み上げていきたいタイミングと出産・子育てなどのライフイベントが重なる人が多いです.私も産後復帰した後に,研究や臨床と子育てを両立していけるのかと不安に思う気持ちもありますが,働き方改革をきっかけに環境を整えていただいています.これまでよりも確実に働きやすくなっていると思いますし,これからもさらによい環境にしていきたいですね.」
所属施設ではチーム制により情報共有が行われ,性別を問わず互いに家庭の事情を支え合える体制が整えられている.こうした柔軟な仕組みにより,キャリア継続が可能な医師が確実に増えている.
■乳腺外科を選んでよかったとき
負担の大きい領域ながら,「乳腺外科を選んでよかった」と語る若手は多い.理由として,「信頼関係を築ける時間」「多面的な成長」が挙げられる.
>「乳腺外科に入って,医療は“人を診る”ことだと実感できました.単なる外科手技の習得ではなく,人の人生に寄り添いながら,自分自身も深く鍛えられる専門分野だと思います.」
こうした声は,制度整備と並行して乳腺外科の本質的な魅力を伝えるうえで欠かせない.情報や制度では届かない“心に響くリアリティ”こそが,若手の進路選択を後押しする鍵となる.

VI.乳腺外科の未来と展望 ― 専門性と人間性が融合する次世代の医療へ
乳腺外科を取り巻く環境は,医療技術の進歩と社会の変化により,今後さらに大きく変貌していくことが予想される.今後注目すべきは,AI技術やデジタルツールの導入による診療支援と業務の効率化である2).たとえば,マンモグラフィやMRIの読影を補助するAIは微細な病変の検出精度を高め,診断の精度向上に寄与している.また,電子カルテと連動したスケジュール管理ツールは業務の見える化と共有を促進し,医師の負担軽減にもつながっている.さらに,診療データやゲノム情報を統合する解析技術の進展により,個別化された治療戦略の構築も現実的となってきた.こうした変化は,乳腺外科医がより本質的な臨床判断に集中できる環境づくりを後押しする(表2).
治療の方向性においても,Precision Medicineの発展が乳癌診療の在り方を大きく変えている.ホルモン受容体やHER2,Ki-67などの分子マーカーを活用した治療の個別化が進み,トリプルネガティブや遺伝性乳癌への対応も多様化している3).AIによる治療予測モデルやバイオインフォマティクスの応用により,「誰に・どのタイミングで・どの治療を行うべきか」という問いに,より科学的に迫ることが可能となりつつある.
また,診療の複雑化に伴い,乳腺外科は従来以上にチーム医療の中心として機能することが求められている.腫瘍内科医,病理医,放射線科医だけでなく,看護師,薬剤師,遺伝カウンセラー,リハビリスタッフといった多職種と協働する場面が増えており,乳腺外科医には調整力や対話力も欠かせないスキルとなっている.若手医師の育成においても,個人の技能だけでなく「チームの一員として機能する力」を意識した教育がより重要になるだろう.

表02

VII.おわりに(リクルートへのメッセージ)
乳腺外科は,高い専門性と人間的な関わりの深さを併せ持つ,魅力ある医療分野である.がん医療の進化に伴い,その役割は拡大しており,AIやPrecision Medicineの導入によって,診療の質と働き方の両立も現実的になりつつある.現場では多くの医師が患者と向き合い,誇りを持って診療にあたっている.このような環境で働くことに魅力を感じる若手医師も多く,今後の世代にその思いを継承していくことが重要である.
同時に,病院・学会・医局が連携し,若手医師のキャリア形成を支援する体制整備が求められている.柔軟な働き方,教育機会の確保,専門医取得支援,そして希望を持ち続けられる文化づくりが不可欠である.乳腺外科に関心を持つ若手には,説明会や実習などで現場に触れ,ロールモデルと出会うことが第一歩となる.未来を担う仲間とともに,乳腺外科の灯をつないでいきたい.

 
利益相反:なし

このページのトップへ戻る


文献
1) Hirayama M , Fernando S : Organisational barriers to and facilitators for female surgeons’ career progression: a systematic review. J R Soc Med, 111: 324-334, 2018.
2) Vlastaris K , Alrez A , Friedland S , et al.: The Transformative Impact of AI, Extended Reality, and Robotics in Interventional Radiology: Current Trends and Applications.  Tech Vasc Interv Radiol, 27: 101003. doi: 10.1016/j.tvir.2024.101003, 2024.
3) Colomer R , González-Farré B ,  Ballesteros AI , et al.: Biomarkers in breast cancer 2024: an updated consensus statement by the Spanish Society of Medical Oncology and the Spanish Society of Pathology. Clin Transl Oncol, 26: 2935–2951, 2024.

このページのトップへ戻る


PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。