日外会誌. 125(6): 570-572, 2024
定期学術集会特別企画記録
第124回日本外科学会定期学術集会特別企画(1)「がん診療拠点病院とは―がん診療の均てん化を考える―」
2.外科医も知るべきがん診療連携拠点病院,全人的ながん治療医を目指して
名古屋大学医学部附属病院 消化器・腫瘍外科 栗本 景介 , 小寺 泰弘 (2024年4月18日受付) |
キーワード
がん医療の「均てん化」, がん対策推進基本計画, がん診療連携拠点病院
I.はじめに
2001年,国民がその日常の生活圏域の中で全人的な質の高いがん医療を受けることができる体制を確保する観点から,がん診療連携拠点病院(以下,「がん拠点病院」という)の制度が新設され,約23年の歴史を刻んできた.多くの外科医が「がん拠点」という言葉を耳にしたことはあるだろう.一方で,がん拠点病院に求められる要件を知っている,さらには,近年改訂された内容を知っている外科医は,ほぼ皆無ではないだろうか.私自身も厚生労働省に勤務するまでは同じような状況であった.
II.「がん拠点病院」とその要件を満たす意味
がん拠点病院は,全国どこでも質の高いがん医療を提供することができるよう,がん医療の「均てん化」を目指して,各都道府県において整備されている.
この「均てん化」が日本におけるがん医療政策の重要なキーワードとなっている.国立がん研究センター「がん情報サービス」1)によれば,均てん化(均霑化)とは,もともとは「生物がひとしく雨露の恵みにうるおうように」という意味で,がん医療における「均てん化」は,「全国どこでもがんの標準的な専門医療を受けられるよう,医療技術等の格差の是正を図ること」を指している.従って,均てん化を目指すために制度化されたがん拠点病院に求められる要件は,現時点でがん医療を行う中心的な病院が満たすべき標準点,ないしは手の届く範囲の目標点を示しているとも考えられる.
III.がん拠点病院の要件の決定プロセスと主な内容
これらの要件は,閣議決定されたがん対策推進基本計画に基づき,専門家や患者団体等が参画した検討会で議論を行い決定される.通常,厚生労働省健康局長通知で示され,この通知は「整備指針」と呼ばれる.最新の整備指針(令和4年8月1日付け健発0801第16号厚生労働省健康局長通知)2)をみてみると,私たちの最も重要な武器である「手術」をはじめ,「放射線」,「薬物療法」の3大治療法,これらは狭義の「がん治療」(以下,「がん治療」という)とも言い換えられるが,この「がん治療」に関する記載は少ない.例えば,ほとんどのがん拠点病院は,「地域がん診療連携拠点病院」となるが,同指針の「Ⅱ 地域がん診療連携拠点病院の指定要件について」をみてみると,およそ11ページ,11,800字のうち,「手術」という言葉は,表題部分を含め,わずかに7回しか出てこない.
これは,けっして,がん治療が軽視されているわけではない.わが国におけるがん対策の考え方のベースとなるがん対策推進基本計画,その第4期(現行)3)の全体目標は,「誰一人取り残さないがん対策を推進し,全ての国民とがんの克服を目指す」であり,全体目標を達成するために設定された分野別目標では「適切な医療を受けられる体制を充実させることで,がん生存率の向上・がん死亡率の減少・全てのがん患者およびその家族等の療養生活の質の向上を目指す」ことが掲げられている.当然,がん治療の発展なくしては生存率向上,死亡率減少を実現することは困難であり,がん治療が重要であることは間違いない.
では,がん拠点病院には何を求められているのか?その要件の多くは緩和ケア,がん相談,妊孕性の温存,地域の病院との連携といった,がん治療とともに,われわれ,がんの診療に携わる医療者が取り組むべき課題で占めている.われわれ,外科医も含め全てのがん診療に携わる医師が,がん治療以外の,がん診療を取り巻く多くの諸課題に目を向ける必要があるということだ.
IV.令和4年8月の整備指針改定で印象に残った点
令和4年8月1日付で,がん拠点病院の整備指針改定が行われた.その中で,私が個人的に印象的であった4点をご紹介させて頂く.
① 中心的な役割を担う都道府県がん拠点病院だけでなく,地域がん拠点病院も,当該地域のがん診療の質向上のため,都道府県協議会に積極的に参画することを求めた.
② 「診療機能」の項目において,「集学的治療」の中に薬物療法,放射線治療と並んで手術療法が記載され,独立した「手術療法」等の項目がなくなり,がん治療部分の記載がシンプルになった.
③ 緩和ケアチームの立ち位置の変更.これまでは,がん患者に対し適切な緩和ケアを提供するために存在した緩和ケアチームであるが,今後は「がん診療に携わる全ての診療従事者の対応能力を向上させることが必要であり,これを支援する」ことを求めた.
④ がん相談支援センターをがん患者・家族に周知するため,外来初診時から治療開始までを目処に,必ず一度はがん相談支援センターを紹介,訪問を促すことを求めた.
V.名古屋大学医学部附属病院におけるがん拠点病院に関する調査
がん拠点病院における一つの課題として,がん拠点病院で働く医療従事者ががん拠点病院について,自身の勤める病院について理解が乏しいという点が指摘されている.これについて,当院の職員におけるがん拠点病院に関連した各項目についての認知度,取り組み具合を調査した.調査当日に出勤した消化器外科医,乳腺外科医,小児科医,産婦人科医計67人と,看護部長等管理者,病棟・外来・化学療法室に勤務する看護師計41人を対象とし,選択式質問紙で行った.今回の調査で,下記の点が明らかとなった.
① 妊孕性温存,緩和ケア,ACP,AYA世代に関する医師の認知度は比較的高かった.
しかし,ACPの実施率はまだ低かった.
② 当院が,地域がん拠点病院であることを知っている者の割合は少なく,また,がん拠点病院として求められているものが何であるか知らない医療従事者が多い.
③ 医師,特に消化器外科医は,がん相談・アピアランスについての知識が不足しており,患者に適切な対応ができていない.
④ 緩和ケアに関しては,「毎回相談する」と答えた医療従事者が多く,自身で対応しようとする意識が低い.
⑤ 就学就労支援に関しては,消化器外科医や看護師で理解が不足していた.
おそらく,このような状況は当院に限ったものではないと思われる.がん診療を行う上で,がん拠点病院として求められていることをしっかりと再確認し,病院ごとに課題を整理し,対応していくことが必要と考えられた.
VI.おわりに
がん対策推進基本計画およびがん拠点病院の整備指針は,医療の専門家だけでなく,患者・がんサバイバーが参画して策定される.これらに記載され求められていることは,患者やその経験者たちの多くが,がん診療の中で不安に思ったこと,改善して欲しいと思っていることが反映されたものである.われわれ,外科医も,がん拠点病院の整備指針を一読し,目の前にいるがん患者に寄り添ったがん診療を行っていかなければならない.
利益相反:なし
PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。