日外会誌. 125(6): 516-521, 2024
特集
小児心臓外科医の育成
6.小児心臓血管外科の地域拠点化に向けて―岡山大学心臓血管外科の取り組み―
岡山大学 心臓血管外科 笠原 真悟 |
キーワード
小児心臓外科医, 岡山大学広域外科専門医プログラム, アカデミックサージャン, 中国・四国地方
I.はじめに
小児心臓血管外科領域に関して,地域の拠点化の整備が進められている.現況の教育体制,専門医制度,医局制度さらには地域医療の維持等があり,なかなか現実的に推進するためには解決すべき問題が山積している.一方で日本における先天性心疾患施設が,諸外国と比較して非常に多く,1施設あたりの症例数のばらつきが多いことで成績の均てん化にも影響していることが証明された1).このデータをもとに日本小児循環器学会の提言が提出された.われわれは地域拠点化を推進していくことで,小児心臓血管外科領域の成績の向上と,これに伴う若手育成を推進していかなければならない.全国での統一的な整備は重要であるが,地域拠点化については各地域や大学での取り組みを公開することがまず重要と考える.この点を考慮し,中四国地方の小児心臓血管外科の現状とアカデミアの立場から岡山大学心臓血管外科の現況と問題点につき論じたい.
II.中国・四国地方の現況
中国・四国地方は他の医療圏と比較して,東西に長い広域圏である.この圏内ではJCVSD参加は54施設である.そのうち先天性心疾患を標榜しているのは11施設であるが,複雑先天性心疾患を行っている施設は6施設に過ぎない.さらに教育機関として重要である大学医学部は,九つの国立大学と一つの私立大学があるが,大学で先天性心疾患外科手術を標榜しているのは4大学である.まとめると,中国・四国地方においては,複雑先天性心疾患に対応できる施設は6施設で,そのうち大学病院が4施設,一般病院(公立含む)は2施設である.この大学以外の病院においては,この中国・四国地方の大学が医師派遣を行っているため,この地域の大学医学部での協力体制を強固にすることで医療体制が構築できる可能性が高い.患者搬送においては,広域圏であるが,東西の移動は多くの公共交通網が整備されている.しかしながら南北領域には患者搬送において問題点も多く,ドクターヘリが迅速な患者移動の支援を行っている.このようにこの地域での小児心臓外科の育成や診療体制の拠点化を目指して,また大学での卒前教育も含めた取り組みは学閥を超えて行うことが重要であると考える.
III.岡山大学外科の取り組み
岡山大学では2010年より,消化器外科,呼吸器・乳腺内分泌外科,心臓血管外科の外科系3 教室が連携して外科マネージメントセンター(外科MC)を稼働し,外科全体として外科を目指す若手研修医の育成・サポートを行う体制を整備してきた.岡大プログラム(図1)は,この外科MC を基盤として作成されていることもあり,専攻医側も指導医側も大きな混乱を招くことなく新専門医制度を開始することができている.研修病院は,基幹施設である岡山大学病院を含む72施設からなり,中国四国地方から近畿地方まで,10府県に拡がる広域な医療圏をカバーしている.岡大プログラムでは,専門研修1・2 年目は連携施設A(豊富な症例を有する施設群)で症例経験を積み,3年目に6カ月ずつ基幹施設である岡山大学病院と連携施設B(主に地域医療を担う施設群)で研修を行うコースを「基本コース」としている.このコースの特徴は,専攻医が慣れ親しんだ初期研修病院でそのまま専門研修に移行することを可能にしている点である.これにより,専攻医は初期研修から専門研修へシームレスに移行することが可能となっており,また,広域プログラムの問題点である転居回数を最小限に抑えることができる点でも,専攻医にとって有意義であろうと考えている.今後ますますニーズの高まる地域医療の担い手として外科医の存在は非常に重要と考えている.そして,地域枠医師も大切な存在であり,外科医の立場から彼らに地域医療の重要性とやりがいを伝えるとともに,外科医としての十分な知識と技量を効率的に習得する場を提供する体制作りが必要と考え,「地域枠コース」の運用を開始している.さらに女性指導医を中心にGRAPES(グレープス)という組織を運営しており,結婚・妊娠・出産をはじめとする様々なライフイベントについて男女を問わず若手医師を柔軟にサポートしている.このような取り組みにより,岡山県のみならず他県の地域枠医師に対しても,岡大プログラムでの研修が各県の地域医療への貢献につながれば,われわれにとっても非常に有意義なことだと考えている.事実,この外科研修プログラムでの平成6年度の外科専攻医登録数全国2番目となり,われわれの活動が着実に成果を上げているといえる.心臓血管外科のこの岡山大学外科での立ち位置としては,この外科専攻医となった時点で,将来のサブスペシャルティとして心臓血管外科を目指す希望があれば,当科で修練施設のマネージメントを行うことになる.外科専攻医は研修期間内でのサブスペシャルティの変更に関しては,特に制限をされないので,この外科MCは自由な雰囲気のなかでのびのびと研修や将来設計ができる特徴がある.この外科全般の研修が,腹部臓器の解剖,胸部臓器の解剖を習熟できる重要な期間である.これが小児心臓外科の開胸,開腹アプローチによる治療に役立つことはいうまでもない.
IV.岡山大学心臓血管外科の取り組み
岡山大学心臓血管外科は先天性心疾患を中心に成人心臓(虚血,大血管,弁膜症),血管疾患,心不全(補助人工心臓など)を年間約700例の手術を行っている.同門施設は19施設あるが,そのうち先天性を行っている施設は大学病院を含めて四つの施設しかない.多くが成人心臓を含めた先天性以外の施設である.教育の根本は成人心臓および末梢血管の外科治療であるとの考えから,多くの若手医師はそれらを十分に習得していただく.専門医取得とともに,大学院への入学も必須事項として,アカデミックサージャンを目指している.その後に小児心臓外科専門施設への移動,さらには海外留学も若手育成のための重要なプログラムと位置付けている.
1.岡山大学心臓血管外科での学生教育
岡山大学医学部医学科の臨床実習を担当している.この臨床実習では『単に受け身ではなく,参加型と6年生が5年生を教えるチューター制を取る事により,身に付く記憶に残る教育』を心がけている.またできるだけ提出物を少なくし,実際の診療に指導医とともに従事する参加型の形態をとっている.具体的には当科の基本臨床実習は学生1人に指導医1人がつき指導にあたる.指導医は担当患者を割り当て,学生は指導医と一緒に担当患者の手術に第3助手として入り,翌日には手術内容を指導医と一緒に全体カンファレンスで報告する.術後は毎日担当患者の診察を行い,実習最終日の症例検討カンファレンスで経過を発表する.この症例検討カンファレンスは卒後,若手医師として最初に行う学会での症例報告を念頭においており,文献等による考察も含めて症例発表し,質疑応答の機会も設けている.このように,基本臨床実習では学生全員に外科医としての仕事を身近に感じてもらうよう努めている.続く5~6年次には「選択制臨床実習」があり,各医学生が希望する診療科を1カ月間ローテートする.選択制臨床実習では,基本臨床実習とは異なり心臓血管外科での実習を自らの意思で希望した学生が行うものであり,より専門的かつ実践的な内容になるように努めている.具体的には,初期臨床研修医に近い形で学生を扱い,手術に第3助手として参加するのに加え,病棟での患者管理を若手心臓血管外科修練医と一緒に行う.回診や外来などもできる限り参加し,心臓血管外科研修医としての勤務を体感してもらう.また希望者には当科関連施設での実習も行っており,市中病院ならではといった症例の経験ができるよう工夫している.また積極的な3Dモデルを用いた心臓解剖の理解を行っている.当科での選択制臨床実習希望者には当科への入局希望者も多く,知識を身につけるだけでなくモチベーションを上げる一助にもなっている.その他,当科に特徴的な学生教育としてハンガリーやドイツなど海外の大学とも提携して医学生の臨床実習を積極的に受け入れ,当大学の学生にも大いに語学学習や異文化交流の刺激が得られるようにしている.
2.初期研修医への教育
岡山大学病院で研修を行う初期研修医のうち,主に心臓血管外科志望の初期研修医および岡山大学広域外科専門プログラムに属する外科志望の研修医の教育を行う.当科での研修期間は1~3カ月間程度で,その間に外科専門医取得に必要な心臓大血管10例,末梢血管10例を助手として経験できるよう岡山大学広域外科専門プログラムの一つの領域として尽力している.実際に心臓手術には主に第2または3助手として参加し,皮膚縫合などに積極的に関わるようにしている.手術においては,人工心肺装置の組み立てを体外循環技師と一緒に行うことで,人工心肺や補助循環の基本を学ぶ様にしている(図2).手術以外では若手心臓血管外科修練医と一緒に病棟での患者管理を行い,カンファレンスや回診で積極的に症例提示を行い外科医としての基礎を身につける期間としている.当科入局者については,希望があれば岡山大学病院以外での初期臨床研修の実施も可能である.
3.後期研修医への教育
後期研修では,岡山大学広域外科専門プログラムに則り本格的に外科専門医取得のための研修を行う.この期間は主に外科専門医取得に必要な術者として120例経験することを目標に研修を進める.同時に志望科の専門研修も積極的に開始しており,多くの修練医は後期研修期間中に1年間は志望科での研修が可能となっている.心臓血管外科研修については,心臓・大血管手術については第2助手としての参加を中心とするが,難易度の低い症例では第一助手や術者も経験する.末梢血管手術は主に第一助手として参加し,内シャントの術者も経験する.また一般病棟での患者管理を主体的に行い,指導医と相談しながら周術期管理が円滑に行えることを目標とする.特に集中治療室での循環破綻における緊急補助循環(ECMO)の装着に際し,積極的に補助者として参加していただくことで,救急蘇生の基本を身につける様にしている.
4.卒後10年以内の若手医師に対する教育
外科専門医取得後は当科関連施設にて心臓血管外科専門医取得のための修練を継続する.当科は全国19関連施設で年間約5,000件の心臓血管手術を行っており,成人心臓外科,血管外科,小児心臓血管外科を広く網羅している.この強みを生かし修練医の希望に合わせた関連施設への派遣を行っている.また,希望者には大学院進学の道も用意している.昨年,大学院は岡山大学学術研究院医歯薬学域へと改組され,学術研究機関としての機能を一層強化させた.当科でも新たな人工血管や人工弁の開発,補助循環,心臓移植,マイクロダイアリシス,先天性心疾患の病態解明など,様々な心臓血管外科関連の研究を進めており,教官の指導のもと大学院生が日々研究に励んでいる.臨床研究では豊富な症例数をもとに新たなエビデンスを積極的に探究しており,国内外で学会発表も数多く行っている.当科の修練医および大学院生には積極的な学会発表および論文執筆を勧めており,指導医が日夜指導に当たっている.学位取得後は,海外留学の道も開けている.当科からはアメリカ,カナダ,ヨーロッパ各国,オーストラリア,ニュージーランドなど世界各地への研究および臨床留学経験があり,多くの当科出身の心臓外科医が海外でスタッフとして活躍している.その他にも定期的な勉強会やウェットラボによる手術トレーニングを行い,心臓血管外科専門医取得のためだけではなく当科の未来を背負う心臓血管外科医を育てるべく,指導医の知識や経験を若手修練医に伝える取り組みを積極的に行っている.
V.おわりに
小児心臓外科の育成においては,その基礎づくりが重要である.専門医の取得のみならず未来を担うアカデミックサージャンの育成に重点を置いている.このために,まずは外科MCでの一般外科の研修を行い外科医としての基礎づくりを行う.その後の専門医研修においては積極的な成人心臓および,血管外科の研修に参加することを必須としている.成人心臓や血管外科の知識や経験がない状況では,小児心臓外科医の育成が十分に行われない可能性があるからである.外科技術の習得とともに大学院での基礎研究を通して,常に探求を続けるアカデミックサージャンとしての自覚を身につけられると考える.これが,私たちが目標としているチームの姿であり,チーム一丸となって臨床・研究・教育に日々取り組んでいる.この思いを分かち合い,共に切磋琢磨できる若手小児心臓血管外科医,そして未来を担うアカデミックサージャンの育成を目指していきたい.
利益相反
奨学(奨励)寄附金:医療法人次田会足摺病院,医療法人伯鳳会赤穂中央病院,一般財団法人津山慈風会津山中央病院,社会医療法人三栄会ツカザキ病院,一般財団法人松山市民病院,医療法人社団岡山純心会,株式会社ジェイ・エム・エス,株式会社セブンケア
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