日外会誌. 126(5): 443-449, 2025
特集
医療機器開発と医工連携
6.日本の医療機器開発の現状と外科医が取り組む医療機器開発の魅力
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1) 国立がん研究センター東病院 大腸外科 伊藤 雅昭1)2) , 竹下 修由1)2) , 冨岡 譲2) , 長谷川 寛1)2) |
キーワード
医療機器開発, 外科医, スタートアップ, 手術ロボット, AI
I.はじめに
外科医を取り巻く環境はこの30年間で大きく変化した.多くの疾患領域において内視鏡手術の適応は飛躍的に拡大し,今や外科治療の中心的位置づけにある.近年では手術支援ロボットの臨床導入も進み,多くの術式において保険収載されている.また,深層学習などのAI技術を外科領域へ導入する研究開発が進められ,薬事承認に至る医療機器も登場してきた.このような流れは将来的な革新的外科治療の未来を予見するものである.
外科治療は元来,医療機器開発との親和性が極めて高い.革新的医療機器の臨床応用は今後も外科治療を大きく発展させる可能性を秘めており,注目すべき研究開発領域である.
本稿では日本の医療機器開発の現状を解説し,われわれが経験した医療機器開発を振り返りながら,外科医が関与しうる医療機器開発の魅力について述べていきたい.
II.国立がん研究センターにおける医療機器開発のあゆみ
直接外科治療に関わる多くの外科医は,日々の臨床の中で様々な課題に気づき,時にこんな医療機器があったらと思いを巡らせることもあるだろう.
私が経験した医療機器開発への最初の関わりは,腹腔鏡手術における視野展開や臓器牽引を行うためのクリップデバイスの開発であった.通常の腹腔鏡手術では視野を展開するために,5mmポートから挿入された鉗子により臓器や組織を牽引する.その作業を腹腔内に挿入したクリップに担わせ,腹壁を貫通した縫合糸を腹壁外から牽引することにより,従来の鉗子で行ってきた同様の視野展開を構築することを目的とした.県内の製版企業がわれわれの医療ニーズに賛同していただき,数年の歳月を要し,臨床で使用可能な医療機器の製品化にこぎつけた.この製品は臨床応用され,傷の最小化を目指した低侵襲手術には一定の貢献があったと考える.しかしながら一般的な臨床ニーズとして広く使用されるには至らなかったのも事実である.
この経験を通して,私はいくつかの医療機器開発における重要なことを学んだ.すなわち,医療機器開発には医療者の持つニーズと企業やアカデミアが有するシーズを組み合わせることなしに良質な製品開発には至らないこと,医療機器開発には実際に製品をつくり薬事承認を得るためには企業が必須であり,お作法のような決められた手順を経なければならないこと,などである.一方で自分のアイデアが製品化され実際に臨床で使うことができることは開発者にとって大きな喜びにもつながることも経験できた.外科医でしか気づくことのない臨床課題を解決する手段としての医療機器開発は,外科医にとってのやりがいのある研究開発領域である.
その後国立がん研究センターでの医療機器開発の基盤整備が2013年度より開始され,2017年に国立がん研究センター東病院(以下,当院)NEXT医療機器開発センターが開設された.医療機器メーカー,スタートアップ企業,ものづくり企業,アカデミアそして地域との連携で医療機器開発を推進するとともに,臨床と隣り合わせのインキュベーション施設として人材育成,情報発信を実施している.
2019年にAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)次世代医療機器連携拠点整備等事業に採択され,がんの診断,治療,緩和/在宅ケアに関わる医療機器開発を推進・支援するとともに,開発人材による臨床現場観察,ニーズの探索・発信,プロトタイプの試用・評価によるコンセプト実証,薬事・事業化に向けた出口戦略などの支援を行ってきた.2023年には当院内に医療機器開発推進部門が設置され,Player部門として医療機器開発推進部の下に,手術機器開発,内視鏡機器開発,AI・デジタル機器開発,それぞれの推進室が設置された.Support部門として医療機器開発支援部の下に,アカデミアとの連携を支援する医工連携支援室,企業との連携を支援する医療機器開発支援室が設置され,案件や医療機器の開発段階に応じたきめ細かい研究支援が整備された.
現在も医師・看護師・診療放射線技師などの医療職,PMDAでの医療機器審査経験者,知的財産専門家,大手医療機器メーカー・製薬企業・ベンチャー企業・コンサル出身者など,高い専門性と多様性を持ったチームで活動している.
III.外科医が起こしたスタートアップ起業の経験
世界の医療機器開発の現状を考察するとスタートアップ企業(以下,SU)の果たす役割は大きい.医療機器を先導する多くの世界的企業では,革新的医療シーズを有するSUを買収し,次々と新たな医療機器を開発している現状がある.一方で日本の医療機器開発の現状に目を向けるとSUの数は米国や欧州に比べて極めて少数であり,かつSUへ投入される研究開発費ははるかに少ない現状がある.さらにSUの成功として位置づけられる大企業への買収案件(M&A)の数は極めて少なく,日本からのM&A事例はなかなか登場しなかった.そのような日本の歴史の中で,本来医療ニーズを臨床の現場で最も知るはずの医師がSU設立にチャレンジする機運は10年前にはほとんどなかった.
われわれは新たなコンセプトを持つ手術支援ロボットの開発を目指して2015年にA-Traction社を起業し,国立がんセンター認定ベンチャーとして手術支援ロボット開発に着手した.
SUによる医療機器開発を成功に導く大きな要素として「ヒト」「カネ」「モノ」という要素は欠かせないものである.われわれのベンチャー企業立ち上げに際してはアカデミアからの若手エンジニアの100%エフォートによる参入が大きいものであった.さらにはSUの研究開発資金としてVenture capitalistからのサポートを得ることができ,特に医療機器開発に特化した日本唯一ともいえるMedventure partners社からの投資は,A-Traction社の製品開発を進める上で,極めて大きな支援となった.また,医療機器開発を推進するための医師とエンジニア間での対等な議論ができる環境を整えることも重要な要素である.時に医療者とエンジニアとの言葉や知識の壁を埋めることは容易なことではなく,多くの時間をつくりながら真摯な議論を継続することは医療機器を成功に導くためには必須の要素といえる.
われわれの目指した手術支援ロボットのコンセプトは,従来型のオールイン型手術ロボットではなく,「助手とスコピスト」の役割に特化した手術支援ロボットである.術者としての剥離操作は既存の腹腔鏡手術のデバイスを用いて,外科医の高度な判断はそのまま外科医自身が担い,内視鏡操作や視野展開といったスコピストと助手外科医が行ってきた操作をロボットに代行させることに機能特化した.いうなれば既存のロボット手術と腹腔鏡手術の中間的なコンセプトであり,本邦が避けることのできない超高齢化といまだ解決できていない外科医不足の二つの大きな社会課題の解決の一助になりうるものと考えた.SUの開発現場を病院の中に置くことにより,医師とエンジニアの日常的なコミュニケーションを維持できたことも大きなメリットといえた.
起業から約5年を経て手術ロボットのプロトタイプは完成し,キャダバーを対象とした本手術支援ロボットを用いた内視鏡手術が既存の手術と同様に施行可能であるとのPOC (Proof Of Concept)を得て,2021年3月にA-Traction社の朝日インテック株式会社へのM&A (Mergers and Acquisitions)が実現した.いわゆるSUの成功例としてのM&Aはいまだ日本では少なく,今後の本邦発医療機器SUのモデルケースの一つとして位置づけられことになると思われる.
われわれが開発に関与した手術ロボットANSURⓇは2023年2月に薬事承認され,現在では複数の医療機関で臨床応用されている(図1).現状までの対象疾患としては,大腸癌,肝癌,胆石症,ヘルニア,良性疾患など多岐におよび今後も広く展開される可能性がある.国立がん研究センター東病院ではA-Traction社の成功に続き,4社のSUが起業に至り次の成功事案を日々模索している.

IV.AI技術を応用したSaMD(Software as a Medical Device)開発
昨今のAI技術の進展は目覚ましく,外科領域の応用も進んでいる.われわれのNEXT医療機器開発センターにおいてもこの分野に早くから着目し,外科医に貢献できるデジタル医療機器の開発を進めてきた.
まず行ったのは,腹腔鏡下S状結腸切除術や腹腔鏡下直腸癌手術において,損傷のリスクを回避することを目的とした主要血管,尿管,下腹神経あるいは適切な剥離層をリアルタイムに提示するシステムの構築である(図2)1)
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5).このようなフィードバックシステムの開発は現在多領域の術式にも拡張し,例えば経肛門式内視鏡下直腸癌手術(TaTME)における尿道や前立腺の提示機能6),骨盤手術における側方リンパ節領域における閉鎖神経の提示機能などのシステムの研究開発を進めた.その結果,国立がん研究センター認定スタートアップ企業により開発が先行した腹腔鏡下子宮全摘術における尿管の提示機能をもつAIシステム:内視鏡手術支援プログラム「SurVisTM」は2024年8月に医療機器承認を取得し,今後の臨床展開が期待される(図3).また,腹腔鏡下大腸癌手術においてAIのサポートがある群とない群での主要解剖の認識時間が異なるか否かを評価するために,多施設ランダム化比較試験を行い,尿管や下腹神経の早期認識がAIのサポートにより有意に可能であることを示した(Br J surg, 2025 in press).
また,内視鏡外科手術におけるAI自動技術評価システムの研究開発はAMEDメディカルアーツ事業(2020年から2025年度)の中で行われている.近年外科医の技術の巧拙が患者アウトカムに関連する可能性が示され,High skillと評価された外科医による大腸がんの5年生存率はMiddle skillあるいはLow skillと評価された外科医に比べて有意に良好であることが示された7).これは外科医の高い手術技術が長期予後に直結する可能性を示唆するものである.現在われわれは外科医の手術技能をAIにより自動的に評価するシステムを開発している.五つの技術カテゴリーとしてのTissue handling(組織への愛護的操作),Psychomotor skill(術者の直感的なデバイス操作),Dissection quality(剥離技術の質),Exposure quality(視野展開の質),Efficiency(効率性)を含み,AIによって評価可能な15個のSkill parameterを同定した.例えば手術における「組織に対する愛護性」を自動評価するSkill parameterとして「出血ピクセル」の自動算出数で評価した8).また「剥離技術」の自動評価の例として,エキスパートによりスコア化された多数の手術動画中のTractionスコアをAIに深層学習することにより得られたモデルを用いての自動的に剥離技能を評価するモデルを構築した.さらには「視野展開」の質を自動評価するためのモデル(AI confidence score)を作成し,術中リアルタイムに視野展開が適切に施行されているかどうかを評価することが可能となった9).このように15のSkill parameterによるAI自動技能評価システムのプロトタイプが完成し,外科医に対するAI scoreが自動的に算出されるようになった.
また,これまで述べたような手術支援AI,技術評価AIの開発のためには,手術動画のデータベースが必要不可欠である.2019年より「S-access Japanプロジェクト」(AMED:「内視鏡外科手術のデータベース構築に資する横断的基盤整備」)として当院が主導しデータベース構築を進め,全国約100施設から上部・下部消化管,肝胆膵,前立腺,婦人科領域などを対象とした8,000症例に及ぶ手術動画を収集し,企業やアカデミアによる研究開発への導出を行っている.
以上のような活動を推進・支援する医療機器開発拠点として,2024年度よりAMEDの「優れた医療機器の創出に係る産業振興拠点」に採択され,医療機器におけるスタートアップの創出・伴走支援や,国際展開支援,人材育成に取り組んでいる.引き続き,世界を変える医療機器の創出と,そのための拠点整備・エコシステム構築を進めていくことが求められている.


V.日本の医療機器産業の近況
世界の医療機器の市場規模は5,422億ドル(約81兆円)と推定されており,日本の医療機器の市場規模はそのうち約8%のシェア(米国では約35%)となっている.また,主に欧米のメーカーが販売する高額の治療用デバイスが国内で使用されることにより,長年,医療機器の貿易は輸入超過(貿易赤字)となっている.日本のメーカーが開発し,販売している国際医療機器の世界でのシェアをみると,診断用医療機器の市場では世界でも存在感を示しているものの治療機器においては後塵を拝している.今後は治療用医療機器の開発や国産医療機器の海外展開に国を挙げて取り組む必要があると近年議論されており,国内で開発しグローバル市場を狙える医療機器開発を特に推進していくために,国やアカデミアは米国の成功事例から得られる知見(スタンフォード大学のバイオデザインプログラムなど)を積極的に取り入れる取り組みが注目されている.
国産医療機器のグローバル展開支援については,2024年に経産省と外部専門家からなるワーキンググループがまとめた「医療機器産業ビジョン2024」で指摘されているとおり,グローバル展開,とりわけ世界で最も医療機器の市場が大きい米国への展開が重点的に取り組むべきとして,現在,経済産業省を中心に厚生労働省も国産医療機器の海外展開の支援を重点課題として取り組んでいる.特に国際的な競争力を有する医療機器を開発するポテンシャルがあるのは大企業ではなくスタートアップであることから,日本医療研究開発機構(AMED)が公募する事業などを見ていると医療機器開発スタートアップの支援と国際展開支援の二つの支援を重点的に行っている様子が窺える.
VI.日本発医療機器の世界展開の現状と現時点の課題
AMEDの医療機器が関連する事業において注目すべきは,スタートアップを支援する枠組みと国際展開支援を行うスキームが併せて用意されていることで,国として今後は国内での事業化だけではなく,米国のような大きな市場への展開を目指せるような医療系スタートアップの支援に力を入れていくことに注力されている.
一方で,現時点で日本企業が取り扱う医療機器が米国をはじめとした海外への展開に成功しているといえる事例は,前述したオリンパスの消化器内視鏡やキヤノンメディカルシステムズのCTなど,現在は大企業の事業として成立しているものしか見当たらないが,その生い立ちにさかのぼってみると,オリンパスの消化器内視鏡については,最初は社内ベンチャーのような一つのプロジェクトとして始まって,世界をリードする存在となっている点が注目すべき点と考える.胃の中をカメラで撮影するというそれまで誰も考えなかった新しい発想とそれを実現するための技術のブラッシュアップの末にスタートアップから,海外を含め今では当たり前の診断技術となり,その世界シェアで圧倒的な存在感を発揮するまでに至っている.これはオリンパス社内の取組みではあったものの,過去にスタートアップやベンチャー企業という言葉がまだ市民権を得る前の日本で始まったストーリーでもあり,現代のスタートアップがモデルケースとして目指すべきサクセスストーリーではないかと考える.
今は,医療機器開発,特にスタートアップによる開発と海外展開の支援は非常に追い風が吹いている.国が本気になって金銭的な支援や支援体制の強化を進めている一方で,開発を主導するプレイヤー人材や本質的なハンズオン支援が可能なサポーター人材が不足していることを感じる.いくら国が医療機器開発力の強化や海外展開支援に力を入れても,それを活用できるポテンシャルのあるスタートアップや研究者がいないと,宝の持ち腐れであり,成果が出ない状況が続けば,国としては医療機器開発に割り充てる予算を縮小せざるを得ない状況になる.今吹いている追い風を止めないために,この追い風を最大限活用し,外科医の皆さんが感じているペインを解決する,そして誰も思いつかない新しいアイデアを具現化する革新的医療機器開発を目指してみてはいかがだろうか.
VII.おわりに
以上のように医療機器開発に関するわれわれの経験と昨今の日本の現状について述べてきた.外科医として最も重要なことは手術によって患者を根治に導くことであり,手技の研鑽は今後も外科領域の重要な位置づけであることに疑いの余地はない.一方で手術をより精緻に,より効果的に遂行していくための方策として,新たな医療機器を導入することは今後とも外科領域の進歩に必要な歩みである.そのような魅力ある医療機器開発に多くの外科医が関与することを期待したい.
利益相反
役員・顧問職:朝日インテック株式会社
株:株式会社Jmees
研究費:LIVSMED、株式会社Surg storage、朝日サージカルロボティクス株式会社、住友化学株式会社、株式会社HIROTSUバイオサイエンス、アステラス製薬株式会社、カーディナルヘルス株式会社、Indivumed GMBH、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社
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