日外会誌. 126(5): 405-406, 2025
Editorial
献身と愛―アンパンマンに学ぶ医療の原点
|
高知大学 外科学講座乳腺腫瘍外科 増田 隆明 |
2025年春よりNHK連続テレビ小説『あんぱん』が放映された.本作は,国民的人気アニメ「アンパンマン」の原作者であるやなせたかし氏と,その妻をモデルとしたフィクションである.本稿では,「逆転しない正義」を問い続けたやなせたかし氏を紹介したい.
やなせ氏は1919年,高知県に生まれた.少年時代を過ごした叔父の柳瀬医院は,高知大学附属病院のある南国市の後免(ごめん)にあった.1937年,東京高等工芸学校(現千葉大学工学部)に入学.1941年,徴兵により陸軍に入隊し,中国へと派遣される.戦場での過酷な体験,そして弟が特攻隊として戦死したことは,氏の心に深い傷痕を刻んだ.終戦後,高知新聞社に入社するが,1947年に退社して東京へ上京.三越に勤務する傍ら,副業として漫画を描き始める.1953年,34歳でフリーの漫画家・絵本作家として独立した.1973年,54歳にして月刊絵本『アンパンマン』を発表.1988年,70歳にしてテレビアニメ化され,国民的キャラクターへと成長した.遅咲きの漫画家であった.また,1961年には名曲「手のひらを太陽に」の作詞も手がけている.2013年,94歳でその生涯を閉じた.
やなせ氏は,戦争を通じて「正義とは何か」という問いに向き合い続けた.戦場での過酷な体験,仲間や弟の死を見届けた末に辿り着いたのは,逆転することのない確かな正義つまりそれは「献身と愛」であった.「周囲に困った人がいれば手を差し伸べる愛と献身こそが正義である.正義のための戦いなどどこにも存在しない.」と氏は語る.やなせ氏が生み出したアンパンマンは,悪を打ち倒すヒーローではない.困っている人に自らの顔(アンパン)を差し出し,傷つきながらも救いの手を伸ばす存在である.そこには,「正義とはかっこうのよいものではなく,そのために自らも傷つくもの.献身の心なくして正義は行えない」という,氏の確固たる思いが色濃く投影されている.
私たち外科医もまた,医師としての正義について,あらためて問いかけてみるべきなのかもしれない.標準治療を,患者に無理に押しつけてはいないだろうか.本当にこの治療が,この患者にとって最善なのか.やなせたかし氏が逆転しない正義とした「献身と愛」に立ち返り,一人ひとりの患者にとって何が大切なのか,共に考えていくことが求められているように思う.
医療とは,科学的根拠に裏付けられた治療を単に提供する行為ではない.迷いながらも,患者に寄り添い,共に悩み,共に前を向く営みである.患者が,「そうだ うれしいんだ 生きるよろこび たとえ 胸の傷がいたんでも」と感じていただけるように,乳腺外科医として日々努めていきたい.
利益相反:なし
PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。