日外会誌. 125(6): 504-508, 2024
特集
小児心臓外科医の育成
4.小児心臓手術を行う施設の地域拠点化に関する提言
富山大学 学術研究部医学系外科学(呼吸・循環・総合外科)講座 芳村 直樹 |
キーワード
小児心臓手術, 次世代育成, 地域拠点化
I.はじめに
未曾有の少子高齢化が進むわが国において,小児医療の充実と発展の重要性に関しては論をまたないところである.過去数十年,わが国の小児循環器医療は目覚ましい発展を遂げ,世界のリーダーたるべき地位を確立してきた.しかるに近年の深刻な医師不足に加えて医師の地域偏在,診療科偏在により,地方を中心に小児循環器医療は崩壊の危機に瀕している.特に小児心臓外科医はいわゆる「絶滅危惧種」と称され,このままでは近い将来先天性心疾患の手術を行う医師が極端に不足し,わが国の小児循環器医療が立ち行かなくなる可能性が高くなってきた(図1).
今後も継続して質の高い安全な先天性心疾患手術を行っていくためには,小児心臓外科医の育成は必須の課題である.小児心臓外科手術はバリエーションが多く,難易度も高いため高度な技術が要求される.小児心臓外科医として独り立ちするためには数多くの手術に参加し,執刀経験を蓄積することが必要と考えられる.
一施設当たり年間数百例以上の先天性心疾患手術が行われている諸外国と異なり,わが国では手術症例数の少ない“小規模施設”が多いことが特徴である.全体の60%にあたる90施設における先天性心疾患の年間手術症例数は50例未満である1).2018年に日本小児循環器学会の外科系会員を対象に行われたアンケート調査の結果2)では,指導的立場にあるチーフを除いた小児心臓外科医の過半数,特に年間先天性心疾患手術が50例未満の施設に所属する小児心臓外科医のほとんどが「年間の執刀症例数20例以下」であった.したがって,現行の体制では小児心臓外科医の育成環境として不十分なことは明らかである.
2023年,日本小児循環器学会・日本心臓血管外科学会・日本胸部外科学会は小児循環器診療に携わる学会として,次世代医療人を育成し,安全かつ継続的な医療を提供していくため「先天性心疾患の手術を行う施設の集約化(地域拠点化)に関する提言」を発表した3).本稿ではこの提言の骨子を紹介し,われわれの目指すべき小児循環器診療体制について述べることにする.
II.「先天性心疾患の手術を行う施設の集約化(地域拠点化)に関する提言」3)
本提言は「先天性心疾患を持って生まれた患者さんに,新生児期から成人期まで安全かつ継続的な医療を提供し,次世代の医療者を育成するためには,多職種からなる専門診療チーム体制の構築と,手術経験の集積が必要である」という基本理念に則って作成されたものであり,以下の5項目からなる.
1.安全で良質な先天性心疾患の外科医療を継続的に提供し,次世代医療者を育成するため,年間150例以上の手術を行う拠点施設(高難度手術実施施設)を中核とした地域の拠点化を学会が推進する.拠点化を推進することにより,施設当たりの手術数が増加し,年間150例規模の施設を増やすことを目標とする.
2.拠点施設は,次世代を育成する能力を持った多職種ハートチームを有する必要がある.
3.拠点施設は,集中治療専門医研修施設である独立した小児ICUを備えることが望ましい.
4.集約化(地域拠点化)により,すべての手術実施施設が2024年度から始まる「医師の働き方改革」に準拠し得る体制となることが望ましい.
5.集約化(地域拠点化)への第一歩として,年間手術数50例未満の施設では,中等症以上のリスクを伴う先天性心疾患に対する手術の実施を控えることが望ましいが,手術を行う際には地域の実情に応じて拠点施設との連携を取ることが望ましい.
III.なぜ地域拠点化が必要なのか?
(1)手術件数と手術成績
手術症例数の少ない施設が多数を占めるわが国で,手術症例数と手術成績との間に関連性があるか否かは重要な問題である.2013年から2018年の6年間にJCVSD-Congenitalに登録された47,164件の手術に関する調査が行われ,全症例のリスクから予測される死亡率に対する実際の死亡率(O/E比)を算出すると,90日死亡率に関するO/E比は年間手術数が50例未満の施設で1.37,150例以上の施設で0.78という結果が得られた1).すなわち,年間手術数50例未満の施設の実死亡率は150例以上の施設の1.8倍になる.さらに先天性心疾患領域における代表的な手術の術式別にO/E比を算出すると,動脈スイッチ手術などの高リスク手術のみならず,ファロー四徴症や完全型房室中隔欠損症の心内修復術,両方向性グレン手術,僧帽弁形成術など中等度リスクの手術においても,年間手術数が50例未満の施設ではO/E比は3以上という結果であった1).以上より,リスクが中等度以上の手術に関しては,手術症例数の多い施設で行うことにより死亡率が低下する可能性があると推測される.
(2)わが国の小児心臓外科医の育成環境
上述のごとく,年間先天性心疾患手術が50例未満の施設に所属する小児心臓外科医のほとんどが「年間の執刀症例数20例以下」であり,十分な執刀経験を積むことが極めて困難な状況となっている.また,わが国では術後管理の主体を心臓外科医が担っている施設が多いのが現状である.わが国の小児心臓外科医の労働時間は非常に長いことが知られているが,術後管理にかける時間が多く,手術自体の経験数を増やすのに大きな負担となっている2).
近年減少傾向にある「小児心臓外科医」という貴重な人的資源を有効かつ効果的に活用し,安全で良質な外科医療を持続的に提供するためには先天性心疾患の手術を行う施設を集約することの意義は非常に大きい.心臓外科医の修練と育成には術者として,また助手として様々な疾患に対する手術に数多く参加し,より多くの経験を蓄積することが非常に重要である.拠点施設では難易度の高い手術を,熟練した指導医のもとで短期間のうちに数多く経験することができ,小児心臓外科医を重点的に育成するプログラムを実行することが可能になる.
拠点施設において集中治療医を中心とした多領域,多職種からなるチームで術後管理を包括的に行う体制が作られれば,小児心臓外科医は手術以外の術後管理に多くの時間を費やしている現在の状況を脱し,手術手技の習得により多くの時間をかけることができるようになることが予想される.
IV.地域拠点化の目標
(1)地域拠点化の全体像・集約化(地域拠点化)後の地域医療のあり方
先天性心疾患手術を実施し,周術期医療を担う施設を拠点施設とし,手術を実施せずに主として診断,初期治療,亜急性期~慢性期医療,および日常の健康管理を担う施設を連携施設(以下,連携施設という)とする.拠点施設と連携施設からなる施設群によって地域ごとの先天性心疾患の外科医療を包括的に担う.
(2)目標とする拠点施設の要件
手術を実施する拠点施設は,下記の要件を全て満たすことが望ましい.
1.先天性心疾患手術(JSTAT category 1-5)が年間150例以上行われている.
2.先天性心疾患に対するカテーテル治療が行われている.
3.心臓血管外科専門医認定修練施設である.
4.小児循環器専門医修練施設である.
5.以下の人員によって構成される先天性心疾患手術医療を行うハートチームがある.:先天性心疾患を専門とする心臓血管外科専門医2名以上(うち修練指導者1名以上),心臓血管外科修練医2名以上,小児循環器専門医2名以上,集中治療専門医2名以上,麻酔専門医2名以上,体外循環技術認定資格をもつ臨床工学技士1名以上,その他の臨床工学技士2名以上.
6.集中治療専門医研修施設として認定され,小児系の独立したICU(PICU)を有する.
7.PICUには,PICU管理を主たる業務とする専従医師が5名以上(集中治療専門医2名を含む)所属する.
8.独立したNICUを有する.
9.多職種カンファレンス,症例検討会,M&Mカンファレンス,医療安全講習会等が定期的に行われているなど,医療安全管理体制が整備されている.
10.診療実績(年間先天性心疾患手術件数とその内訳),学術的業績を公開する.
11.働き方改革を推進するための関連法規を遵守する.
V.地域拠点化の影響と対応策
小児心臓手術施設の集約化(地域拠点化)に関わる要因は,小児心臓外科医数・小児循環器科医数・小児集中治療医数・看護スタッフ数などのマンパワー的要因と,出生数・小児人口などの患者側の要因,さらに集約化しようとする医療圏の広さ・病院へのアクセス・集約化施設の規模・ベッド数などの医療環境が挙げられる.これらは複雑に絡み合い,地方と一口に言っても地域ごとに状況は大きく異なる.個々の地域でこれらの要因についての問題の抽出と議論が必要である.集約化により及ぼされる負の影響として,①患者側:長距離移動・緊急時の外科対応困難,②医療者側:拠点施設の医師負担増加,③施設側:ICUやNICUの逼迫・手術枠の不足などが挙げられる.これらの問題は,面積が広くマンパワー・病床数の少ない地方においてはより大きな影響となることが予想される.このため,地方において医療の質を維持し患者・家族の不利益を最小限にして集約化を行うには,施設間連携の強化,緊急体制の確立,出生前診断率の向上,周術期チーム医療体制の確立,ICU/NICUの病床強化とスタッフ教育,手術枠の確保など,地域性に配慮した対応が必要となる.
VI.おわりに
今後,目指していくべき小児循環器医療体制においては,拠点施設(先天性心疾患手術を実施し,周術期医療を担う施設)と連携施設(手術を実施せずに主として診断,初期治療,亜急性期~慢性期医療,および日常の健康管理を担う施設)とからなる施設群によってそれぞれの地域で先天性心疾患の外科治療を包括的に担う.集約化(地域拠点化)を行うためには解決すべき問題点が数多く存在しており,一朝一夕に実現しうることではない.しかしながら先天性心疾患を持って産まれた患者さん達に対して,新生児期から成人期まで安全かつ継続的な医療を提供するために,手術を行う施設の集約化(地域拠点化)を推進していくことは必然かつ喫緊の課題である.
利益相反:なし
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