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日外会誌. 125(6): 527-532, 2024

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特集

小児心臓外科医の育成

8.若手医師の目指すもの

自治医科大学とちぎ子ども医療センター 小児・先天性心臓血管外科

岡 徳彦

内容要旨
わが国における小児心臓外科医育成については,これまで多くの問題が指摘されてきたものの,明確な対応がされてこなかった.小児心臓外科医を目指す若者のほとんどは強い意志とモチベーションをもってこの世界に飛び込んでくる.しかし確固たる育成方法が確立されてないが故,ただでさえ厳しい道のりである小児心臓外科医を目指す若手医師のモチベーションが途中で低下し,優秀な若者が道を諦めるケースも数多くみられた.また,確立されたプログラムのもとでの研修を求め,海外臨床留学を目指し,その資格を取得するために多くの費用と時間を費やすものもいる.
今年に入り,日本小児循環器学会を中心にした育成プログラムが導入された.このような学会主導のプログラムの導入は,公正で透明性のある評価基準を確立し,修練医が適切に指導されることを目的とした初めての試みである.これにより,将来的に各施設間での教育内容や評価方法のばらつきを抑え,全国規模での小児心臓外科医の育成を安定的に行う仕組みが整備される可能性がある.
この項では若手医師が目指すものに対して,われわれ指導者がこれまでどう対応し,何が問題で,今後どうあるべきかを,若手医師からの意見を参考に考察する.

キーワード
育成プログラム, 小児心臓外科, トレーニング, 目標

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I.はじめに
多くの小児心臓外科医を志す若手医師が目指すものは,一般病院の部長職にせよ,大学教授などのアカデミックポジションにせよ,最終的には子供たちの命を救うアテンディングサージャン,チーフサージャンになることではなかろうか.では,どうすればそこにたどり着けるのか?われわれは若手医師からのその質問に対してこれまで明確に答えることができてきたであろうか.
小児心臓手術では難易度の高い数多くの術式を習得する必要があるだけでなく,きめ細やかな術後管理も重要であり,伝統的にわが国ではそれを外科医が担ってきた.そのため手術業務以外に多くのマンパワーと長時間労働を必要とする.これらを若手・中堅レベルの外科医が担うことで,欧米と比べ施設あたりの平均症例数が少ないわが国でも良好な手術成績をあげてきたのである.しかし時代とともに“厳しい”,“きつい”,“帰れない”仕事は敬遠されるようになり,興味を示す学生や研修医はいるものの,実際に自分の仕事として小児心臓外科医を志す若者は減少している.術後管理や助手の役割を務める若者が次第に不足し,一人当たりの負担もますます増え,中堅層からの脱落者の増加につながることも懸念されている.これらの次世代を担う小児心臓外科医を目指す若手・中堅層の減少は以前から認識されていたものの,これまで具体的な解決策は提示されてこなかった.
またわが国における小児心臓外科医育成は各施設の方針に任されており,そのプログラムや評価方法は施設間で大きく異なっている.そのなかで一定以上の資質を持ち,努力により必要なトレーニングを終え,なおかつアテンディングサージャン交代のタイミングなど運にも恵まれたものだけが術者としてこれまで生き残ってきた.しかしながら各術者の受けてきたトレーニングの内容には当然ばらつきがあり,各施設での手術成績はその術者に大きく依存してしまうこととなる.またトレーニングを受ける修練医の立場からすると,統一されたプログラムや評価法がないために自分が現状どのレベルにあり,どんな努力をすればいいのかはっきりせず,上司から公平に評価されているか疑心暗鬼に陥ってしまう.このような状況が小児心臓外科医を目指す若手・中堅層の減少に拍車をかけていることは疑いの余地もなく,このままではわが国における小児心臓外科領域は近い将来崩壊してしまうであろう.
この現状を受け,日本胸部外科学会,日本心臓血管外科学会,日本小児循環器学会からの「先天性心疾患の手術を行う施設の集約化(地域拠点化)に関する提言」が発表され,その中で安全で良質な先天性心疾患の外科医療を継続的に提供するための次世代医療者育成の必要性が挙げられている.この提言に基づき,昨年,日本小児循環器学会が初めて学会主導による「小児心臓血管外科医生涯育成プログラム」を発表した.本プログラムでは
・ 小児心臓外科医を志す若手に自分の立ち位置の確認と目標を明確に与え,技術を客観的かつ公平に評価し,修練のモチベーションを保たせる.
・ 現在の施設で実現可能な努力目標としての「レベル認定制」を制定する.
・ 育成プログラムを制定することで各施設における若手育成の環境を整える.
・ 以上により次世代につながる優秀な小児心臓血管外科医を学会主導で育成する.
ことを目標に掲げている.また本プログラムでは小児心臓血管外科医を志す外科医に明確な目標と公平かつ客観的な評価法が初めて具体的に示された.
これまでに多くの小児心臓外科医志望の医学生や初期研修医,あるいは修練中の若手医師と接し,話を聞く機会を持たせていただいた.それぞれが小児心臓外科に魅力を感じ,やる気を持ってこの道に飛び込んでくるわけであるが,ほぼ例外なくその長い道のりの途中で果たしてこのままでいいのか悩む時期が必ずやってくるようである.これまでの若者との対話や自分自身の経験から,若者がわが国で小児心臓外科医を目指す際に直面する問題があることに気付かされてきた.この項ではそれらの問題点をあげ,新たに始まる小児心臓血管外科医生涯育成プログラムによる解決の可能性を含め私見を述べる.

II.どこでトレーニングすべきか
小児心臓外科志望の医学生,初期研修医がまず直面する悩みである.医局に入ってトレーニングするのか,こども病院を含む一般病院で修練をスタートするのか最初に決定しなければならないが,実際のトレーニングはその医局や病院の指導者の方針により大きなばらつきがあった.ネットを通じた情報収集や,短期間の病院見学では十分な情報を得られず,実際に修練を始めてから自分の期待との相違に気がつき,思い描いたトレーニングを受けられず悩むケースも少なくないようである.その一方で,強い意志と明確な目標を立てながら修練に臨んでいる若者は,万が一期待とは違った環境に飛び込んだとしても,自らその環境を変える,または同じ環境に属しながら国内外での留学などをきっかけとしてその状況を打破することにより着実に力をつけていくこともあるようだ.育成プログラムが安定して運用されることで,施設間でのトレーニングの差が少なくなれば,施設によらずある程度一定のトレーニングを受けることができ,この問題も解決される可能性がある.

III.どうトレーニングすべきか
最初に門を叩いた場所が,こども病院を含む一般病院であれ,大学病院であれ,最終的に目指すものはアテンディング,その先のチーフポジションであろう.才能に恵まれていれば,最初に飛び込んだ環境で上司から見出され,執刀医や第一助手の機会などアテンディングサージャンやチーフとなるべきプロセスが次々と与えられ,自然とステップアップできるかもしれない.それほど症例数の多くない小,中規模施設にいても,非凡な才能を見出され,若いうちから集中的にチャンスを与えられることでその施設だけで修練が完結し,チーフポジションを得て,その後も安定して良好な手術成績を残す外科医もいるであろう.しかし多くの場合は,一定以上の資質と,必要な技術を身につけることができるハイボリュームセンターでの修練時期を含んだ複数施設にまたがる経験がアテンディングサージャンになる上で必要となる.明確な教育プログラムがなかったこれまでは,運に恵まれるか,やる気のある若者が自らその機会を模索し,つかみ取るほかなかった.国内には欧米並みのハイボリュームセンターが少ないため,多くの若者が海外へその機会を求め,本来なら必要のない免許の取得や語学試験のために膨大な費用と時間を費やさざるを得なかった.それでも,結局は志半ばで海外での修練を諦めたり,資格を得て臨床に携わっても十分な経験を得られず,帰国後脱落するものも少なくない.国内の数少ないハイボリューム施設で研修する機会に恵まれた若者も,そこには多くのライバルが存在する.執刀の機会を得るまでには基準が不明瞭で過酷な競争を勝ち抜かなければならず,なんとか基本的な術式の執刀機会を得た後も,不明瞭な基準ゆえに,どうすれば次のステップに進めるのかはっきりせず,不安や不満はいつまでも消えることはなかった.この問題点に関しても,育成プログラムには客観的な評価基準とともに各レベルで習得すべき術式が記載されていることから,各自が学ぶべき術式や,どうして次のステップに進めないのかなどを知ることができ,ある程度不安や不満が軽減されることが期待できる.

IV.上司との価値観の違い
厳しい競争を勝ち抜いてきたという自負のある“昔ながらの上司”は手取り足取り指導することを好まず,いわゆる“見て学べ”などという時代錯誤の指導をしがちである.小児心臓外科手術は術野が小さく,しかも内視鏡やロボット手術のようにカメラで視野を共有することができない.また吻合の細かさや手術の種類が多いことも相まってリアルタイムの指導が難しいのは事実である.しかし上手にならないのは“手術を見てないから”だとか,“普段の机の上での練習が足りないから”と全くチャンスも与えないで結論づけるのは大きな間違いである.また細かな術後管理を要し,外科医が中心となってそれを行ってきた時代は“上司より早く帰らない”,“ベッドサイドから片時も離れてはいけない”,“重症患者がいるときは何日でも病院に泊まり込んで当たり前”,“家庭は顧みない”,などなど今では笑い話のような習慣が横行していたが,そのような悪習が未だに残っている施設もあるようだ.このような現在の価値観とは大きくかけ離れた古典的な指導を続けていれば今の若者に敬遠されることは火を見るより明らかである.育成プログラムでは具体的に経験すべき術式や,手技に対する評価法が記載されている.また他者によるビデオを用いた客観的評価,修練医から指導医への逆評価も行われることから,育成プログラムをきっかけに,指導者も若手修練医との価値観のずれを認識し,歩み寄る姿勢が求められるであろう.

V.不明瞭な評価方法
これもまた実際に修練を行っている多くの若手医師の悩みの一つであろう.自ら選択して所属先を決めてはいるものの,どのような上司に巡り合うかは運の要素も多い.わが国の多くの施設が,1人のアテンディングサージャンが手術を担当する小,中規模施設である.海外のように複数のアテンディングサージャンが所属し,それぞれが別個に修練医を評価するのとは違い,1人の主観による偏った評価になることもあるだろう.また明確なプログラムがないが故に,どのような基準で執刀や,第一助手の機会のチャンスが巡ってくるのかも不明瞭であり,修練医が正当に評価されていないと感じ不満を持つケースもあるようだ.育成プログラムでは指導者から修練医への評価だけでなく,内科医からの評価,ビデオによる客観的評価,修練医から指導医への逆評価も行われることから,ある程度客観的で公正な評価が期待できるであろう.

VI.修練期間の長さ
困難な道と知って門を叩いてくれた多くの優秀な小児心臓外科修練医たちが,必死に努力をしても,現状ではアテンディングサージャンとなるために十分な手術経験を積むのに(個人差が大きいものの)10年から15年くらいはかかっているように思う.学ぶべき術式の種類も多く,手術の結果が子供の生命に直結する小児心臓外科では他領域よりも長い修練期間を要することはやむを得ないであろう.明確な育成プログラムがなかったこれまでは,自分のレベルがどの段階にあるか不明瞭であるため,長いプロセスの途中で多くの若者が,不安に耐えられず挫折し,志半ばで去っていったのである.ポストが限られるにも関わらず,修練の入り口で志望者数を制限しない以上は,道半ばでの脱落者の存在は必然とも言える.せっかく小児心臓外科医を目指してこの道を志してくれたやる気のある若者を,ふるいにかけて数を絞っていくからにはプログラムに基づきテクニカル,ノンテクニカルスキルを含めた公正な評価を行い,どのレベルにいるのか認識させることで各自の不安を払拭し,目標を立ててトレーニングに集中できる環境を整えてあげることが,長い修練期間であってもそれを乗り越えていく上で重要である.

VII.ポストの少なさ
残念ながら育成プログラムにより解決できる問題ではなく,むしろ集約化により深刻化する可能性もある問題である.日本小児循環器学会からの提言にあるように,集約化によって次世代の育成に必要な施設あたりの症例数を増加させることで,より効率的な育成が可能となる.しかしその反面チーフポジションの数は当然減少することになってしまう.継続的にレベルの高い外科医を育成する上で集約化は不可欠であるとはいえ,すべての修練医が最終的にチーフに到達できる訳ではないことから,チーフをサポートするアテンディングサージャンを各施設に配置するなど,一定のポスト数を確保する方策を立てることで修練医のモチベーションを維持すべきであろう.

VIII.時間外労働の多さ
時間外労働の長さに関しては,欧米のシステムと同様に集中治療医に術後管理を委ねていくしかないであろう.“小児集中治療医の確保と育成”は,「先天性心疾患の手術を行う施設の集約化(地域拠点化)に関する提言」のなかで,“手術症例数と人員配置”,“次世代医療人の育成”と並び解決すべき目標として挙げられている.術後の循環を的確に把握し,適正な管理を習得することは,小児心臓外科医に必要な修練であるが,集中治療医の協力を元に,手術以外の過度の負担を軽減することは若者の外科修練時間の確保,医師の働き方改革への対応のためにもさらに対策を進めていくべき重要な課題だと思われる.また施設の集約化が現実のものとなり,各施設に複数のアテンディングサージャンが存在することになれば,アテンディングサージャンも長期休暇が取得でき,24時間365日求められていたオンコール対応からも解放されることから,働き方改革への対応も十分可能となる.

IX.おわりに
育成プログラムにより小児心臓血管外科医を志す若者に明確な目標と公平かつ客観的な評価法が初めて具体的に示された.今後注視すべきは育成プログラムが医局や各施設独自の方針に阻まれることなく運用され,変更を加えながらより良い方向にブラッシュアップされていくかということである.また出身大学,年齢,性別などに関わらず,プログラムに沿った指導が各施設で履行されることも重要であろう.公正な評価に関しても,プログラムに明示されている修練医からの逆評価や指導医の定期的なモニタリングが確実に履行されることは特に重要であると考える.個人的には,複数施設を横断する育成プログラムを組むことも効果があると考える.それにより横断する施設間のpeer pressureが生じ,より公正な指導,評価が行われる可能性がある.
指導する側にとって重要なことは自分と今の若者の価値観に大きなずれがないか常に自ら顧みることであろう.逆に修練医にとっては,今後明確な基準が存在するが故に自らの置かれた現実をはっきりと突きつけられ,それを修練医自身が受け入れることを求められる.育成プログラムに沿った努力は当然のこと,ある程度時間を限った育成プログラムの履行も求められる.受動的にプログラムをこなすだけであれば,気力,体力ともに充実した年齢で独立した術者としてのレベルに達するのは難しい.なんとか時間をかけて到達できたとしても,それが外科医としてのピークを超えた年齢になってしまっては遅すぎるのである.一定の年齢になっても求められるレベルに到達しないものは,プログラムから外されることを受け入れる覚悟も必要である.
またこのような過酷なプログラムを経て,アテンディングサージャン,さらにはチーフサージャンとしてステップアップした暁にはそれなりのインセンティブが支払われるべきであろう.時間外労働が長いだけでなく,常に緊急対応に備えなければならず,子供の生命と直結し,両親の不安や期待と日々向き合うストレスの多い分野である.いくら育成プログラムを充実させても,チーフサージャンより残業の多い若手の方が給料がいいとか,修練の途中で小児心臓外科医をあきらめ,別の道を選んだ方が収入がむしろ良くなるなどという歪んだわが国の現状が続くのであれば,優秀な修練医であってもプログラムから簡単に離脱してしまうであろうし,海外でトレーニングの機会を得た者は,帰国せずに海外での残留を目指すであろう.
小児心臓外科はこれからの未来を担う大切な子供たちの命を救うことのできる魅力的な分野である.それに魅了された先人たちが,寸暇を惜しみ,血のにじむような努力と試行錯誤を積み重ねて,世界に誇れるさまざまな術式や周術期管理法を含む多くのものをわれわれに残してくださった.この大切な財産を次の世代に伝える責務がわれわれにはある.そのためにも,これからも小児心臓外科が若者にとって魅力的な分野であり,わが国の未来ある子供たちの命を守り続けてくれるように大切に育成していくことがわれわれの世代に課せられた使命だと思う.

 
利益相反:なし

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