日外会誌. 125(6): 534-538, 2024
会員のための企画
異種移植の臨床応用を目指すための日本における課題
鹿児島大学 先端科学研究推進センター生命科学動物実験ユニット大動物研究推進部門 佐原 寿史 |
キーワード
異種移植, 遺伝子改変ブタ, 指定病原体フリー, 前臨床移植実験, レギュラトリーサイエンス
I.はじめに
臓器移植は末期臓器不全に対する根治的治療手段として世界的に定着した医療であるが,国際的に見ても慢性的なドナー不足は最大の問題となっている.特に日本におけるドナー数は0.62人/人口100万人と,米国の1.5%(41.9人)に限られ(IRODaT Worldwide Actual Deceased Organ Donors 2021),不透明な海外渡航移植など社会的問題の誘因となっている.
これに対し,ブタをドナーとする異種移植はドナー不足の究極の解決策となり得るが,ブタと霊長類間の免疫,凝固,炎症反応の制御が課題となる.近年の遺伝子改変技術の進歩に伴い,異種抗原が除去され,ヒトの補体・凝固・炎症抑制タンパクなどを発現する遺伝子改変ブタが作出されている.さらに免疫抑制療法の改良により,非ヒト霊長類への異種心臓で8カ月以上1),腎臓で1年以上2)
3)の長期生着が得られるようになった.これを受けて,2022年1月に米国で,10種類の遺伝子改変ブタ心臓が心臓病患者に移植され,2カ月間機能した4).これにより,異種移植が臓器不足解消の現実的な選択肢となることが強く認識され,異種移植の臨床応用への機運が国際的に急速に高まっている.本稿では,世界における異種移植の現状について概要を説明するとともに,筆者が研究班代表を務める日本医療研究開発機構(AMED)の研究課題である「移植医療への応用を想定した動物由来臓器の品質・有効性・安全性評価法に関する研究開発」をもとに,日本における異種移植の臨床応用までの道のりについて考察する.
II.世界における異種臓器移植の現状
米国では他の治療の選択肢がないと判断された末期臓器不全患者に対して,いわゆるコンパッショネートユース(compassionate use)としての異種移植がこれまでに心臓で2例,腎臓で2例が実施されている.
心臓移植はメリーランド大学で2022年1月と2023年9月に実施された.ドナーブタとして,United Therapeutics社の子会社であるRevivicor社が開発したブタが使用された.このブタは,3種類の異種抗原(Gal抗原,NeuGc抗原,Sda抗原)のノックアウト(TKO),補体制御因子(hCD46,hCD55)や凝固制御因子(TBM,EPCR),抗炎症因子(HO-1,CD47)の導入,および成長ホルモン受容体をノックアウト(GHRKO)した合計10個の遺伝子が編集されたものである(10GE).移植後60日および40日で移植心の不可逆的な損傷が確認されたが,特に前者では,グラフト内の潜伏性ブタサイトメガロウイルスの活性化による炎症反応や,低グロブリン血症に対処するために投与した免疫グロブリン(IVIG)製剤の内皮への結合による内皮障害がグラフト機能不全の誘因と考えられた5).
腎臓移植は,マサチューセッツ総合病院(2024年3月)とニューヨーク大学(2024年4月)で実施された6).前者ではeGenesis社が開発したTKOおよび遺伝子導入(hCD46,hCD55,TBM,EPCR,HO-1,CD47,A20)に加え,ブタ内在性レトロウイルス(PERV)をノックアウトしたブタが使用され,後者ではGal抗原ノックアウトのみのブタが使用された.前者のケースでは移植腎に関連しない原因で術後52日後に患者が死亡し,後者のケースでは術後40日で移植腎機能不全が発生した(詳細は未発表).
さらに,compassionate use以外にも,ドナーとして適さないと判断された脳死患者に対して試験的な腎臓7)
8)や心臓9),肝臓移植などが米国や中国で実施されている.日本では法的にも実施不可能だが,非ヒト霊長類では評価できない薬剤の使用や臨床使用を想定した薬剤プロトコールの評価が可能である.しかし,脳死状態にあるため炎症や凝固機能が亢進していること,長期観察が困難なこと,さらに高額な費用がかかるなどの課題が多い.
これらのヒトへの移植は参考所見とはなるものの,米国食品医薬品局(FDA)は,ヒトへの異種移植臨床試験(IND)を検討する際には,同じ遺伝子組改変ブタと免疫抑制療法を使用したGLPレベルでの霊長類への移植実験で,安全性と有効性を評価する必要があることを示している.上述のRevivicor社の10GEブタを用いたヒヒへの腎臓移植では,FDA未承認であるが異種移植に必須とされるCD40/CD154経路をブロック10)する抗CD40抗体の使用によって,一貫して半年以上の長期生着を得ただけでなく,抗CD40抗体を使用しないカルシニューリン阻害剤を基本とする免疫抑制療法も有効である可能性が示されており3),今後これらの知見を基にした臨床試験が計画されるものと考えられる.
III.日本におけるブタとサル間の前臨床移植実験
異種移植で使用される免疫抑制療法や移植臓器の保存法は,臨床医療で用いられる標準的な手法とは異なる部分がある.そのため,遺伝子改変ブタから非ヒト霊長類(カニクイザル)への移植実験を通じて,手術手技や保存法,免疫抑制療法,移植前後の免疫応答をスクリーニングする方法を評価し,標準化することが必要となる.国際異種移植学会では,臨床で異種移植を行うためには,最低半年間の同所性移植での生着が得られるような遺伝子改変ブタと移植チームが必要であるというコンセンサスが得られていることからも,日本で前臨床実験を進めることは必須となる.
2024年2月には,eGenesis社から輸入した遺伝子改変ブタ細胞を体細胞核移植技術によって,クローンブタの生産に成功したが,最適な遺伝子改変ブタの種類については結論が出ていない.これまでに開発された遺伝子改変ブタは多岐にわたっており11),今後異種移植に用いる国産遺伝子改変ブタの開発にも期待が持たれる.
IV.ブタ由来の感染症を効果的に制御し監視する体制の整備
異種移植の場合,ブタ臓器由来の感染症がレシピエントにも感染することが最大の懸念材料といえる.そのため,指定病原体が排除された指定病原体フリー(DPF)ブタを用いる必要がある.国や地域によって排除すべき病原体の対象は異なるが12),日本では厚生労働省が2016年に定めた「異種移植の実施に伴う公衆衛生上の感染症問題に関する指針」(以後,“異種移植の指針”と記載)で規定されている.これらの対象病原体の検査法として,日本では高感度のPCR検査系が確立されている13).加えて,ブタのゲノムにはPERVの配列が挿入されているため,日本の“異種移植の指針”でも,PERV感染の危険性を完全に排除できないとしており,ブタドナーにおけるPERVゲノムと感染性ウイルスの存在状況を確認するよう求められている.PERVはPCRで正確に検査できないため,製品の品質や安全性を担保するためのPERVを中心とする指定病原体の検査法を確立し,管理体制を標準化することは必須の課題である.
また,次世代シーケンサーを使った網羅的な検査法の開発,血液を用いた抗体検査や血液以外の検体を用いて不顕性感染を適切に評価する手法の開発も必要となる14).さらに,日本において真に必要な排除すべき指定病原体のリスト作成,適切な検査時期,遺伝子改変による予期せぬ感染性リスクの評価,遺伝子改変ブタを用いた移植で発生しうる感染症,特に発症が懸念されるブタウイルス感染症の治療薬に関する最新知見の収集の検討も必要である15).
V.感染症制御体制下における遺伝子改変ブタの作出と使用
ドナーとなるブタ由来の感染症を制御するためには,DPFブタを用いる必要がある.DPFブタの生産方法としては,国際的には大規模なDPFブタの生産施設が建設されているが,日本独自の方法として,DPFブタを1頭ずつ個別のアイソレーションチャンバー内で飼育する子宮全摘-単離飼育法(U-iR)が提唱されている16).この方法は,経胎盤感染し得る病原体を持たない特定病原体(SPF)が排除された妊娠母豚から外科的に子宮を摘出し,無菌アイソレーター内で子宮から出産直前の胎仔を取り出し,その後,育成用の個別アイソレーター内でDPF産仔を必要な期間飼育する方法である.
DPFブタをヒトへ移植する体制をシミュレートした場合,ブタ生産施設で清潔に臓器を摘出し,単純冷却浸漬保存して病院に届ける方法が考えられる.DPFを維持しやすい利点がある一方で,ブタ生産施設に医療現場と同様の臓器摘出施設を整備する必要性が生じる.また,ブタ臓器は一般的に虚血に弱いとされるため3),臓器保存によるブタドナー臓器の質の低下が懸念され,日本では未導入である機械灌流保存法など特殊なシステムの導入が必要となる可能性がある.またブタを移植病院近辺まで移送し(移植病院内に動物を搬入することは現実的ではない),虚血時間を最短にする試みにも,新たに臓器摘出施設を整備する必要がある.今後,ドナーとなる動物の生産から飼育,動物臓器を摘出,さらに実際に臓器が患者に移植されるまでの全過程をシミュレートしたうえで,感染を制御する体制の整備が必要となる.
VI.異種移植の対象となりうる患者群の特徴
海外と日本で医療背景が大きく異なるため,わが国における異種移植の対象となりうる患者群を正確に同定する必要がある.
異種腎移植の適応となる患者として,臨床同種腎移植において感作歴(輸血・妊娠・移植歴)等により,免疫学的見地から移植の機会が非常に限られ,日本で同種腎移植を受ける機会がほぼない腎移植待機患者が考えられる.しかし,この患者の数は,諸外国と脱感作療法の日本における保険適応の違いや,これらの患者が腎移植を受ける機会がないため,実際の症例数が明らかではない.特に,日本の献腎移植システムでは,登録患者に対して事前にHLA抗体スクリーニングを実施していないという課題も残されている.これらの点から,日本において同種免疫学的ハイリスクのため腎移植適応外となり,異種腎移植の適応となりうる患者割合を明らかにするための取り組みが必要である.
異種心臓移植の適応となる患者としては,左室補助循環装置(LVAD)でも救命できない心不全患者が想定される.LVADは心臓移植までの橋渡しとして,あるいは心臓移植の代替治療として非常に重要であり,成績も良好である.しかし,重症右心不全を合併した症例の予後は極めて不良である.また,拘束型心筋症や肥大型心筋症など,左心室の拡張障害を伴う心不全では,LVADの治療が困難で適応されない.このような患者は異種移植の適応患者になりうると考えられる17).
VII.遺伝子改変動物由来臓器の臨床応用に向けた指針
日本では,遺伝子改変のない異種動物からの細胞移植を想定した“異種移植の指針”は定められているものの,遺伝子改変動物由来臓器の使用に関する指針は存在しない.遺伝子改変動物由来の臓器を患者に適用する際は,品質・安全性の確保のため,最終製品である臓器へのウイルス等の感染因子の混入防止,免疫原性の評価,ドナー動物の飼育管理,遺伝子改変動物胚の製造管理・品質管理などが求められる.これらの課題を検討するためには,国際的な規制調和を前提とするレギュラトリーサイエンスのもとで,評価要件や規制要件を整理し,品質,有効性,安全性に関する評価系の開発と評価技術の標準化を図る必要がある.
国内における遺伝子改変動物由来臓器の薬事上に関する位置づけは,本稿執筆時点では定まっていない.しかし,ヒトを対象とする移植医療に使用することを目的とし,遺伝子改変という人為的加工が施された細胞を含むことから,医薬品医療機器等法(薬機法)で定められる再生医療等製品の一類型である動物細胞加工製品とみなされる可能性が高いと考えられる.加工動物細胞を含む製品の品質・安全性・有効性の評価においては,「細胞・組織利用医薬品等の取扱い及び使用に関する基本的考え方」や厚生労働省が定める「生物由来原料基準」が根幹的な指針となり,ドナー動物のPERVを含めた細菌,真菌,ウイルス等による汚染の回避が最重要課題となる.このため,動物の受入段階や飼育管理時に実施する試験や検査について,あらかじめ項目および適格性を判断する基準の設定が求められる.病原微生物その他疾病の原因となるものの汚染を防ぐための必要な措置の実施,ウイルス感染リスクの検証,その他の必要な事項の確認,あるいはドナー動物に対する動物福祉の精神に基づく倫理的な妥当性も求められる.しかし,生物由来原料基準は異種由来の細胞から生産される抗体医薬等を想定しており,臓器そのものを製品として使用することは想定されていないこと自体が課題となる.
また,動物細胞加工製品はGCTP省令に基づき製造管理および品質管理の基準が適用されるが,臓器については,どの工程からが製造といえるのかを整理する必要がある.例えば,遺伝子改変されたブタ受精卵を起点とし,それをもとに生産されたブタが臓器摘出されるまでの品質試験,摘出した臓器に対する出荷試験,さらに出荷後の臓器が最終的に患者に届き移植される前に受入試験までをも必要とするのか,といった点が挙げられる.
細胞とは異なり同一性の担保が困難である遺伝子改変動物由来臓器の製造(生産)管理・品質管理の基準,製造(生産)施設の基準,ドナー動物や製品(移植臓器)の品質規格・特性解析については,ドナー動物の種,遺伝子操作の内容,使用臓器などによって様々に異なると考えられる.そのため,特定の条件を具体的に想定した上でリスク分析を行い,品質・規格・試験法や製造(生産)方法を評価する指標を作成することも検討すべきである.
VIII.おわりに
異種臓器移植は国際的にも急速に注目を集めている.日本における今後の研究を通じて,遺伝子改変ブタの生産・管理体制や病原体検査法の標準化,遺伝子改変ブタを用いる際の品質・安全性を明確にすることが重要である.さらに,非ヒト霊長類を用いた移植実験は,臨床応用への道筋を明確にするためにも必須である.これらの取り組みによって,高水準の異種移植実施体制を構築し,異種移植への期待に応えるとともに,医療の向上に寄与したいと考える.
利益相反
研究費:社会医療法人白光会白石病院,特定非営利活動法人医用ミニブタ研究所
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