日外会誌. 125(6): 509-515, 2024
特集
小児心臓外科医の育成
5.小児心臓血管外科医生涯育成プログラム
福岡市立こども病院 心臓血管外科 中野 俊秀 |
キーワード
小児心臓血管外科, 育成プログラム, 日本小児循環器学会, 次世代育成委員会
I.はじめに
現在のわが国の先天性心疾患に対する外科治療成績は世界的に見ても非常に良好であり,複雑心奇形の救命率も安定して高い水準を保っている.しかしながら近年小児心臓血管外科医の減少が続く中で,この高度で良質な医療を今後も継続的に供給するためには次世代の小児心臓血管外科医の育成が急務であるという認識から,日本小児循環器学会では次世代育成委員会において育成プログラムを作成し2024年4月より運用を開始した.この育成プログラムの目的は小児心臓外科医を志す若手外科医に自分の立ち位置の確認と目標を明確に与え,技術を客観的かつ公平に評価し,修練のモチベーションを保たせることであり,専門医制度とは異なり手術の難易度に応じた「レベル認定制」を制定することで段階的に修練を重ねていくシステムを構築した.また,本育成プログラムは外科医としてのテクニカルスキルのみならず,ノンテクニカルスキルの育成も組み入れた包括的な若手育成プログラムとなっている.さらにこの育成プログラムを実施することで,各施設における若手外科医育成の環境を整えることも大きな狙いの一つである.これにより次世代につながる優秀な小児心臓血管外科医を学会主導で育成することを目的としている.
(このプログラムは各人の手術技能クオリティー評価のためのものであり,各人の認定レベル以上の手術を制限するものではない.)
II.育成プログラム
(1)概要
本育成プログラムへの参加は任意であり,施設登録,指導医登録,および修練医登録の条件(表1)を満たせば申請可能である.プログラムに参加する修練医が目標とする手術技能レベルを4段階に分け(表2),修練医は育成指導医の指導を受けながら段階的に各レベルの手術技能を習得する(図1).本育成プログラムでは各条件を満たせば修練医は今現在勤務している施設においていつでも参加,開始できるものとしている.2024年2月より修練施設申請と育成指導医申請が開始され,これまでに全国61の施設とその代表育成指導医の登録が終了している.これに引き続き4月より修練医登録を開始しており,申請は随時受け付け,登録完了者からプログラム運用を開始している.本育成プログラムの詳細(規則,実施要項)は日本小児循環器学会ホームページ上にて公開している.
(2)術前ブリーフィングと術後デブリーフィング
修練医の術者としての自主性と積極性を養い,また自己の手術における問題点を客観的かつ明確に判断する能力を身に着け,自己の技術向上のための目標設定と努力を促すことを目標に,次に示す術前ブリーフィングと術後のデブリーフィングを毎回行うことを必須とする.
<術前ブリーフィング>
• 対象患者の疾患と特有の問題点について.
• 手術適応について.
• 予定術式の選択について.
• 術中の注意点について.
• 当該術式において前回の反省点.
<術後デブリーフィング>
• 何がうまくいったか.
• 何がうまくいかなかったか?
• 次回執刀に向けての改善点はなにか?
• 次回執刀までに行うべきこと.
(3)育成指導医による総合評価
育成指導医は自身が指導的助手として指導した修練医執刀の手術に対して,手術終了時に4段階評価(A.完全に独立して手術ができた,B.部分的な指導のもと手術ができた,C.指導がなければ手術は完遂しなかった(主要手技の多くの部分で指導が必要であった),D.指導によっても手術を完遂できなかった)でその手術の「総合評価」を行う.
(4)手術クオリティー評価
修練医が行った手術に対する公平かつ客観的な評価法として,Boston小児病院のtechnical performance score1)
2)を参考に,本育成プログラム用の「手術クオリティー評価基準」を作成した(表3).この手術クオリティー評価は患者の退院時,または術後30日(前後)での内科医によるエコー評価で行う.各「subprocedure」についてClass 1からClass 3の3段階評価を記入し,総合的な手術クオリティー評価は全てClass 1であればその手術症例はClass 1,一つでもClass 2があればその手術症例はClass 2となる.
(5)各レベル取得のための手術実績
各レベルの認定を得るために必要な手術実績を以下に定める.申請レベル内の各術式について,1)手術終了時の育成指導医による「総合評価」B以上で,かつ2)手術クオリティー評価Class 1の症例を「良好な手術」と定め,各レベル認定申請に必要な最低必要数と各レベルにおける最低必要総数(表4)を満たすものとする.
(6)手術ビデオ判定
各レベル申請時に修練医の手術技能の客観的評価として指定の術式のビデオを提出する.ビデオ評価は各術式ごとの評価項目を設けており,委員会指定の評価者2名による評価を各評価項目に対して規定の評価方法(A:全く問題なくできている,B:やや不安だが問題はない,C:不安がある,D:できていない)に従い行う.
(7)育成指導医による評価
修練医の各レベル認定申請時に,当該レベルの指定術式全体に対する評価として育成指導医が行う.評価項目は1)対象疾患の理解,2)術前準備,3)手術室における手技と操作,リーダーシップ,コミュニケーション力,トラブルシューティング力,4)術後管理,5)術後フィードバックの5項目で,各項目を3段階評価(A:優れている,B:標準的,C:できていない)で行う.
(8)内科医による評価
修練医の各レベル認定申請時に,当該レベルの指定術式全体に対する評価として施設の内科代表医が行う.評価項目は1)コミュニケーション能力,2)周術期管理能力,3)疾患に対する理解力および患者の予後に対する理解力の3項目で,各項目を3段階評価(A:優れている,B:標準的,C:できていない)で行う.
(9)レベル認定の申請と認定基準
修練医は各レベル認定申請時に以下の項目をそろえて申請する.
1)必要な手術実績(育成指導医による「総合評価」B以上+手術クオリティー評価Class 1を得た症例が各術式の最低必要数およびレベル内最低必要経験数を満たしていること).
2)ビデオ評価でD判定がないこと,またはC判定が二つ以上ないこと.
3)「育成指導者からの評価」と「小児循環器医からの評価」でC判定がないこと.
以上の条件を全て満たせばそのレベルの認定とする.
(10)指導医が指導できる術式について
本育成プログラムにおいて育成指導医が修練医を指導できる術式は以下のとおりとする.
1)自身がクリアしているレベル全体の術式
(修練医であっても,育成プログラム指導医の条件を満たしていれば,自身が認定を受けたレベルの術式全体においては指導医として若手修練医の指導,評価ができる)(*これはAdvanced-1以上で可とする).
2)自身がクリアした特定の術式
(例:Advanced-2トレーニング中でもbil.PABの単独の認定条件をクリアしたらbil.PABについては若手を育成指導できる)(*この制度はAdvanced-2以上の術式に適応する).
(11)プログラム委員会による定期モニタリング
図2に本育成プログラムの構成図をしめす.
1)育成指導医による修練医に対する定期評価
指導医は6カ月ごとに修練医に対する評価を提出する.評価は以下に示す5項目に対して2段階評価(A:できている,B:努力が必要)で行う.評価にBが多い時は報告書の自由記載欄にコメントの記入をする.
<評価項目>
1.術前ブリーフィングにおいて手術手技の選択と要点および注意点につき理解している
2.手術中の手技や戦略について理解している
3.術後デブリーフィングにおいて手術全般に対する術後の客観的自己評価ができている
4.周術期管理を含めた適切な患者ケアを行っている
5.自主的かつ積極的な姿勢で手術手技の習得に励んでいる
2)修練医による育成指導医の逆評価
修練医は6カ月ごとに修練進捗状況を報告する.また同時に指導医に対する評価を提出する.評価は以下に示す7項目に対して4段階評価(A:非常に満足している,B:概ね満足している,C:あまり満足していない,D:全く満足していない)で行う.評価にDがあるときは報告書の自由記載欄にコメントの記入を必須とする.
<評価項目>
1)術前準備として,手術手技の選択と要点および注意点につき議論の機会(術前ブリーフィング)が得られた.
2)手術中の手技や戦略について適切な技術指導や補助,および助言が得られた.
3)手術全般に対する術後の評価とフィードバック(術後デブリーフィング)が有効に得られた.
4)周術期管理を含めた患者ケアの指導が効果的に行われ,十分な機会が得られた.
5)教育,実践,評価がバランスよく行われており,効果的な修練環境が得られた.
6)育成指導医は若手修練医にとってよいロールモデルとなっている.
7)ハラスメントのない良好な修練環境が得られた(Yes/Noで回答).
(12)施設の責任者が自身のレベルアップを希望するときの対応について
Advanced-1またはAdvanced-2の指導医の資格を持つ施設の責任外科医が同施設で自身のレベルアップを希望するときは,Advanced-2以上の術式について他施設から指導者を招くなどして独自に経験を重ねてよい手術ができるようになれば通常のレベル認定と同様の基準でレベル認定を行うことを可能とする.
III.おわりに
急速な少子高齢化が進むわが国において小児医療の充実の重要性に関しては論をまたない.過去数十年,わが国の先天性心疾患に対する外科治療は目覚ましい発展を遂げ,現在は世界レベルの成績を維持している.しかし近年,深刻な外科医不足は社会的問題となるなかで,小児心臓血管外科医の減少は甚だしい.これには過酷な労働環境に加え,現状に対する不満,また将来に対する不安から3),小児心臓血管外科医を志したにもかかわらず志半ばであきらめる若手が後を絶たない現状がある.日本小児循環器学会ではこれらの問題について現状を分析し,先天性心疾患に対する安全かつ高度な医療を継続的に提供していくため,次世代を担う若手外科医のための育成制度を作成し,運用を開始した.先天性心疾患に対する外科手術はバリエーションが非常に多く難易度も高いため高度な技術が要求され,その習得には時間がかかる.また手術手技のみならず,それぞれの疾患特有の病態生理と血行動態の特徴を十分に理解していないと周術期管理を含めた総合的な外科治療はできない.そのため小児心臓外科医として独り立ちするためには様々な疾患に対する手術に数多く参加し,数百例の執刀を経験することが必要である.本育成プログラムは現行の専門医制度とは性質が異なり,若手外科医育成に主眼を置いた教育的プログラムである.若手外科医はこのプログラムにより明確なビジョンを得て,日々精進されていくことを強く期待するところである.一方で若手育成のための環境整備もおおきな課題の一つである.小児心臓外科医の育成に必要な執刀経験を確保するためには,集約化(地域拠点化)により施設あたりの手術症例数を増やすだけではなく,集中治療医を中心とした多領域,多職種からなるチームで術後管理を包括的に行う体制を構築し,小児心臓外科医が手術手技の習得により多くの時間をかけることができる環境作りも同時に必要である.
利益相反:なし
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