[書誌情報] [全文HTML] [全文PDF] (633KB) [全文PDFのみ会員限定][検索結果へ戻る]

日外会誌. 126(1): 1, 2025

項目選択

Editorial

海外での手術経験

帝京大学医学部 外科学講座

深川 剛生



このページのトップへ戻る


 
私の専門分野である胃癌は元々わが国での症例が多く,先達の努力のおかげで胃癌についての研究・手術は日本が世界をリードしてきた.現在でも胃癌に関する多くの学術論文で,日本の胃癌治療ガイドラインあるいは胃癌取扱い規約に準じているという記載を目にすることができる.わが国における標準術式であるD2リンパ節郭清は現在では世界標準でもあるが,1980年代以降,国立がんセンター中央病院の丸山圭一先生,笹子三津留先生,佐野武先生,片井均先生が世界中で日本式の手術を行いD2リンパ節郭清の効果と安全な施行について啓蒙に努められた.当時国立がんセンター中央病院には海外から多くの見学医が訪れていた関係で,若手スタッフであった私にも海外での手術依頼が舞い込んできた.その場合,日本人助手が同行することはなく,現地の外科医と手術を行った.またあらかじめ症例の詳細が知らされているわけではなく,前日に現地で画像チェックをした.日本式のD2リンパ節郭清をやって見せるわけなので,基本的には普段国立がんセンター中央病院で行っている通りの手術を心掛けた.ただし安全第一に手術を終えることに集中したため,無事手術が終了した際には大きな安堵感を感じたものである.術翌日には必ず回診に訪れ,ドレーン排液をチェックした.
ロシアではモスクワ,サンクトペテルブルグ,イルクーツク(バイカル湖畔の地方都市)で手術を行った.いずれも大きな国立病院・市のがんセンターで郊外の森の中にある.大病院ではあるが殺風景で決して入院環境が良いとは言えない.外科部長室で翌日の手術症例について話をしていると,数人の患者がまとまって部屋に入ってきて「明日はどれにする?」みたいな話になって驚いた.患者の権利などという次元の話ではないような印象を受けた.入院食も,硬そうな黒パンとバケツに入ったシチューの配給であった.一緒に手術に入る外科医もいろいろで,中東の陸軍病院でのキャリアが長く,癌手術のことは全く理解していないベテラン外科医との手術は大変だった.そもそも英語が通じるわけではなく,器械出しの看護師には指二本を開くサインでハサミを出してもらったりした.しかし手術が進んでいくにつれ私が何をやりたいかがわかってくるようになると笑顔も出るようになり手術自体は徐々にスムーズになるのが常であった.キューバのハバナで食道胃接合部癌の手術をした際には,食道浸潤が長く経横隔膜的にかなり深い手術になった.普段使っている通針食道鉗子がないため食道を切離する前にまつり縫いをかけるなどの工夫をした.怪しげな超音波凝固切開装置は途中で火花が出て使えなくなった.各国での手術中に大変だったエピソードには事欠かないが,キューバでは女医がすごく気の利いた助手をしてくれて,とても上手だった.マレーシアのクアラルンプールでの助手は6年目の若手外科医だったが,一つ一つの手技が丁寧で,疾患についてもよく理解されていて,大変優秀だったため,その後国立がんセンター中央病院に研修に来てもらった.今頃当地でバリバリやっているだろうか.
海外で手術を行い日本の優れた外科技術を広めるということは今後のわが国の若手外科医にもぜひやってもらいたいと思いここに紹介させていただくこととした.

 
利益相反:なし

このページのトップへ戻る


PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。