日外会誌. 126(5): 427-434, 2025
特集
医療機器開発と医工連携
4.日本におけるデザインアプローチの取り組み 先進事例と日本での応用
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1) 東北大学病院 産学連携室 中川 敦寛1)2)3)4) , 志賀 卓弥1)5) , 進藤 智彦6) , 櫻井 碧3) , 針谷 綾花7) , ハリソン バンクス8) , 原田 成美1)9) , 樋口 雅也2)10)11) , 遠藤 英徳2) |
キーワード
イノベーション, 課題解決, 産学連携, デザインヘッド
I.はじめに
外科手術,とりわけ内視鏡手術や外科手術を支援するカテーテル手術の発展には画期的な医療機器の革新が重要な役割を果たしてきた.これまで画期的な医療機器,とくに治療機器は海外で開発されたものが大きな比重を占めてきた.2010年の健康戦略構想以降,医工連携が広がってきているが,まだまだ多くの課題がある.本稿では,医療機器開発におけるデザインアプローチの意義と有効性を,米国の先進事例と比較しつつ,医療現場から画期的な医療機器を生み出し続けるために必要なインフラ,方法,エキスパートについて言及し,日本における具体的応用事例の紹介と課題を明らかにすることを目的とする.
従来のモノづくりでは,研究室の“優れた”技術から開発が始まる“テクノロジー・プッシュ”型の開発スタイルをとってきたものが多い.CT,MRIをはじめ,多くの優れた医療機器が開発されてきた一方,“優れた”技術を用いて開発された機器を“使用する疾患が見つからない”,という事例もある.また,“ニーズがある”という言葉をよく耳にするが,実は開発コストに比して市場サイズが小さい,ニーズはないことはないが,お金を払ってでもほしい,という程度ではない,ニーズの“松竹梅”で例えると竹や梅である事例も少なくない.本稿で扱うデザイン思考は,Brown1)やIDEOによって提唱された『人間中心設計による問題探索と解決の枠組み』として位置づけられ,そのプロセス(共感・定義・創造・試作・検証)は医療分野においてもバイオデザインとして体系化されている.ここでは,市場のニーズ,それもまだ顧客が気付いていない未充足(unmet)ニーズから開発が始まる“ニーズ・プル”型の開発スタイルをとり,かつ,合理的,かつ創造的に“事業化に資する”ニーズを見極めていくプロセスである2).
デザインアプローチの“デザイン”は,一般的に使われる,いわゆるデザイナーが設計したり,色を塗ったりする,目に見えるものをクリエイティブに創出する行為,という意味ではなく“新しい機会を見つけるための課題解決プロセス”である.“モノ”が不足している時代から概ね充足した時代となり,主導権はメーカーからユーザーに移ったこと,“モノ”の提供から“コト”,さらには“カチ”,に移ったことでデザインアプローチが広く使われることになったと思われる.さらに,VUCA(volatility,uncertainty,complexity,ambiguity)と称される移り変わりの速い,視界不良時代にあって,従来の延長ではない領域に,さまざまな制約の中で,新しい機会をものにすることなしには競争に勝てなくなったことなども背景にあるものと思われる.その一方で,“秀逸な解決策”,“リスクと変革コストの最小化”,“従業員の賛同”が揃っておらず,医療機器開発を含めたプロセスが成果を上げられず,無理やり進めても新たな障害や二律背反に遭遇している事例は少なからず目にするところである.組織がそうした二律背反に対処するためには,問題行動や非生産的な先入観に対処する社会技術が必要となるが,デザインアプローチはこの目的に適うものでもある3).
II.デザインアプローチを用いた“ステップ・バイ・ステップ”の医療機器開発
デザインアプローチは,人間の行動を観察することから始めるため,“人間中心のデザイン”であり,顧客の“真の”ニーズを探し出すことから始める.これを医療機器開発に合わせる形でスタンフォード大学で発展させたのがバイオデザインである4).顧客が課題を感じている現場の観察から始まり,そこからニーズを導き出し,ニーズの機序を的確に解決するアイデアを創出する.次いで,技術やノウハウを取り入れながらプロトタイプやビジネスモデルを早期から作成し,試行錯誤を繰り返しながら,課題の本質をエレガントに解決するものを創り出していく.特に,濃密な現場観察(clinical immersion:共感をもって観察し,できるだけ多くの問題を発見する.問題を吟味し,その本質を見極め,Needs Statementの一文にまとめる),ニーズの選択(自分たちが優先順位を置く価値を複数列挙しながら例えば,病態,解決策,市場分析(ニーズを欲している人はどういう人たちで,どのくらい存在するか),ステークホルダー分析(ユーザーはそのニーズをどの程度重要だと思っているか)などの観点からratingし,自分たちが解決に値するニーズを見極める)などは繰り返し行うことで速度と質の向上が期待できるものである.
デザインアプローチは共創であり,連想である.つまり,複数の人間が足し算でなく,掛け算的に有効にプロジェクトを成し遂げるところに意味がある.異なるバックグラウンドが一緒にすることは使う言語(母国語だけでなく専門領域特有の用語まで含む)からはじまり,仕事の進め方までいろいろ異なり,さまざまなconflictも生じ得るため,チームダイナミクスの維持はデザインプロセスを進めるうえで極めて重要であるが,トレーニングで克服可能である点で技術ともいえる.数名の凡人が一人の天才と同等に戦うための戦法がチームによるデザインアプローチであり,これはトレーニングと反復を通じて上達可能な,まさに“技術”の代表例であるといえる.
III.デザインアプローチを用いた医療機器開発事例
5)
Niveus社:医療工学と医療超音波が専門であるBrian Faheyが2008年のスタンフォードバイオデザインのフェローシップから立ち上げた.現場観察(クリニカルイマージョン)では,集中治療室(Intensive Care Unit : ICU)において,“集中治療”の間に全身に衰弱が生じ,“集中治療”のあとには多くの症例で,自力での歩行,立位をとること,さらには端坐位をとることさえできないほど衰弱する場面を観察した.回復には時に長期のリハビリテーションを必要とし,しばしば重篤な病状悪化を招き,機能的自立と生活の質を大きく低下させ,大きな医療コストを発生させていた.Niveus Medicalの技術は,患者の重要な筋力維持を支援することを目的として開発された.この筋刺激システムは,ICUでの治療チームに対し,筋力低下へのより積極的な対応を可能にする手段を提供するものである.現場観察の中から多くのニーズを絞っていく過程で,文献調査より,大規模研究においても,急性呼吸窮迫症候群生存者の50%以上が退院後1年経過後も社会復帰していないことが示されるなど,医療経済的に測定可能でインパクトの大きな課題であることが明らかとなった.電気筋刺激は,様々な臨床症状のリハビリテーションプログラムの一環として日常的に用いられている.その一方で,ICU長期入院患者特有の課題は,全身の衰弱に加え,大量の点滴などによる末梢組織浮腫で血管や細胞外に水分が貯留することであった.余剰の体液層が,皮膚表面に設置した筋肉刺激器が深部の筋肉にエネルギーを届ける能力を低下させることを突き止めた後,温熱療法と筋肉刺激を組み合わせることでこの課題に対処した.局所的な低体温と筋肉刺激を特殊な方法で組み合わせることで,エネルギーが体の深部まで浸透し,より強い筋肉収縮が生み出され,筋肉萎縮を防ぐことができると考えられている.Niveusの技術は,1万回以上の治療に用いられた後,2017年にストライカー社に買収された.
IV.日本におけるデザインアプローチ導入事例の実践分析
デザインアプローチは顧客やユーザーがまだ気が付いていない潜在的なニーズからこの世に存在しない新しいアイデアを創造し,社会に価値を導き出す方法である.医療機器はもちろん,あらゆる業種での革新的な製品やソリューションの開発,さらには,社会システムの制度設計を通じた社会イノベーションに至るまで有用であることは認識されており,経営まで含めてデザインアプローチを取り入れ,成功を収めた事例も枚挙にいとまがない.その一方で,実践を繰り返すほど質と速度が向上するものであることから,習得からはじまり,実戦の中で実践を繰り返すことのできる仕組みの構築が重要である.わが国の中での取り組みを紹介する.
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)事業:医療現場に企業を受け入れ,開発伴走する取り組みはがんセンター東病院をはじめとして,AMED次世代医療機器連携拠点整備等事業,優れた医療機器の創出に係る産業振興拠点強化事業6)
7)とさまざまな形で行われている.また,開発途上国・新興国等における医療技術等実用化研究事業は,これらの国々が日本とは異なる公衆衛生上の課題を抱え,医療機器に対するニーズも異なる可能性があるという背景を踏まえて実施されている.対象国のニーズや価格水準に基づいた製品開発を行うために,実際に開発途上国の臨床現場で,デザインアプローチを用いたニーズの発見やコンセプト作成と,上市に必要とされる研究開発をデザインアプローチのノウハウを有する支援事業者による支援を受けながら企業が取り組んでいる.最終的には,現地におけるニーズを十分に踏まえた医療機器等の開発により,途上国・新興国等の公衆衛生課題の解決に貢献し,日本の医療の国際展開に貢献することを目指している8).
ジャパンバイオデザイン
9):2015年よりスタンフォード大学,東京大学,大阪大学,東北大学がプログラムパートナーシップを締結し,医療機器のイノベーションリーダー人材の育成を目的として設立された.2025年6月現在,11期生がフェローシッププログラムに従事しており,これまで100名を超える修了生が医療機器スタートアップの起業,ベンチャーキャピタルや大手医療機器メーカーをはじめ,医療機器関連ビジネスに従事している.
東北大学病院ベッドサイドソリューションプログラム
10)
~
13):東北大学病院では,医療プロフェッショナルと医療やヘルスケアの現場において“解決すべき(事業化に資する)課題”を探索する場と機会を提供している(アカデミック・サイエンス・ユニット:ASU).大学病院での医療現場観察を中心に据えつつも,関連病院や国内外のネットワークを生かし,end-to-endでpatient journeyを可視化し,ユーザーが言語化できていないインサイトをとるためのさまざまな取り組みが行われている.ASUでは,プログラム開始前に企業側の目標設定を行うとともに,受け入れ側が企業のテクノロジーや開発ポートフォリオを理解したうえで,適切な現場観察(図1)のデザイン,デザインアプローチ,あるいは事業開発の観点を踏まえたコンサルテーションを実施できるデザインチームを有する.また,デザインアプローチは繰り返すことにより質とスピードがあがることから,一連のプロセスを数日の「run through」により経験できるブートキャンプを実施している.さらに,CIの質とスピードを高めるための支援を行うクリニカルスペシャリストなど,プログラムの分析を通じて明らかになったイノベーションを行うためのアンメットニーズを解決すべく,これまでにないスペシャリストの育成にも力をいれている.プログラム(6カ月単位での契約)を開始した2014年3月から,医療機器メーカーのみならず,電子機器,デバイス,材料,創薬,情報通信企業など多種多様な業種から69社から1,772名の共同研究員を53の診療科・部局で受け入れており,公になっているもので11件の事業化事例も出ている.2024年に経団連から出されたScience to Start up提言にはカスタマーディスカバリープログラムとして紹介されている14).また,オープン・ベッド・ラボ(OBL)では,コンセプトやプロトタイプなどの実証(図2,図3)を医療現場で医療者とともに行い,事業化への期間短縮と質の向上を図る.2020年に設立した未来医療人材育成寄附部門では,さまざまな企業との共創プロジェクトに従事しながら,課題探索,他領域の専門家と共創しながらソリューションを開発する「デザインヘッド」の育成を行っている.デザインヘッドには,課題設定を行うことと,課題を創造的かつ合理的,“More work,less impact”ではなく,“Less work,high impact”なプロセスデザインをすることが期待される.これまでで37名の学生・社会人が国内外からフェロー,インターンとして参加し,プロジェクトに参加しながら,医療ヘルスケアだけでなく,さまざまなテクノロジー,ミニマムエッセンスのビジネススキル,デザインアプローチに精通するクロスオーバー人材になるべく様々な経験を積んでいる.



V.カスタマーディスカバリープログラム(アカデミック・サイエンス・ユニット:ASU)事例
日本電気株式会社(NEC)は2015年よりASUに参加し,東北大医工学研究科との共同研究に発展し,その成果の一部は事業化に向けた製品概念実証につながった15).2021年末に同社は,新規課題として世界的に優れている大規模言語モデル(Large Language Model : LLM),顔認証,音声認証技術を活かして2024年から医師の課題解決に資するソリューション開発に取り組むことに同意した.同年から未来医療人材育成寄付部門およびASUを活用し,東北大学病院の医療従事者,事務職員,専門職を含む多職種チームがNECの開発チームと連携して,事業化に資する課題の探索・選定から構造化インタビュー,調査,技術開発まで一体的に取り組んだ.ここではデザインアプローチに加え,Lean方式(注1)なども取り入れ,医師の文書作成の時間短縮に向けた課題に着手した.
その成果として,医師の働き方改革に向けて,日本語のLLMを活用し,電子カルテなどの情報をもとに医療文書を自動生成するアルゴリズムを開発した.実証実験では,医療文書の作成時間を半減させ,業務効率化の可能性が示され,2023年12月にその結果をプレスリリースし16),2024年3月に製品化が実現した17).さらに,2025年2月には,NECと共同開発したAI Agentが,国立情報学研究所(NII)が実施する最新の言語処理ベンチマークテストのうち,医療分野のタスク(肺がんの診断レポートからTNM分類による160通りの進行度判定)で第1位を獲得した18).また,2025年3月には新薬開発における課題である治験患者登録の効率化を目的として,新たに共同開発した医療分野に特化したLLMを用い,電子カルテ情報からの候補患者抽出アルゴリズムの実証実験を実施した.東北大学病院の婦人科における子宮体がん患者を対象とした臨床試験において,条件に適合する候補患者の抽出精度が向上する結果が得られた19).これにより,治験における期間あたりの登録患者数の増加と治験期間の短縮が期待される.また将来的には,ドラック・ラグ/ロス(注2)の解消への貢献を目指している.
従来,アカデミア医療機関が産学連携において果たす役割は,シーズの提供,医療専門家・研究者としての参画が中心であった.これに加え,東北大学病院産学連携室では,当院に関わるステークホルダーのエクスペリエンスデザインとアライアンスの構築を,産学連携の主要な活動と位置付けている.企業のめざす存在意義(パーパス)を出発点に,事業化に資する課題の選定,技術的に解決可能な課題への落とし込み,プロトタイプの作成から概念実証(PoC : Proof of Concept)の確立,さらに非臨床・臨床試験,薬事承認,保険償還を経て事業化・スケーリングに至るまで,一連のプロセスを包括的に支援する全体デザイン(holistic design)の重要性に,当院は早くから着目してきた.こうした先進的な取り組みの一環として,デザインチームが,個別のプロジェクトにとどまらず,全体デザインまで幅広く支援を行っている.
VI.おわりに
本稿では,デザインアプローチを用いた医療機器開発(バイオデザイン)の意義と実践について,米国の先進事例と日本における取り組みを交えながら体系的に紹介した.これらの事例から明らかになったように,現場起点の「未充足ニーズ」の探索と,それに対する合理的かつ創造的なソリューションの開発は,次代の医療の持続可能性を担保する鍵となる.
したがって,医療現場における課題抽出から製品化に至るまでを一貫して支援する制度的インフラの構築と,デザインアプローチを中核とした教育的側面も含めた産学連携プログラムの体系的な整備・標準化が,日本における医療機器イノベーションの持続的推進に不可欠である.
謝 辞
本稿は日本電気株式会社久保雅洋氏,辻川剛範氏,東北大学病院臨床研究推進センターバイオデザイン部門鈴木明子氏,脳神経外科アドミニストレーター金田恵美子氏に情報収集,分析で支援をいただいたので謝意を表す.本稿を作成するにあたり,国立研究開発法人日本医療研究開発機構優れた医療機器の創出に係る産業振興拠点強化事業,基盤研究(B)23H03756 (2023)の支援を受けた.
注1:Lean方式は,もともとトヨタ生産方式に由来する手法.徹底した“ムダ”の排除と価値創出に重点を置き,短いサイクルでの仮説検証やプロトタイピングを通じて,効率的かつ柔軟に問題解決を図る.
注2:ドラッグ・ラグ/ドラッグ・ロスとは,海外で承認された薬剤が日本で承認・普及するまでに生じる時間的遅れ(ラグ)や,未承認のまま導入されない状態(ロス)を指す.
利益相反
研究費:日本電気株式会社
寄付講座:株式会社アインファーマシーズ
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