日外会誌. 126(5): 458-463, 2025
特集
医療機器開発と医工連携
8.サージカルインテリジェンスの視覚化
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アナウト株式会社 小林 直 |
キーワード
手術, 人工知能, 医工連携, グローバリゼーション
I.はじめに
私たちが開発するEUREKA※2は,これまでご協力いただいた先生方お一人おひとりの貴重なご知見の結晶であり,その集合知により支えられています.アナウトを代表して,深く感謝申し上げます.
II.着想と創業
私は2018年に虎の門病院の外科レジデントとして外科医としてのキャリアをスタートしました.宇田川晴司先生,橋本雅司先生,黒柳洋弥先生,上野正紀先生をはじめとする多くの先生方から手術の基本を学び,Erst Magenを指導いただいた篠原尚先生,春田周宇介先生からは,現在に至るまでAI開発に関して多大なご支援をいただいております.
私が虎の門病院に在籍していた当時,最も情熱を注いで理解に努めた臓器が膵臓でした.膵臓は腹部臓器の中心に位置し,ほぼすべての消化管臓器の間膜基部と隣接,または連続しています.特に胃がん手術における膵損傷は,術後の重篤な合併症の原因となることが多く,いかに膵臓を安全に温存・切除するかという課題が消化器手術の難しさを物語っています.
膵臓を対象とした手術ビデオ,CT,顕微鏡所見を数百例観察し,臨床アウトカムとの関連性を分析.それらを若い先生方に伝えるため,イラスト化にも取り組みました.
例えば,幽門下領域に立ち上がる膵頭隆起を術前のCTで予測できれば,安全な郭清手技につながると考えました.また,膵臓の脂肪化に伴って生じる「脂肪と脂肪の境界」の結合組織線維をメルクマールとすることで,過不足のない郭清が可能になるのではないかと仮説を立てました.「画面上で膵臓と胃の間膜の境界はどこか」という臨床的疑問に,顕微鏡画像やCT画像といった異なる視点から長時間観察することで,本質的な課題に到達できると考えたのです.
ひとりひとりの外科医が長年かけて習得してきたSurgical Intelligenceを共有できれば,手術はより安全になります.この信念こそが,その後の手術支援AI開発の原点となりました.
2018年に私は人工知能技術と出会いました.当時,手術におけるAIの応用は限られており,果たして手術中に外科医を支援できるほどの精度に達するのか,臨床を行いながら約2年にわたって試行錯誤を重ねました.その結果として辿り着いたのが,結合組織線維の認識という初期モデルです.医と工が結びついた,まさに“EUREKA moment”(発見の瞬間)でした.
この成果を機に,アナウト株式会社を創業.設立メンバーの熊頭勇太,細見建輔,そしてCTOの銭谷昊吾と出会い,手術支援AIの製品化に向けた本格的な開発がスタートしました.
III.Precision Mapping─“精密地図”という基礎コンセプト
アナウトの開発者たちは,かつて『解体新書』を翻訳した作業や,地図のない世界を測量しながら旅した日本人のグループを心から尊敬しています.時代をさきどりした先人と同じスピリットで新しい価値の創出に挑戦しており,また,同様の信念がなければ実現しえない膨大な作業量でもあります.
手術AIの開発には,地図づくりが不可欠です.それは今後の手術テクノロジーの基礎となると信じています.Precision Medicine(個別化医療)はテーラーメードな薬物治療を意味しますが,よい手術自体がまさにPrecision(患者個々に対して精密)であり,患者や疾患ごとに由来する構造の違いこそが手術の難しさの本質です.
その開発においては手術動画から画像の差異を規定するパラメータを洗い出し,それらを網羅するデータ作成と,手術室で違和感なく活用できるリアルタイム性と高精度を両立したアルゴリズムの構築が必要です.
私たちが最初に開発したAIモデルは,結合組織や神経といった線維を認識するアルゴリズムです(図1)1)
2).結合組織線維は,臓器間の剥離可能層,直腸間膜周囲の“Holy plane”,Fasciaなど,さまざまな概念で捉えられてきた構造物であり,全ての臓器を“包み”かつ“つなぐ”存在として,人体最大の臓器ともいえるでしょう.
がん手術において,剥離のメルクマールとされる結合組織を線維レベルで認識・表示できたことは,Precision Mapping実現への重要な第一歩です.
その理由は次の通りです.
1.領域横断的な手術支援AIの実現性の裏付け
2.体内の最小単位構造物から始まる臓器認識モデル
3.自動運転における“道”に相当する概念
手術は,自身の専門領域外で最もサポートが必要とされる行為です.たとえば膵臓一つとっても,LN6領域に隣接する膵頭部前面,LN8-11d領域に隣接する膵上縁,結腸間膜授動に関連する膵鈎部や膵体尾部下縁,さらには左腎切除中におけるGerota筋膜越しの視認など,多様な視点からの認識が求められます.これらの各シーンと臓器を統合的に学習させることで,領域横断的,すなわち全方位的なAIモデルが実現します.
神経や血管についても同様に,領域ごとに異なる見え方があるため,それぞれの教師データの学習が必要です.領域横断的な結合組織認識モデルの開発は,臓器認識AIの無限の可能性を示す重要な出来事でした.
体内の最小単位構造物からAIモデル開発を始めたことには必然性があります.解剖学の概念ではなく,画像条件に基づいて学習するAIにおいて,小さな構造物への対応は,その後の大きな構造物への発展に寄与します.神経は結合組織より太く白色(図2),微小血管は赤く,尿管はさらに太く特徴的な微小血管を伴い,膵臓はさらに大きく均一面や特徴的な小葉構造をもつ(図3)など,結合組織モデルをチューニングする発想で,次々と他構造物の特徴を捉えることができました3).
また,結合組織の集合体としての剥離層を自動車運転における“道路”と見立てるアナロジーは,われわれの事業の可能性を後押しするものでした.完全自動手術は技術的・倫理的制約により実現は困難と考えますが,EUREKAが青色に結合組織を強調表示し,エキスパートがそれに沿って操作する様子は,あたかも自動手術の未来を想起させます.
それがたとえ解析結果にすぎず,現時点では技術的な限界があるとしても,その未来像が多くの共感を呼び,アナウトの事業を後押ししてきたことは否定しません.
将来的な部分的自動化──牽引力の最適化や自動ブレーキのような技術の実現──に向けて,EUREKAがその基盤を築くことを目指しており,それが手術のさらなる安全性向上につながると信じています.



IV.Surgical Intelligenceの可視化
Precision Mappingに基づいたSurgical Intelligenceの可視化について述べます.解剖構造以外の手術における重要要素は,外科医の手のかわりとなって直接臓器に触れて切除する手術デバイス,それぞれの術式に対して標準的なフローとなる手術行程,血管損傷した際の事象としての出血,さらには術前に撮影したCTやMRI画像これらを統合的に解析することで,さらに高度化されたサポートツール,つまり可視化されたSurgical Intelligenceが実現すると考えています.
また,前項で述べたPrecision Mappingにもいわゆる外科医の経験知が大きく反映されています.単なる構造物認識ではなく,手術の意思決定を行う上で重要なシーンに重みづけされた臓器認識モデルの開発を目指しています.
外科医が手術中にもっとも注意をはらう瞬間はいつでしょうか?個人的な意見かもしれないですが,それは過去に痛い思いをしたシーンです.私自身,過去に損傷したことがある幽門下領域の裏側に予想以上に立ち上がる膵臓を常に恐れながら手術を行いますし,経験の多いエキスパートこそ,臨床的に問題になりやすいシーンへの感度や課題解決力が,若い外科医と比較して圧倒的に高いです.
私たちアナウトが開発する手術支援AIは,臨床的な重要度に応じたバリエーションを網羅し,バランスを重視することで,臨床現場で真に役立つAIの実現を目指しています.それが,私たちが掲げる「Surgical Intelligenceの可視化」です.
消化器外科領域において最も重要なSurgical Intelligenceの一つが,1982年にBill Heald先生によって提唱されたTotal Mesorectal Excision(TME)4)です.Heald先生はTMEにおいてMesorectal Fasciaを「Holy Plane」と表現し,また下腹神経やNeurovascular Bundleを温存すべき神経ネットワークとして定義しました.このコンセプトは,今日に至るまで多くの外科医たちの基本理念となり続けています.
昨年6月,イギリス・ポーツマスで開催された第6回Portsmouth Congressにおいて,Jim Khan先生による直腸がん手術のLive Surgeryが行われました.この際,私たちはEUREKAを用いて術中のリアルタイム解析を実施し,来場された多くの外科医の先生方に向けて解析映像を放映しました.誤解のないように付記しますが,術者であるJim Khan先生ご本人は手術中,EUREKAの解析画像を直接参照してはいません.
多くの先生方にとって,EUREKAによる映像は初めて目にするものであり,同時に衝撃的な印象を与えました.搭載されたAIモデルはすべて日本国内での手術データをもとに開発されたものでしたが,剥離層や神経ネットワークの構造を見事に可視化することができました.
この場にモデレーターとして参加されたBill Heald先生が,「EUREKA is an optical illusion, made the Holy Plane even ‘holier’(EUREKAはまるで錯覚のようだ,Holy Planeをさらに神聖なものにした)」とコメントされ,会場を大いに沸かせました.
40年前にイギリスで生まれたTMEのコンセプトが,日本の外科医によって吸収され,胃切除でも応用され5),人工知能技術と融合し,発祥の地でHeald先生との再会を果たした瞬間でした.
国内外の学会で議論されているのは,「手術にAIを使うべきか」や「AIが外科医に取って代わるか」といった問いではなく,「手術にAIをどう活用すべきか」「各国のIntelligenceをどのように橋渡しするか」「AIを活用するうえで外科医が知っておくべきことは何か」といった,より実践的かつ未来志向のテーマです.先生方の熱意や表情からは,その実現がそう遠くない未来であることを強く感じさせられます(図4).本研究開発を通じて筆者が強く実感したのは,どの時代においても手術を一歩ずつ進化させてきた原動力は,人間の情熱と親交であり,それこそがAIには決して代替できないものである,ということです.

V.おわりに
これからもアナウトは,外科医が長年にわたり培ってきたSurgical Intelligenceの可視化を追求し続けます.そうすることで,有限な暗黙知は無限の形式知へと変化し,世界中のどこにいても,より安全な手術を受けられる未来が拓かれていくと信じています.最後にこれまで,そしてこれからも本開発にご賛同・ご協力いただくすべての皆様に,心より感謝申し上げます.
※1販売名「外科手術視覚支援プログラム Eureka α」(承認番号:30600BZX00061000)
※2「Surgical Vision EUREKA」(非医療機器・教育用製品)
利益相反:
役員・顧問職:アナウト株式会社
株:アナウト株式会社
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