日外会誌. 125(6): 539-540, 2024
会員のための企画
医療訴訟事例から学ぶ(141)
―二重瞼形成手術において医師の過失が否定された事例―
1) 順天堂大学病院 管理学 岩井 完1)2) , 山本 宗孝1) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1) |
キーワード
二重瞼形成手術, 切開法, 手技上の過失, 説明義務
【本事例から得られる教訓】
患者に術前の説明をする際に,問診票の裏面などに図や説明を補記する例が時折見受けられる.しかし,裏面への記載は,改ざん(後日に追記した等)を疑われるリスクもあるため,正式な説明同意文書等に記載するようにしたい.
1.本事例の概要(注1)
今回は,美容医療(二重瞼形成術)に関する事例である.外科医も顔面等の治療にあたる機会もあり得ると思われ,また,本事例は患者への説明方法について参考になる点があるため紹介する次第である.
平成30年12月6日,患者(30歳・男性)は,本件診療所(以下,「診療所」)を受診した.両眼の瞼を一重から二重にしたい旨を相談し,A医師に対し,二重瞼形成の施術メニューである埋没法(10万円),部分切開法(15万円)および切開法(23万円)の中から切開法を希望し,手術を受けたことが周囲に明らかにならないような,奥二重気味の自然な二重瞼にしたい旨を述べた.
A医師は,患者に対し,問診票の裏に手書きで図を描いて示しながら,本件手術について,以下の①~④のような説明を行った.
① 切開部位がくぼむような傷跡が縫合箇所に残る.
② 瞼の皮膚が加齢によりたるみが生じている等の理由で瞼縁(睫毛の生え際)と切開線との距離が広くなっている場合には,切開線の皮膚を切除することになるが,切開線の始点・終点に皮膚の余りによる膨らみ(ドッグイヤー)が生じないように端から端まで皮膚を切開する必要がある.
③ しかし,患者には皮膚のたるみがみられないため,皮膚を切除する必要がなく,切開幅が短ければ短いほど傷跡を小さく目立ちにくくすることができるため,切開幅を,問診票の裏に記載した図に示した青線の長さ程度に抑えても,二重瞼が十分に形成可能である.
④ 本件手術後には腫れが残り,目立たなくなるまでは2,3週間程度が必要である.その後3カ月程度は腫れが気になることが多いが,次第に腫れは収まっていく.
平成30年12月20日,患者は保険手術を受けるための承諾書に署名し,A医師が二重瞼形成手術(本件手術)を実施し,1週間後の12月27日に抜糸した.
しかし患者は,本件手術の結果について,二重瞼の外観が左右非対称になったなどの不満を抱くに至った.
2.本件の争点
本件における主な争点は主に二つある.一つ目は,手技上の過失の有無であり,患者は本件手術の結果について,二重瞼の外観が左右非対称になった,右瞼上に傷跡が残ったなどと主張し,A医師に手技上の過失があると主張した.
もう一つの争点は,説明義務違反の有無であり,患者は,切開する具体的な部位や切開する幅,切開後の傷跡の状態の見込みなどについて説明を受けていないと主張した.
3.裁判所の判断
裁判所は,二重瞼の形成術にあたり,左右瞼の外観を完全な対称の形にするのは困難であると述べ,二重瞼形成術について手技上の過失が認められるためには,少なくとも,同手術により形成された左右瞼の外観が,一般人から見て,対称性について違和感をもつ程度に至っていると認められることが必要であるとした.しかし本件においては,患者の容貌を撮影した写真をみると,本件手術により形成された患者の左右瞼の外観は,一般人から見て,対称性について違和感をもつ程度に至っていると認められないとして,手技上の過失を否定した.右瞼上の傷跡についても裁判所は同様の判断方法を示し,一般人から見て,傷跡は違和感をもつ程度に目立っているとは言えないとして手技上の過失を否定した.
次に,裁判所は,説明義務違反の有無につき,A医師が法廷で証言した内容は,問診票の裏に記載された図(客観的証拠)に沿うもので,内容に不自然な点もなく,また患者も,これらの図の内,青い丸で囲んだ図は覚えていると供述していることから,A医師の証言は信用できるとして,A医師が証言通りに(つまり,上記の「1.本事例の概要」の①~④の通りに)説明したと認定し,説明義務違反はないとした.
4.本事例から学ぶべき点
本稿では,A医師の患者への説明について,教訓になる点があると考えるため,この点について補足したい.
A医師は,患者に術前の説明をするにあたり,問診票の裏に図を書いて丁寧に説明しており,その図が,A医師の説明した内容を立証する重要な証拠となった.患者への説明内容や痕跡を紙面に残す重要性は,以前にも紹介させていただいたところである(注2).
しかし筆者としては,A医師の対応について一歩進めた検討をさせて頂き,注意喚起をしたい.本事例では,確かに問診票の裏の図が非常に重要な証拠となったが,記載された場所は,正式な説明同意文書でも診療録の記載欄でもなく,問診票の「裏面」であった.「裏面」の記載となると,記載した正確な時期が不明確となり,患者側から「後から書いたのではないか.」という疑いを持たれかねない.本事例では,患者が法廷において,問診票の裏に描かれた図の内,「青い丸で囲んだ図については覚えている」と供述し,争ってこなかったため,裁判所も,問診票の裏の図は術前の説明の際に描かれたものと認定したが,もし患者が,問診票の裏の図など知らないと述べていれば,少なくとも立証のハードルは上がっていたと思われる.
筆者も,問診票の裏に記載された内容を裁判で証拠として提出した経験を有している.医師としては,患者にできるだけわかりやすく説明したいという思いから,その場にある紙面の裏面などを使用し図示して患者に説明することはあり得ると思われる.しかしやはり問診票の裏面は,本来は文字や図を記載することは予定されていないため,改ざん(後日追記)を疑われるリスクが残る.
患者に説明した内容や痕跡を紙面に残すことは非常に重要であるが,できる限り正式な説明同意文書等に記載したい.もし,問診票の裏などを使用した場合には,電子カルテにその日のうちに問診票の表裏両面のデータを取り込んでおく等の工夫も考えられよう.
利益相反:なし
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