日外会誌. 125(6): 563-566, 2024
印象記
第141回ドイツ外科学会参加記
阪和記念病院消化器外科,京都大学肝胆膵・移植外科 奥野 将之 |
I.はじめに
この度,日本外科学会国際委員会よりドイツ外科学会とのexchange travelerに選出いただき,第141回ドイツ外科学会(DCK2024)に参加および発表の機会を頂戴しました.ここに感謝の意を込めて謹んで報告させていただきます.なお,選出いただいたのは2019年で当初はDCK2020に出席予定でしたが,COVID-19が猛威を振るい始めたところであったため学会自体が中止となり,今回4年越しでの参加となりました.
II.第141回ドイツ外科学会(DCK2024)
第141回ドイツ外科学会はドイツのライプツィヒにて2024年4月24日から26日の期間で,Cologne University HospitalのChristiane J. Bruns教授を会長として開催されました.例年,ドイツ外科学会はベルリンとミュンヘンで1年おきに交互に開催されているようですが,今回は会場の都合によりベルリン近郊のライプツィヒにて開催されることとなったと伺いました.ライプツィヒはベルリンから高速鉄道(ICE)で約1時間15分の距離にあり,東西ドイツ分断時代は旧東ドイツに属していました.日本人にはあまりなじみの無い都市だと思われますが,バッハやメンデルスゾーンをはじめとする名だたる音楽家たちが活動したことから,音楽の街とも呼ばれています(図1).また,ライプツィヒ大学はゲーテやニーチェ,メルケル元首相,日本人では森鴎外が学んだ歴史ある大学とのことです.旧市街にはヨーロッパらしい歴史的建物と石畳の道が広がる綺麗な街並みが残されている一方で,近代的な路面電車(トラム)網が発達しており,私の宿泊していたホテルの目の前の駅から乗り換えなしで学会会場のCongress Center Leipzigまで行くことができました.ライプツィヒはメッセ(見本市)の発祥の地ということで,学会会場のCongress Center Leipzigは現在でも見本市が開催されている巨大なLeipziger Messeに併設されていました(図2).初日は学会会場までトラムで移動しましたが,車内には学会参加者とおぼしきスーツ姿の人々はほとんど乗車しておらず,本当に会場にたどり着けるのか不安でありました.しかし会場に到着してみると半数くらいの参加者がジーンズなどの普段着であり,学生と思われる参加者が多数いることも印象的でした.
私は1日目の午前に“Hepatozelluläres Karzinom:Alles klarnach BCLC Empfehlungen? (英文タイトルHepatocellular carcinoma: All clear according to BCLC recommendations?)”のセッションで発表の機会を頂戴しました.“Conversion surgery for initially unresectable hepatocellular carcinoma: The Japanese experience”というタイトルで,切除不能進行肝細胞癌に対するレンバチニブ投与後のconversion切除の治療成績,アテゾリズマブ+ベバシズマブ療法後のconversion切除の治療経験と展望および現在本邦で進行中の切除不能肝細胞癌に対する多施設共同前向き臨床試験(RACB試験)について報告いたしました.座長からは切除可能肝細胞癌に対する術前療法の今後の展望について質問をいただきました.同じセッションでは私以外にも複数の発表があり,ドイツの肝細胞癌に対する外科治療の現状や考え方を知ることができると楽しみにしていたのですが,どの発表もスライド・発表言語ともドイツ語であり,内容の理解は極めて困難であったのが残念でありました.また,発表内容はいずれも総論的なものであり,個別の研究結果の報告などはありませんでしたが,これについては事前にDCK digitalとして事前にオンラインでの学会も開催されており,個別の研究発表の多くはすでにDCK digitalで発表されているとのことでした.
2日目の午前にはドイツ外科学会と日本外科学会のジョイントセッションが,ドイツ外科学会からは会頭のBruns教授およびLudwig Maximilians University of MunichのJens Werner教授,日本外科学会からは東北大学の亀井尚教授および金沢大学の稲木紀幸教授が座長を務められて開催されました(図3).ドイツ外科学会からはBruns教授がAcademic Surgical Oncologyというタイトルで主に食道癌と膵癌に対する手術を中心とした集学的治療と個別化治療について発表されました.日本外科学会からは長崎大学の江口晋教授がProgress on AI utilization in Surgeryというタイトルで外科領域におけるAIの有用性と現在進行中の研究について,東京医科歯科大学の絹笠祐介教授がCurrent status of robotic colorectal cancer surgery in Japanというタイトルで特に低位直腸癌に対するロボット支援下側方郭清の手技についてそれぞれ発表されました.朝8時開始にもかかわらず多くの聴衆が参加されており,多くの質問が飛び交う活発なセッションとなりました.2日目の夕には他会場で開かれましたInternational ReceptionおよびSocial Eveningに招待していただき,ドイツ外科学会の先生方と交流することができ,貴重な経験となりました.また,2日目はドイツの大学を卒業されてそのままドイツで外科医となり,現在はベルリンのVivantes Neukölln Hospitalで勤務されている榊暁夫先生とお会いし,ドイツの外科の現状や日本との違いなどを直接お聞きすることができました.
ドイツ外科学会では常時12会場で同時にセッションが進行しており,そのうち1会場のみが常に英語でのセッション,その他会場はすべてスライドも含めてドイツ語でのセッションでありました.よってドイツ語の理解できない海外からの参加者はほぼ自動的に1会場に縛られることになってしまい,その他多くの有意義なセッションには参加できません.これはドイツでも問題点として認識されているものの,英語化はなかなか進んでいないとのことでした.現在,日本消化器外科学会や日本肝胆膵外科学会などの外科系学会の学術集会ではスライドや発表言語の英語化が進められております.これについては様々な意見がありますが,国際的臨床試験の増加や国内で完結する臨床試験の海外発信の必要性(いわゆるガラパゴス化の回避の必要性)を鑑みますと,海外からの参加者の招待およびこれに伴う学術集会の英語化は本邦でも避けられないのでは無いかと感じました.
また,ドイツでは臨床・研究のみならず,sustainable development goals (SDGs),女性医師を中心とした働き方(改革),卒前・卒後教育などがかなり重視されていることが印象的でした.例えばロボット手術の発表の際には,ロボット手術では腹腔鏡下手術に比較して10倍(5倍?)のCO2が排出されるがそれでもロボット手術を行うのか,といった日本人にはなかなか無い視点からの質問がされていました.教育では,学会に多くの学生が参加しており,学生向けのハンズオンなどのプログラムが充実している印象がありました.また,卒後教育においても指導医と研修医の関係性の中で行う教育のみならず,プログラムに基づいた系統的な教育を行うことが必要であると考えられているようでした.これらは本年の第124回日本外科学会定期学術集会でもトピックスとして取り上げられている問題でもあり,特にSDGsについては日独を中心として国際的に取り組んでいくべき課題であると感じられました.
III.おわりに
この度,日本外科学会からexchange travelerとしてドイツ外科学会に参加させていただきました.これまでに諸先生方が築いてこられた日独外科学会の交流の深さ・歴史を改めて感じることができましたとともに,これからもこの関係を継続していく必要があると強く感じました.このような貴重な機会を頂戴しまして池田徳彦前理事長・湊谷謙司国際委員長をはじめとした日本外科学会の先生方,学会参加に際してご助力いただきました日本外科学会事務局の皆様に深く感謝申し上げます.また,選出頂いた当時の京都大学肝胆膵・移植外科教授 上本伸二先生,長年ご指導頂いております現教授の波多野悦朗先生,前任地でご指導頂きました兵庫医科大学肝胆膵外科 廣野誠子主任教授,ならびに人手不足のなかで温かく送り出して頂きました現勤務先の阪和記念病院消化器外科の先生方に心より感謝申し上げます.今回の経験を生かして今後の外科学の発展,後進の育成,国際交流に尽力いたします.
利益相反:なし
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