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日外会誌. 126(4): 378-380, 2025

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医療訴訟事例から学ぶ(145)

―手術時に合併症予防措置を講じなかった過失を認定された事例―

1) 順天堂大学病院 管理学
2) 弁護士法人岩井法律事務所 
3) 丸ビルあおい法律事務所 
4) 梶谷綜合法律事務所 

岩井 完1)2) , 山本 宗孝1) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1)



キーワード
頸椎椎弓形成術, 腹臥位, 眼合併症, 虚血性眼窩コンパートメント症候群

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【本事例から得られる教訓】
適切な器具や方法で手術を行ったと正当性を主張しても,その器具や方法に関する証拠を示せなければ,その正当性はなかったものと認定されるリスクがある.医療事故が発生した場合には,速やかに現場保存を実施することを意識したい.

1.本事例の概要(注1)
今回は,頸椎椎弓形成術後に視力低下等が生じたことについて,医師がその予防措置を講じていたか否かが争われた事例である.合併症の予防措置については外科医も日常的に検討していると思われ,また,本件では,証拠がないことから医師側に不利な認定がされているため,この点でも外科医の関心は高いものと思われ紹介する次第である.
患者(男性・58歳)は,平成27年5月7日,本件病院にて頸椎MRI検査を受け,第4,5頸椎椎間板ヘルニアと診断され,平成27年5月16日,全身麻酔下の腹臥位で頸椎椎弓形成術(以下,「本件手術」)が実施された.
本件手術後,原告は目が見えない旨を訴え,執刀医は同日13:30頃に初回回診し,17:00頃に腹臥位手術後の眼合併症を疑い,18:30頃から酸素吸入量を6ℓ/hに上げ,その結果20:00頃に,患者の視力は人影が分かる程度に改善した.
その後著変なく,2日後の平成27年5月18日,患者は高気圧酸素療法(装置内で加圧された状態で酸素を吸入することにより血液を介して障害組織に多くの酸素を送る治療法)を実施するためA病院に転院したが,本件病院には眼科がなく,術後48時間,患者は眼科等の専門医による診察を受けられなかった.
平成27年5月18日,A病院で患者は両眼の「虚血性眼窩コンパートメント症候群」と診断された. 平成29年2月28日時点で,患者の右眼の裸眼視力は0.1,矯正視力が1.0,右眼の残存視野機能率(VFI)が77%,左眼の裸眼視力が0.06,矯正視力が0.08,左眼の残存視野機能率が9%であった.なお,本件手術前である平成22年12月22日時点の原告の矯正視力は,右が1.5,左が1.2であった(裸眼視力は判決からは不明).

2.本件の争点
本件の争点は幾つか存在するが,本稿では,執刀医らが視機能障害の発症を予防するための術後合併症予防措置を講じていたか否かという争点について主に説明する.
本件手術の実施に当たり,視機能障害の発症を予防するため,執刀医らが以下の①~⑤の術後合併症予防措置(以下,「合併症予防措置」)を講じる義務を負っていたことは争いがなく,実際に合併症予防措置を講じていたか否かが争われた.
①医療用の保護ヘルメットやゴーグル,マスク,スポンジ等を使用し眼部を保護する
②頭位を胸部〔心臓〕等と平行に保ち,特に低い位置にしない
③馬蹄形頭部支持器を,頭部を直接支える支持器として使用しない
④頭部3点固定器等を利用して頭部を固定する
⑤眼部の術中管理を行う

3.裁判所の判断
まず裁判所は,麻酔科の鑑定医3名,および眼科の鑑定医3名の全員一致の意見等をもとに,患者の視力および視野機能の低下は,本件手術によって眼窩内圧が上昇し,視神経等への血流が低下したことによって生じたと認定した.
合併症予防措置については,執刀医らは,合併症予防措置は講じていたと主張し,合併症予防措置①③⑤については,本件手術において,原告の顔面に保護材を付着させた上でゴーグル(野球用のキャッチャーマスク.以下,「本件マスク」)を装着させ,原告の顔面ないし眼球を保護していた(合併症予防措置①③),また,執刀医らは,本件手術中,手鏡を使用するなどして,適宜患者の眼部の状態を確認していた(合併症予防措置⑤)と主張した.
しかし裁判所は,「執刀医らが患者の顔面に本件マスクを装着させて患者の顔面ないし眼球を保護していたことおよび本件手術中に手鏡を使用するなどして患者の眼部の状態を確認していたことを裏付ける証拠は全くない.」ことを大きな理由の一つとして,執刀医らの主張を排斥した.
結論として裁判所は,執刀医側に対し,約1億円の賠償義務があると認定した.

4.本事例から学ぶべき点
本件については,控訴後に和解で解決しており,控訴審の経過が明らかでないことから,あくまで第一審判決の情報をもとに以下,記載させて頂く.
訴訟になると,中立な立場にある裁判官は,当然ながら客観的証拠を重視することになるため,証拠がなければ,医療機関側の正当性を裏付ける事実も「ない」ものと判断される可能性がある.本件において,執刀医らが合併症予防措置を講じていたにもかかわらず,講じていなかったと認定されたとすれば,残念である.
手術で使用した器具や術中の体位等に起因する圧迫や虚血により合併症が生じた事例は,他科でも時折遭遇するため,対策は考えておきたい.
前回は,カルテに記載がないため医療機関側の主張が認められなかった事例を紹介させて頂いたが(注2),今回は,手術で使用した実物等に関する証拠が「全くない」とのことで,医療機関側の主張が排斥されてしまった.ただ,手術や処置で使用する器具を都度カルテに記録することは現実的でないかもしれないし,術中の体位等については,記載はしても必ずしも詳細に記載するとは限らないと思われる.
しかし,手術で使用した器具や手術時の体位,位置関係などについては,対策を講じなければ時間の経過ともに証拠も散逸していってしまう.
そこで,医療事故が生じた場合には,事故の態様や状況に応じ,調査の初期の段階で「現場保存」をしておくことを意識したい.手術で使用した器具の写真や同一種の器具の保存,体位の再現およびその保存,また,通常は長期保存していないような画像(エコー等も含む)やバイタル記録等についても,なるべく保存するよう心がけたい(注3).事故後に詳細な調査を実施しているケースでも,現場保存については意識していない場合が少なくないが,現場保存が功を奏した例も存在するため,意識は持つようにしたい.

 
利益相反:なし

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引用文献および補足説明
注1) 東京地裁令和5年3月23日判決.
注2) 岩井 完,山本宗孝,浅田眞弓,他:―RFA後に造影CTを撮影しなかったことが過失とされた事例―.日外会誌,126(3):289-291,2025.
注3) 以前に,情報の保管の必要性に言及させて頂いた事例がある.参考まで.岩井 完,山本宗孝,浅田眞弓,他:―コイル塞栓術において手技上の過失が認められた事例―.日外会誌,124(2):205-207,2023.

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