日外会誌. 126(4): 365-370, 2025
特集
移行期医療を考える.現場からの提言
8.先天性心疾患の移行期医療
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慶應義塾大学 外科学(心臓血管) 木村 成卓 |
キーワード
先天性心疾患, 成人先天性心疾患, 移行期医療, 自立支援
I.はじめに
先天性心疾患における新生児・乳児期の手術成績は1990年代以降著しく向上し,全体の手術死亡率は2021年時点で1.7%に過ぎない1).それに伴い成人期に到達する患者数も増加傾向であり,日本においてはすでに50万人以上が成人となっており,年間1万人以上増加していると言われている2).心房中隔欠損や心室中隔欠損といった比較的軽症な疾患はともかく,小児期に心臓手術を行った複雑心奇形を有する患者は成人期にかけて多くの遠隔期合併症や遺残疾患を認めることも珍しくなく,継続した診療および適切なタイミングでの治療の提供が必要となる.本論文では成人に到達した先天性心疾患患者についておよび先天性心疾患領域における移行期医療の現状について言及するとともに,今後の課題について述べていきたい.
II.成人先天性心疾患(adult congenital heart disease : ACHD)について
ACHD患者といっても,原疾患の複雑性・重症度や手術既往の有無などにより患者の全身状態や日常生活動作 (activities of daily living : ADL) は様々である.心房中隔欠損や心室中隔欠損といった単純心奇形の場合は,小児期に手術やカテーテル治療で修復が行われ遺残病変を認めなければその後のADLや社会生活に制限を認めることはほぼなく,医療機関への定期的な通院も終了してしまっていることも多い.一方,中等度以上の複雑心奇形の場合は,小児期に適切な修復術が行われ血行動態が正常であったとしても,加齢とともに疾患特異的な病状が進行し遠隔期合併症を呈することも決して珍しくない.そもそも複雑心奇形に対する手術の多くは心臓の形態を正常にする根治術ではなく血行動態を正常に近づける修復術であり,加齢に伴い血圧上昇,不整脈,心機能低下,冠動脈疾患など様々な後天性因子が加わることにより生命予後が規定されることになる2).従って生涯にわたり定期的な通院と検査・治療が必要であり,病態に応じてカテーテル治療や再手術も行われる可能性があることをしっかり認識し,患者にも教育していくことが重要である.
ACHDの特殊な病態として,チアノーゼ疾患や単心室疾患が挙げられる.チアノーゼ疾患は,特に小児期に心内病変を未修復の場合,あるいは姑息術(体肺シャント造設術,肺動脈絞扼術等)のみ施行されそのまま成人に到達した場合等にみられ,酸素飽和度が70~80%程度で日常生活を送っている場合もある.このような患者は,年齢を重ねるにつれ,長時間全身の臓器が低酸素血症にさらされることになり,多血症やチアノーゼ腎症など様々な臓器障害を呈し,それらの加療が必要となることもある.また,単心室疾患で小児期にFontan手術まで到達した患者は,強いチアノーゼは認めないことが多いものの,肺循環への血流が中心静脈圧と体心室拡張能に依存されるという特殊な血行動態の影響で,成人期に様々な合併症を来すことが知られている.房室弁異常や不整脈といった心臓血管障害をはじめ,肺動静脈瘻などの呼吸器系疾患,血栓塞栓症を引き起こす止血線溶系障害や慢性的な腹部臓器の鬱血による肝機能障害(鬱血肝・肝硬変・肝細胞癌),腎機能障害,消化管機能障害(たんぱく漏出性腸症)等を複合して認めることも多い.したがって,これらの患者の長期予後改善を目指すためには,心臓のみならず多臓器疾患に対する多様な診療科による集学的管理・治療が必須である.
III.先天性心疾患患者の移行期医療の現状
先天性心疾患領域においては,日本循環器学会を中心に関連8学会が共同で「先天性心疾患の成人への移行医療に関する提言」を発表している3).本提言は,患者の自立と患者自身の意思と自己決定権を尊重すること,ACHDを診療する多領域多職種専門職からなる集学的な専門医療施設の確立と地域・社会とのネットワークの構築が必要なことなど七つの提言がなされており,心臓血管外科医をはじめ循環器内科医や小児循環器科医,その他ACHD診療に関わる全ての人を対象としている.
この提言をみても,先天性心疾患領域における移行期医療はその他の疾患群における移行期医療と比較してやや進んでいると思われる.この理由として,まず,先天性心疾患の発症頻度が約100人に1人と高く,そもそもの患者人口が多いことにより,歴史的に早い時期より移行期医療が必要となったことが挙げられる.欧米においては1970年代後半にはすでにACHDの診療施設が設立されている4).また,先天性心疾患診療においては心臓血管外科と小児循環器科がチームとして患者を診療し,慢性期になると主に小児循環器科が診療を担っている場合がほとんどである.成人期においても診療を担うことが可能な科(循環器内科)が存在し,成人期に小児循環器科から循環器内科へ患者を移行するという行為は心臓血管外科からの移行より心理的にハードルが低いということもあるのかもしれない.
小児循環器科医による診療は,患者の疾患の構造や血行動態がしっかりと把握されており,長期間の通院により患者や家族との信頼関係がすでに確立されているという大きな利点がある.しかし一方で,小児循環器科医は加齢に伴う変化や生活習慣病など成人期に伴う病態については不慣れであり,また患者に対し過保護傾向にあり患者の自立に支障が生じる場合があるなどという欠点もある.逆に循環器内科医においては,成人期疾患に慣れているものの先天性心疾患の理解が不十分な場合が多い.患者の成長に伴う自立を目指す移行医療においては,ACHDの解剖や血行動態を理解したACHD専門の診療を担当する循環器内科医が育成されることが理想的であり,実際近年は日本においてもACHD領域に興味を持ち診療に積極的に関わる循環器内科医も増えてきている.2019年4月1日にはACHD専門医制度も開始されており,今後もさらなる発展が望まれるところである.
実際に患者を移行する方法については,地域によっても,また患者が通院していた施設によっても異なってくると思われる.比較的移行がしやすいパターンとしては,大学病院や大規模総合病院で小児期から小児循環器科医が継続して診療を行っており,同施設内にACHD専門医資格を有する循環器内科医がACHD専門外来を設けている場合であろう.大学病院や大規模総合病院においては通常成人の各診療科が揃っており,ACHDの経過中にみられる様々な遠隔期合併症に対しても速やかな対応が可能である.また,循環器内科医は小児循環器科医とコミュニケーションをしっかりとることにより,患者の病態とこれまでの病歴をより正確に把握することが可能となるであろう.他にも移行にあたり小児循環器科医と循環器内科医が併診したり共同で移行外来を設置したりするという選択肢もある.一方,小児病院など小児専門施設で小児循環器科医が診療を行っている場合には,そもそも施設内に成人に対する診療設備が整っていない場合があり,患者が成人になるにあたり成人診療施設への紹介が必要となる.その場合には患者への病気に対する教育やこれまでの診療情報の提供が必須であり,病院が変わることによる患者や家族との信頼関係の再構築も必要であろう.近隣にACHD専門医総合修練施設が存在する場合はそちらへ紹介するのが一般的だと思われるが,同施設がない場合にはACHD診療に積極的な循環器内科医のいる地域の総合病院へ紹介することになる.あるいは心房中隔欠損や心室中隔欠損といった軽症の先天性心疾患の患者や二心室修復後の患者については,近隣の循環器内科専門のクリニックやかかりつけ医でも診療対応可能かもしれない.
患者への教育にあたり,先天性心疾患に特化した移行期チェックリストが報告されている(表1)5).このチェックリストは15の項目からなり,患者本人が自分の疾患や病歴,受けている治療についてどの程度理解しているかなどをYes/Noで答えるようになっている.これらの項目全てでYesとなるように患者教育を進めていくことが,スムーズな移行と患者自身のセルフケアへつながると期待される.また,このような取り組みを行うことにより,患者が自分の病気についての情報を親から聞かなくても把握し理解するようになる,そして自分自身で自分の体のことを管理するようになる,というように,幼少期から構築されてきたものとは異なる意識改革が促されることも大きな利点であろう.

IV.現在の問題点と今後の課題
他領域と比べて比較的進んでいると思われる先天性心疾患領域の移行期医療ではあるが,依然として様々な問題点と課題を抱えている.以下,問題点と課題の現状について述べる.
・移行へ向けた患者教育
日本における先天性心疾患患者は自立性に乏しいことが多く,小児科医師や親への依存度が高い.また親側も子供のことを常に気に掛け,患者が年齢を重ね本来であれば自立が促されるような場面でも,親が過保護に対応してしまうことも珍しくない.小児科にいる間はそれで良くても,移行期医療で成人診療科に移行するにあたり成人診療科の医師の態度を“冷たく”感じて成人診療科で診療を受けることに抵抗を感じてしまう場合がある.また,これまでは小児科単独であらゆる病変について総合的な診療を受けていたのが,移行後は様々な専門科にそれぞれかかる必要が出てきて,色々と苦情を訴えることもある.これらのことを一気に解決することは不可能であるが,少しでも状況を好転させるためにも,一人一人の患者・家族の現状に応じて早めに患者の自立を促すようにし,移行期医療の状況について具体的に説明し少しずつでも理解を進めていく必要があると考えられる.欧米においては看護師やnurse practitionerが中心となり移行外来が標準的に設置されている.青年期に達した先天性心疾患患者は移行外来で1回あたり1時間以上の教育セッションを受けるようになっており,これにより自分の病気に対する理解が深まり自立しやすくなっている.日本では多くの病院ではマンパワーの問題等でこのような体制をとることは困難であり,学会と行政が協力してこのような体制を構築できるように進めていく必要がある.
・妊娠・出産について
女性のACHD患者において,基本的には妊娠・出産は可能な場合が多い.しかし妊娠中は体液の負荷を来し心臓の負担となり,また出産においては急激な血行動態の変化が生じることにより全身状態悪化を来しやすい.ACHD患者の背景疾患に特有の病態をしっかりと理解した上で妊娠管理を行い,合併症に対する予防や速やかな治療を行うことが望ましい.一方,肺高血圧,残存チアノーゼ,心不全,Fontan術後,機械弁置換術後などのACHD患者については妊娠出産がハイリスクとされており3),積極的な妊娠出産は勧められず,避妊が必要となる場合もある.このため,ある程度(思春期)の年齢に達したACHD女性患者については,自分の病態やこれまでの治療内容をしっかり理解した上でさらに妊娠出産に関する教育をしっかり受けることが大事であり,予定外の妊娠や不要な妊娠中絶を回避することにも繋がる.ただし実際には,繰り返し説明することにより患者が内容を理解していると医療者側が思いこんでいても,実際は患者側は理解に乏しく,妊娠してしまってから相談してくることも珍しくない.さらなる良い方法がないか,考える必要があるだろう.また,逆に妊娠可能なACHDの病態であるにも関わらず,周囲からの誤った情報や本人の誤解から妊娠できないと思い込んでいる患者も中にはおり,適齢期のACHD女性患者には正しい情報を適切に提供する必要がある.
・単心室術後患者,チアノーゼ患者の移行
先ほども述べた通り,心房中隔欠損や心室中隔欠損など軽症の先天性心疾患の患者や,ファロー四徴症や両大血管右室起始症で二心室修復後の患者については,通常の成人心疾患患者との違いがそれほど大きくなく,成人医療への移行は比較的容易である.しかし単心室術後(Fontan術後)患者や複雑心奇形未修復患者,あるいは何らかの理由により姑息術で修復が終了してしまっているチアノーゼ患者などについては,いまだ移行に対するハードルが高い.循環器内科医はこれらの患者群の複雑な心大血管解剖や血行動態に不慣れであり,小児慢性疾患に対する経験もあまりないことが多いために,患者の移行に躊躇することは想像に難くない.しかし,近年は先天性心疾患とACHDに興味を持ち積極的に診療に関わる循環器内科医も増えてきており,以前と比べて状況は改善しつつあるように見受けられる.
・知的発達症患者の移行
先天性心疾患患者においては,生まれつき染色体異常を認めていたり,新生児・乳児期の心臓手術の際に脳神経合併症を起こしてしまったりすることにより,知的障害・発達障害を認めることは多い.これらの患者群においては,成人に達したからといって単純に診療を成人診療科へと移行することが困難であることは容易に想像がつくであろう.また医療者や家族の努力だけで療養を続けていくのは医療者や家族に大きな負担がかかることになり,それを極力防ぐためにも社会全体での継続した支援が必要不可欠である.中々即効性のある解決策は見当たらず,今後の重要な課題の一つである.
・多疾患合併患者の移行
先天性心疾患患者において,症候群を呈し消化器疾患や泌尿器疾患など他疾患を合併していることは珍しくない.また,染色体異常や精神発達遅滞を認める多疾患合併患者は,その病態によって異なる場合もあるが,基本的には小児循環器科医が主治医となり診療を継続している場合が多い.小児期は小児領域の各専門科でそれぞれの疾患に対する診療を行えば特に大きな問題はないが,そのまま年齢を重ね成人期へ達したときに成人診療科へ移行することは難しいことが予想される.仮に心臓に関しては循環器内科へ移行が可能な状態であったとしても,他疾患の状況により対応する成人診療科が診療困難であれば患者の移行は困難であり,結局小児循環器科で引き続き診療を継続していかなければならなくなる.この状況を少しでも改善するためにも,小児外科など他の小児系診療科における移行期医療の進展が待ち望まれる.
V.おわりに
先天性心疾患における移行期医療は小児循環器科・循環器内科を中心に進められており,他領域疾患における移行期医療に比べ一歩進んでいるのではないかと思われる.しかし依然として取り組んでいかなければならない問題も数多く残っており,医師のみではなく看護士やソーシャルワーカーなど多職種専門職でチームを作り,さらには社会全体で取り組んでいく必要がある.今後もACHD患者は増加傾向にあり,継続した取り組みが必要であろう.
利益相反:なし
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