日外会誌. 126(3): 228-229, 2025
先達に聞く
ミクロよりマクロ,マクロより臨床経過:甲状腺微小癌積極的経過観察の提唱
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医療法人神甲会隈病院名誉院長 宮内 昭 |
私は手術が好きな内分泌外科医である.反回神経再建,気管合併切除,胸骨切開を伴う甲状腺癌手術も多数施行し,いくつかの神経再建新術式も報告した1).その私が,何故,甲状腺微小癌に対して非手術経過観察を提唱したのであろうか.このわが国発の取扱いが最近世界的に注目されている.
私は1970年大阪大学卒.約3年半の卒後研修の後,もう少し勉強したいと高井新一郎先生を頼って同大学第二外科に入局した.高井先生(後日同大学腫瘍外科教授)が内分泌外科担当であったので私もこの分野を専門とすることになった.高井先生に連れられて陣内傳之助教授に挨拶に行った.「ところで,君は何に興味があるかね?」と尋ねられ「病理が・・・」と答えかかると,「それは良いね.病理の宮地教授に連絡しておくから,しばらく病理で勉強してきなさい.」と言うことで,学内留学のような形で病理を2年半余り勉強した.内分泌疾患について顕微鏡所見や電子顕微鏡所見も勉強したが,カンファレンスにおいて宮地教授が「ミクロよりマクロ,マクロより臨床経過が重要」としばしばコメントされた.ある日,宮地教授が「宮内君,君は甲状腺癌に興味があるよね」と1冊の論文を手渡された.甲状腺とは関係なく亡くなった人の剖検において甲状腺に高頻度で小さい癌(ラテント癌)が認められるとの論文であった.そこで,病理学教室の剖検標本を調べたが,すでに報告されていること以上は見いだせなかった.しかし,この経験が後で生きてくる.
1980年の秋,日本の内分泌外科医のグループがヨーロッパの有名な内分泌外科施設を見学した.スウェーデン,カロリンスカでは病理の教授が甲状腺腫瘍の穿刺吸引細胞診を行うのを見学した.帰国して,早速,手術で摘出した新鮮な甲状腺組織の癌,良性結節,正常部を穿刺して,細胞診標本を作製し,繰り返し検鏡しているとこれらを判別できるようになった.そこで,その当時,私が非常勤医として務めていた隈病院の隈寛二院長に細胞診を始めることを提言した.行き掛かりから,1981年から私が検鏡診断することになった.当時は触診での穿刺であった.術前診断率は大幅に向上した.1992年にスキャンプローブを使っての超音波検査ができるようになった.外科の横沢保医師はこれを用いたエコーガイド下穿刺の名手であった.彼は0.3cmの小さい乳頭癌も穿刺でき,私が診断した.手術すると確かに乳頭癌であった.最初は,素晴らしい診断能力であると誇らしく思った.しかし,直ぐに考えを変えた.上記の,剖検で発見されるラテント癌を不必要に見つけ出しているのではないかと考えたのである.ちょうどその頃超音波をもちいた甲状腺癌検診において,日本人成人女性の3.5%に小さい癌が発見されたとの報告があった.この頻度は当時の甲状腺癌罹患率の1,000倍以上であった.この乖離から,「甲状腺微小乳頭癌の大部分は大きくならない.手術をしないで経過をみて少し進行したらその時点で手術をすれば十分に治療できる.全ての微小癌に手術をすることは益よりも害の方が大きいだろう.」と考えた2).そこで,1993年秋に隈病院の医局会においてこの世界で初めての臨床試験を提案し,承認され,このトライアルが開始された2)
3).当時の院長隈寛二先生が「そんなことを言ったら手術が減る,收入が減る,ダメだ」と仰ったらこのトライアルはあり得なかった.隈先生は「きっと患者さんのために良いことだ」と積極的に支援してくれた.大変感謝している.
1995年から癌研病院とその後日本医科大学内分泌外科で同様のコンセプトで積極的経過観察が開始された4).主として当院とこれらの病院から好ましい結果が報告され,日本内分泌外科学会,日本甲状腺学会のガイドライン・指針にもとりあげられ,さらにアメリカ甲状腺学会の2025年ガイドラインにも正式に採用されるとの発表があった.
最新の2023年の当院論文では積極的経過観察群における10年での3mm以上の腫瘍増大率とリンパ節転移出現率はそれぞれ,わずか4.7%,1.0%であった5).40歳以下の若年,血清TSH高値が腫瘍増大の因子であることも判明した.甲状腺ホルモンを投与し血清TSH値をやや低く保つと腫瘍の増大率が半減する.大変興味深いことに約25%の症例で腫瘍が縮小し,高年齢層ほど縮小する症例が多くなることが明らかとなった.甲状腺微小乳頭癌の自然歴である.これらはミクロでは確実な乳頭癌である.しかし,増大しない,転移しない,逆に縮小する腫瘍に手術をする必要があるだろうか.当院で手術しても手術群の方が積極的経過観察群より声帯麻痺などの不都合事象の頻度が高いのが現実である.どのように対応するのが患者さんにとってもっとも良いか,医療者として適切に判断したいものである.
さらに,臨床経過に注目するという発想からは別の発見・工夫も派生した.甲状腺髄様癌におけるカルシトニン・ダブリングタイム(DT),乳頭癌におけるサイログロブリン・DTがこれらの腫瘍の強力な予後指標であることを発見報告した.DTには二つの弱点があるが,1/DTを採るとこれが解消する.われわれはこれをダブリングレート(DR)と命名した6).これを用いると積極的経過観察中の微小癌の体積の変動を詳細に分析することができるのである6).
利益相反:なし
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