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日外会誌. 126(5): 471-473, 2025

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会員のための企画

医療訴訟事例から学ぶ(146)

―児童相談所からの依頼で情報提供したことが不法行為とされた事例―

1) 順天堂大学病院 管理学
2) 弁護士法人岩井法律事務所 
3) 丸ビルあおい法律事務所 
4) 梶谷綜合法律事務所 

岩井 完1)2) , 山本 宗孝1) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1)



キーワード
児童虐待防止法, 児童福祉法, 児童相談所, 不法行為

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【本事例から得られる教訓】
他院から必要な情報を聴取した場合,カルテに記載しても,伝聞情報となるため,後日に記載内容の裏付けを求められることがある.裏付け調査の可能性も意識し,伝聞情報は,たとえば5W1Hを意識する等して,なるべく具体的に記載したい.

1.本事例の概要(注1)
今回は,虐待事案における情報提供に関する事例である.外科医が児童相談所等に情報提供する機会もあり得ると思われ,紹介する次第である.
本件児童(平成25年9月生:事件当時5歳前後・性別不詳)は,母親と平成29年7月頃,Y島内に転居したが,平成29年8月29日,A県内の母親の実家で心肺停止の状態となり救急搬送され,心肺停止後蘇生後脳症とARDS(急性呼吸窮迫症候群)を合併し,重度重症心身障害児(愛の手帳2度)となった.なお,母親はY島内のH診療所に勤務していたことがある(判決に詳細な記載はないが医療従事者と思われる).
平成30年1月30日,本件児童は退院し,母親の居住地(判決からは住所は不明)で居住し,平成30年2月2日に町立Y病院(注2)を受診したところ,状態が良くないため,ヘリコプターでA県B市の病院へ搬送され,その後,C県D市の病院に転院した.
A県児童相談所長は,本件児童について平成30年3月13日,一時保護(児童福祉法33条1項)をした.その後,同所長は,A県家庭裁判所に対し,平成30年9月26日,本件児童を障害児入所施設に入所させることの承認を求める審判申立て(児童福祉法28条1項1号)をした.
上記経過と前後して,A県児童相談所長は,Y病院に対し,平成30年8月31日付文書により,児童虐待防止法6条に基づく通告を受け調査が必要であるとして,本件児童に関する来院時の記録や母親とのやり取りの記録,その他,本件児童の安全安心に関わる情報についての情報提供を依頼した.
Y病院小児科のE医師は,当該依頼を受け,文書(以下,「本件文書」)を作成した.
本件文書には以下のような記載があった.
(1) 「母に関しては精神科受診して境界型人格障害との診断で投薬開始された」.なお,当該記載の表題にあたる部分には「F医G医師」との記載がある(F医科大学付属病院の所属医師と解される).
(2) 「本児母」「数年前までH診療所勤務.その際に向精神薬の無断使用,薬剤の不正流用などで大問題となり,また本人はその際に過量服薬にてヘリ搬送になっている」.
母親は,本件文書の内容は虚偽であり,名誉感情を侵害されたとして訴訟を提起した.
なお,Y病院およびE医師は,訴訟において,上述(1)(2)の裏付けとなる資料を一切提出していないという事情がある.

2.本件の争点
本件の争点は,上記本件文書内(1)(2)の記載が不法行為に該当するか否かである.

3.裁判所の判断
裁判所は,上述の(1)(2)の記載が,児童虐待法6条に基づく通告を受けた上での情報提供であり,その目的や経緯が正当であることは明らかであると認定した.そして,児童虐待法13条の4には,病院や医師等が,児童相談所長等から児童虐待に係る情報提供を求められた際に,情報提供できる場合等について定めているが,資料または情報提供の要件について過度に厳格に解釈すると,情報提供制度そのものが機能しなくなり,児童虐待の防止に支障が生じるおそれがあるとした.
そこで,情報提供した記載については,確実な資料や根拠でなくても,それなりの根拠に基づく記載である場合には,名誉感情侵害の不法行為は成立しないと評価し得るとした.
しかし,病院側は,上述(1)(2)の記載については,E医師が,「F医」所属医師その他の者から当時聴取した内容を記載したと主張するのみで,具体的根拠を示しておらず,とりわけ客観的資料は全く示されていないとして,上述の(1)(2)の記載内容につき,具体的根拠がおよそ示されないことが正当化されるとは解し難いとした.また,E医師については,後に疾患に罹患し,現時点では当時の事情を説明することが困難な状態にあることが窺われるが,客観的資料が何ら示されていないことは不可解と解さざるを得ないとし,不法行為の成立を認めた(慰謝料40万円).

4.本事例から学ぶべき点
本判決では,病院側が上述(1)(2)の記載の根拠となる客観的資料を全く提出していない理由が定かでなく,従って,本判決が不当か否かの評価も難しい.
病院側が,客観的資料を全く提出していないことには,何らかの事情があったものと推測され,判決には,詳細は不明だがE医師は疾患に罹患し,当時の状況を説明できない状態にあったことが窺われる旨の記載もある.病院側が実際に他の医療機関から情報を聴取し記載したにも拘わらず,敗訴したとすれば非常に残念である.
本判決が,児童相談所等への情報提供に関する医療機関の姿勢に,委縮効果を及ぼさないか懸念されるが,虐待防止のためにも決してそのようなことがあってはならないと考える.
医師が他院の医師と直接話をして情報交換することは少なくないと思われるが,こうした伝聞情報を記載した場合にも,本判決がいう「それなりの根拠に基づく記載」と言えるように準備を整えたい.
私見ながら,方法を二つほど紹介させて頂くと,最も確実と思われる方法は,他院から情報を聴取した際には,裏付けとなるカルテの写しや,聴取した情報を診療情報提供書のような形で送付してもらうことである.それが直ちには難しいような場合には,まずは聴取した情報をカルテに記載しておきたい.カルテも立派な証拠の一つである.そして,伝聞情報であることから,本件のように後日に裏付けを求められる可能性もあるため,裏付け調査の円滑な実施も考慮し,簡潔ながらも具体的な記載をするよう心掛けたい.月並みだが,筆者はよく5W1H(いつ:When,どこで:Where,誰が:Who,何を:What,なぜ聴取したか:Why,どのような手段で:How)を意識するよう助言している.伝聞の場合,誰から(from Whom)の情報かが重要となるため,6W1Hと助言することもある.

 
利益相反:なし

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引用文献および補足説明
注1) 東京地裁令和5年5月23日判決.
注2) 判決では,「Y島」「町立Y病院」と記載されており,Yには共通の地名等が該当すると思われるため,判決と同様の記載をする.

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