日外会誌. 126(1): 27-31, 2025
特集
少子化時代のこどもの外科医療のあり方
5.呼吸器外科医からみたこどもの外科医療のあり方
|
順天堂大学医学部附属順天堂医院 呼吸器外科 鈴木 健司 |
キーワード
多専門医, 協調, 少子化, 技術維持, 集約化
I.はじめに
私が所属する順天堂大学医学部附属順天堂医院の小児外科は年間1,000例以上の手術症例を保持し,本邦で圧倒的な症例数を誇る.この十数年来そのリーダーであった山高篤行先生は世界でも有数の経験と症例数をこなす小児外科医であり,呼吸器外科を専門とする私も多くを学んだ.外科に対する考え方,手術における戦略,適応,戦術,準備,そしてご家族との間合い.これらどれをとっても私の遙か想像を超えた領域に到達されていた.その経験と技術を求めて国内外から患児が集まってくるのであるが,それでも年間の小児外科領域における呼吸器疾患は極めて限られた数である.呼吸器外科医としてサポートさせていただいた呼吸器外科手術はどれも困難なものであったがその成果は目を見張るものであった.症例数の極めて限られた疾患に対する結果を高い水準で維持することは易しいことでは無い.十分な症例数が見込めない手術における技術の維持をどのように行うべきかという本質的な論点がそこには潜んでいる.日本が少子化という現状において,小児外科症例数の減少を余儀なく見込まれる状況において,小児外科でも極めて症例数の限られた呼吸器領域に関する分析は今後のこども外科医療のあり方を考察する上で有意義である.
II.小児呼吸器外科の特性
成人外科に比べて小児外科の手術には制限が多い.手術における技術的な観点からいえばその制限の最たるものはworking spaceであろう.成人に比べて小児外科では術野が狭い上に臓器が小さい.このことが手術を困難にする.成人で当たり前に使っている医療機器も使用できないことも少なくない.呼吸器外科領域でいえば,まずは成人では当たり前に行っている分離肺換気が極めて困難な場合がある.極めて小さな患児である場合に気道が余りに細く,分離肺換気どころか気道確保も困難な状況もありうる.この点は小児外科医はもとより,高度な技術と深い経験に裏打ちされた麻酔科医が必須となる.後に触れる施設の集約化に係わる第一の要因と言って良い.手術でもその術野の狭さは使用する機器を制限することになる.小児外科ではロボット支援下手術が極めて限られているのはそれが故である.順天堂大学医学部附属順天堂医院は小児外科でロボット手術を行う数少ない施設の一つである.ロボット支援下手術の真骨頂はソフトボールの大きさのスペースがあれば複雑な手技も可能となるということにあり,その観点からは小児外科においてもっとも必要とされる状況なのだが.
呼吸器外科手術で最も重要なことに術中の大量出血への対応がある.術中の出血がしばしば重大な転帰をもたらすことは呼吸器外科領域では常識である.呼吸器外科で扱う血管は二種類に大別することができる.体循環に属する血管と肺循環に属する血管である.前者には肋間動脈や気管支動脈があり,後者は肺動脈と肺静脈である.前者はhigh pressureであるが,low flowであり,後者はその逆である.体循環に属する血管は血圧が高いので血管壁が厚く,小径である.一方で肺循環の血圧は体循環のおよそ5分の1ほどに低い.つまり血管壁は応じて薄くなる.体循環に比して径は大きく,つまり大量の血液が流れている.血管損傷の代償が自ずと大きく異なるのであり,肺動脈にしても肺静脈にしても血管損傷に伴う出血量は時に数リットルとなる.この状況は許容する出血量が少ない小児外科では極めて危険な状況となる.出血を来した場合肺動脈の中枢を確保する必要がある.この際に必要なことは心嚢内解剖である.心嚢内の解剖は右と左で異なり,左の方が血管確保が困難であることはよく知られている.左肺動脈中枢の部位は米国の教科書に“artery of sorrow”と呼ばれているとの記載があるが,この部分の血管損傷で失われた患者の数が計り知れないことに由来する.単なる血管処理とは異なり特に出血後に確保することは極めて困難である.また,中枢の確保ができても末梢肺動脈からのback bleedingはかなりの量となり,しばしばコントロールに苦慮する.肺静脈損傷の場合は中枢の確保はすなわち左心房ということになりこの際にも心嚢内の血管解剖が極めて重要となる.こうした専門的な知識は小児心臓外科を修練した小児外科医以外では対応が困難だと思われる.ここにも呼吸器外科医のサポートが必要な理由がある.
成人の肺切除では喫煙者の肺と非喫煙者の肺とでは難易度が相当に異なる.喫煙者の肺は脆く,前述の気管支動脈も発達し,出血量がかさむことが多い.肺癌を例にとれば,扁平上皮癌はほとんど全てにおいて喫煙者に発生し,腺癌の場合は非喫煙者に多く発生するのであるが,扁平上皮癌に対する手術と腺癌に対する手術では難易度が前者が高く,後者は易しい場合が多い.小児外科の肺切除では喫煙者に発生する肺気腫や,間質性肺炎という病態は無いものの一部の炎症を伴った肺病変の手術では発達した気管支動脈の処理が必要となる.気管支動脈の走行も右と左で異なり,いくつかのパターンに分かれるのであるがその走行パターンを想定した手術が肝要となる.
III.小児外科における成長に対する配慮
言うまでも無いことであるが成人外科と決定的に異なるのはその後の成長である.成人外科で行う手術では,仮に身長と体重が同じ患者でもその後の成長に対する配慮は不要である.成長を加味した場合は皮切の長さや方向,位置に配慮が必要であり,その侵襲性にも配慮が必要となる.多くの場合成人外科に比べて身体のサイズが小さいためにより,繊細な手術手技が必要となる.この点は成人を対象とする呼吸器外科では余り論点にならない点であり,小児外科医に負うところが大である.また小児外科の疾患には成人外科と比して良性疾患がおおく,つまりはその予後が手術手技に直結するという状況となる.成人外科では手術が如何に旨く運んでも悪性腫瘍の程度によっては遠隔転移で失うこともある.その後の人生が数十年に及ぶ患児に対する手術となり,時にその人生を左右する手術ということになろう.成長過程にある患者に対する手術ということは手術が定型化しにくいということにも繋がる.ある程度のworking spaceが必要な手術であればある一定の大きさの患児で無ければ適応できないことになる.
IV.家族との関係
呼吸器外科において手術適応を設定する場合,患者の耐術能,特に心肺機能,疾患の状況,悪性腫瘍であれば病期に加えて,居住環境や,家族の状況,特にお一人暮らしであるかどうかなどを考慮することが多い.例えば日本の建築法では5階までの居住環境であればエレベータが必須とされていないのであり,重度の喫煙者がエレベータやエスカレーターがない環境で5階に住んでいるといった状況であれば術後に帰宅できないことも想定される訳である.この場合,あえて縮小切除を適応することもある.こうした配慮は患者サイドとしては極めて重要であり,外来診療における最重要ポイントといって過言では無い.小児外科ではこうした状況のうえに家族への配慮が必要となる.成人に比べて治療方針の決定に家族が関与する割合が計り知れないほど大きい.治療決定プロセスに関しては,成人患者の場合,通常は患者本人が主な決定者となるが,小児の場合は家族(主に両親)が中心となる.小児外科では,「家族中心のケア」という概念が重要視されるが,これは,治療の決定や術後のケアにおいて,家族の理解と協力が治療の成功に大きく影響するという考え方である.そのため,小児外科では家族に対する心理的サポートがより重要になり,成人外科に比べて,この面でのケアがより手厚くなる傾向がある.
V.小児外科における呼吸器外科医の役割
総論として呼吸器疾患は高度に専門化された分野であり,呼吸器外科医の専門知識を活用することで,より適切な治療が可能になる可能性が高い.また呼吸器外科医は長期的な観点からの呼吸機能の予測に関して経験が多く,特に肺切除をともなう手術適応に関して助言をすることが可能となる.一方で,先天性横隔膜ヘルニア,先天性嚢胞性腺腫様奇形(congenital cystic adenomatoid malformation:CCAM),気管食道瘻,肺分画症,先天性肺気道奇形などの疾患は成人ではあまりみられず,小児外科医の技量と経験が必要不可欠となる.手術適応を決定する際の家族への配慮などはすでに述べたように小児外科医による経験が大きくものをいう.いずれにしても手術適応,手術,術後管理,その後の長期的な観点でのフォローなどにおいて小児外科医と呼吸器外科医の密接な連携が必要であり,それにより高度な治療が展開できる可能性が高まる.
VI.少子化と小児外科
日本の少子化は,出生率の低下と人口の高齢化を特徴とする深刻な社会問題であり,2022年の出生数は約77万人で,過去最低を記録した.労働力人口の減少,社会保障制度への圧力,経済成長の鈍化などの懸念があり,ひいては学校の統廃合,地方の過疎化,高齢者の介護問題などが顕在化している.このような日本の少子化という状況を考慮すると,小児外科には以下のような影響が考えられる.患者数の減少により,小児外科医の経験を積む機会が減少する可能性がある.これにより専門医の育成と維持が大きな課題となる可能性がある.患者数の減少に伴い,医療資源の集約化を余儀なくされ,小児外科を提供する施設の集約化が進む可能性がある.これにより,高度な医療を効率的に提供できる一方で,地方での医療アクセスが課題となる可能性がある.また,限られた症例数の中で,より効果的な治療を行うために,小児外科医と呼吸器専門医を含む他の専門医との連携がさらに重要になる可能性がある.少子化に伴いこどもの価値があがり,家族への配慮がより重要となる可能性もあろう.
VII.十分な症例数を見込めない手術の質をどう担保するかという論点
小児外科自体が症例数減少という状況に直面することで施設の集約化が必要となる状況を予想されるがすでに述べたように日本の地形を考慮した場合地方での医療アクセスが極めて困難となる可能性がある.引き続き議論が必要な論点であるが,今回のテーマである小児呼吸器疾患に対する外科手術に関しては集約化をいち早く進める必要があるかもしれない.呼吸器外科という領域は扱う血管の太さや血流量を考慮した場合,他の領域とは一線を画す領域であるともいえる.特殊な環境での手術となり,相応の技術と経験が求められる.手術適応に関しても縦隔の大血管,肺門,肺内,そして心嚢内などの胸腔内解剖の詳細な知識無くしては設定困難となる.小児呼吸器外科の症例数は極めて少ないことからその手術の質を担保するために必要なことはまずは小児外科医と呼吸器外科医などの他の専門医との密接協力であり,限られた症例からも最大限の学習と経験を得ることが必要となる.実際の症例が少ない場合でも,仮想現実や拡張現実などを応用したシミュレーショントレーニングも必要となろう.今後の展開によっては長期的には国際的な協調をもって,情報交換を行い,継続的な教育を行うことも視野に入ると思われる.これらにより,限られた症例数でも高い質の医療を維持することが可能となる.
VIII.おわりに
小児呼吸器外科の手術は極めて特殊な環境で行われる高度な技術を要する手術である.術中合併症,特に大量出血などの予防が極めて重要となり,そのためには胸腔内の詳細な解剖の知識と経験が不可欠となる.こうした状況に必要なことは小児外科医と呼吸器外科医との密接な協力関係となる.更に重要なことは小児外科医としての経験と協力関係にある呼吸器外科医の経験である.その相乗効果が極めて重要であり,どちらが欠けても高い質の手術を提供することは困難となろう.こうした状況を考慮した場合,小児外科医の経験症例数とともにその施設の呼吸器外科医の経験症例数をも加味したうえでの施設の集約化が必要となろう.少子化が問題となるであろう日本の小児外科において少ない症例数で高度な手術を提供できるような教育システムの構築も,国際協調も含めて検討する必要がある.
利益相反
役員・顧問職:株式会社ソラセンテス
株:株式会社ソラセンテス
講演料など:インテュイティブサージカル合同会社、株式会社ジョンソン・エンド・ジョンソン(エチコン事業部)
奨学(奨励)寄附金:医療法人財団松圓会
PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。