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日外会誌. 125(6): 573-575, 2024

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定期学術集会特別企画記録

第124回日本外科学会定期学術集会特別企画(1)「がん診療拠点病院とは―がん診療の均てん化を考える―」

3.がん診療連携拠点病院における外科医の展望~行政と医療現場,双方の立場から~

済生会熊本病院 外科

清住 雄希

(2024年4月18日受付)



キーワード
がん対策基本法, がん対策推進基本計画, がん診療連携拠点病院, 外科医

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I.はじめに
筆者は,地域がん診療連携拠点病院で勤務する卒後16年目の消化器外科医である.これまで外科医として多くの患者の診療に携わる中で,特にがん治療において外科医の果たすべき役割の重要性を痛感してきた.地域においては,まだまだ外科医が化学療法,緩和ケアなどを含む集学的治療の中心的役割を担うシチュエーションが多く,求められる役割は手術だけに止まらない.こうした中で,筆者は後期研修を終えた数年後,若手外科医としての成長期に,厚生労働省の人事交流制度を通じて医系技官として勤務する機会を得た.同世代の医師達が手術の研鑽を積み,学位取得を目指して研究を進める状況に大きな焦りを覚えながらも,行政に携わったこの期間は,外科医としての視点だけでなく,医療政策に対する理解を深める貴重な2年間となった.現在,外科医としての職務を遂行する中で,医療現場と政策の両方を理解することが,患者の全人的なニーズに応えるための包括的な視点を持つ上で非常に有益であったと感じている.本稿では行政と医療現場,双方の立場からの経験をもとに考察した内容を述べる.

II.わが国のがん対策
日本において,がんは死因の第1位であり,約2人に1人が罹患するという重大な疾患であることから,国としての対策はますます重要性を増している.平成18年にがん対策基本法が成立し,これを基にがん対策推進基本計画(以下,「基本計画」という)が策定され,5年または6年ごとに新たな内容を盛り込むなど,定期的に施策が見直されてきた.筆者は2015年度から2年間,第3期基本計画の策定や拠点病院に関する会議などの担当技官を務めた.当時の基本計画から現在まで,がん対策の3本柱として「がん予防」「がん医療」「がんとの共生」という分野別の目標が定められている.具体的には,「がん予防」ではがん検診による早期発見・早期治療の促進によってがん罹患率・がん死亡率の減少を目指すこと,「がん医療」では,高度化するがん医療の提供や,がんの特性に応じた医療の均てん化・集約化を進めることで生存率向上,がん死亡率減少に寄与すること,そして「がんとの共生」では,がん患者やその家族が地域社会で必要な支援を受け,療養生活の質向上を目指すことなどが示されている.現在は第4期基本計画として「誰一人取り残さないがん対策を推進し,全ての国民とがんの克服を目指す」という強力な全体目標が掲げられ,引き続き必要な政策が進められている.

III.がん対策におけるがん診療連携拠点病院の役割
こうした中で,特に「がん医療」と「がんとの共生」の分野において非常に大きな役割を担っているのが,がん診療連携拠点病院(以下,「拠点病院」という)である.拠点病院は平成14年から,「地域がん診療拠点病院」の名称で指定が開始され,その時々のニーズに応じて様々な機能を備えてきた.拠点病院は,がん政策が直接的に反映される医療機関であると同時に,がん医療を提供する現場そのものであり,がん対策の根幹と言っても過言ではない.実際,がん対策の大きな方針を決定する「がん対策推進協議会」や,がん治療に関連する各分野の代表者,がん患者の代表者,地方自治体の代表者などから構成される「がん診療提供体制のあり方に関する検討会」などの会議において,患者側のニーズや医療現場からの問題意識を吸い上げ,拠点病院の機能として反映するという方策が数多く取られている.これらの経緯から,拠点病院として指定されるために満たすべき要件として,手術件数や化学療法,放射線治療の実施,緩和ケアチームの設置や専門医の専従化,キャンサーボードの開催などの臨床的な要件のみならず,療養生活などの問題にもワンストップで対応する「がん相談支援センター」の設置が必須とされている.さらに,がん登録などの疫学的な政策や,希少がん対策などに必要な病院間連携を推進する役割も求められている.

IV.患者のニーズと政策
さて,これらの政策は,実際の医療現場においてどのように機能しているのであろうか.まず,がん治療については,「がん医療の均てん化」を目標に,手術や化学療法,放射線治療などがそれぞれ高度化する中,地域間での明らかな不均衡を避け,全国で均等に提供することを目指して,二次医療圏を中心に政策が展開されてきた.また,治療以外の問題についても,患者のニーズに応じた対策を地域で適切に提供するために,特に政策的な介入が実施されている.このプロセスを円滑に進めるために,がん対策に関する会議に必ず患者の代表者が委員として参加し,方針を決定する議論に加わることによって,たとえば,拠点病院のがん相談支援センターに,妊孕性温存や罹患する年代に関わる課題,就労支援,仕事と治療の両立支援などの社会的な問題に対応可能な体制を整えることが求められてきた.そして,これらの体制が拠点病院を通じて全国的に整備されるという仕組みが取られている.

V.外科医における政策の認知度
これまで述べたように,わが国のがん対策は,患者や現場のニーズを繊細に吸い上げながら確実に体制整備が進められてきた.一方で,政策の医療現場への浸透,という点についてはどうだろうか.外科医を含む医療従事者は非常に勤勉であり,治療に関して最新のガイドラインや最先端の技術を学び,常に知識をアップデートしていることから,提供される医療の地域格差は非常に小さいと推察される.しかし,政策の策定と実施の間に生じる認識の差異が原因で,同じ病院内でも適切な部署や配置された人材に患者がアクセスできていないなど,医療サービスの質に差が生じている可能性が懸念される.
今回,第124回日本外科学会定期学術集会において,拠点病院に関する企画が実施されることを受け,筆者は拠点病院の外科医を対象に,拠点病院の制度設計や指定要件の認知度に関する簡便なアンケート調査を行った.アンケート結果から,拠点病院という指定制度が存在することについては多くの医師が認識していたが,指定要件を詳しく把握している医師や,内容を詳細に読んだことがあるという医師はごく一部にとどまっていた.また,管理的立場の医師の方が,若手医師よりも認知度が高い傾向がみられた.
今回のアンケートで得られたように,現場の医師による認知度が不十分という結果はある程度予測しており,また,筆者自身も一度政策に関わった経験がなければ,果たして政策に興味を持つ機会があっただろうかと改めて考えさせられる機会となった.医療現場への政策の浸透については,まだまだ多くの課題が残されていると感じた次第であった.

VI.おわりに
日本のがん対策におけるがん診療連携拠点病院について,行政と医療従事者の双方の立場から考察を行った.超高齢化社会であるわが国では,医療計画や地域医療構想といった大きな枠組みの中でがん治療のあり方を検討しなければならないであろうし,医師の働き方改革など,劇的に変化する社会情勢にも対応した政策が求められるであろう.多忙な業務の中で外科医が政策に着目することは非常に困難であるが,現場の医療従事者もがん対策を含む医療政策の重要性を理解することが,医療の質向上につながると信じ,政策を共有する機会を模索し続けたい.

 
利益相反:なし

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