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日外会誌. 125(6): 498-503, 2024

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特集

小児心臓外科医の育成

3.小児循環器医の立場から

東京都立小児総合医療センター 

山岸 敬幸

内容要旨
小児循環器専門医制度は,小児科専門医を基盤とするサブスペシャルティ専門医として日本小児循環器学会により運用されている.第14期までの専門医試験で,650名以上の専門医が認定されて各地域で小児心疾患の診療に従事している.「こどもの心疾患を診療できる医師」は医療において不可欠で,その育成は学会の使命であり,現在すべての都道府県に3名以上の専門医を配しており,地域医療に大きく貢献している.小児心臓外科医の育成は,小児循環器専門医の育成と表裏一体であり,診療対象となる先天性心疾患の外科治療が大きく進歩し,複雑な心疾患の手術症例や,心臓カテーテル検査・治療症例が増加し,内科医と外科医,そしてそれを取り巻く多領域専門職の緊密な連携が必須である現在,小児心臓外科医と小児循環器専門医の育成は同時に進められる必要がある.

キーワード
小児循環器専門医, 小児集中治療医, 地域拠点化, 働き方改革

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I.はじめに
わが国の小児循環器医の育成として,おもに小児科(内科系)医師のサブスペシャルティのために,日本小児循環器学会専門医制度がある.この制度は小児科専門医であることを必要条件として,日本小児循環器学会によって制度設計され,2008年に運用を開始した.2010年度から毎年専門医試験を実施し,暫定制度からカリキュラムに基づく修練医を対象として,試験(筆記試験と面接)により「小児循環器専門医」を毎年認定している.2023年度には第14期専門医試験が実施され,2024年4月1日現在全国で683名の専門医が認定されている.資格更新は5年ごとで,すでに2回の更新を終えている専門医も多い1).本稿では,この「小児循環器専門医」の育成に関する理念,使命,到達目標,制度等を外科の先生方に紹介しながら,小児循環器内科医と表裏一体である小児心臓外科医の育成について,小児循環器医の立場から考えてみたい.

II.日本小児循環器学会専門医制度の理念
本制度の目的は,優れた医学知識と高度の医療技術を備えた小児循環器の専門医を育成することにある2).これによって,先天性ないし発達期発症の循環器疾患を有する胎児,小児,および成人への医学・医療を発展・向上させ,さらに児童生徒に対する的確な心臓検診と適切な指導で,社会の福祉に貢献することを理念とする.この制度により認定される「小児循環器専門医」の使命は,先天性心疾患をはじめとする小児期発症心疾患に対する深い知識を持ち,適切な診断と治療計画を策定し,小児心臓外科医・麻酔科医・集中治療科医・産婦人科医らとも協力して治療を行い,生命予後およびQOLを改善することである.「循環器系」は全身組織へ酸素運搬と組織還流を担う,生命活動にとって必須のシステムであり,胎生初期に形成され,胎児期から出生後にかけての大きな環境変化に対して劇的な適応を遂げた後も,小児期から青年期を経て成熟して完成され,加齢とともに変化する動的なものである.したがって,その間に発生する病態は極めて多岐にわたり,その中心は「先天性心疾患」という先天的構造異常を原因とする疾患群であり,心不全やチアノーゼ(低酸素血症)などの特徴的な症候を呈する.先天性心疾患は出生児の約1%という高頻度で認められ,生命維持に直結する重篤な疾患であるが,適切な内科的あるいは外科的治療介入によって予後の改善が期待でき,多くの先天性心疾患患者は成人期に到達できるようになった.専門的な知識と技能に基づく適切な診断・治療により,国民の健康を守るために,それらの資質を有する「小児循環器専門医」の継続的な育成が必要である.
また,小児循環器診療は,胎児期より発達・発育に寄り添い,就労や社会支援についての関わりが必要な全人的医療でもある.病態に応じて,各診療科の医師,多部門多職種の医療従事者と連携・協力し,統一した方針で継続性のある最善の診療を実践することが重要であり,「小児循環器専門医」は,チームの要としての役割を担うことが期待される.したがって,「小児循環器専門医」を取得するためには,病態生理を理解し,診断・治療に関する知識と技術を修得するだけでなく,患者・家族への配慮,メディカルスタッフとのコミュニケーション能力など,医師としての倫理性・社会性を修得しなければならない.すなわち,「小児循環器専門医」は,胎児期から老年期までの循環器系の変化を深く理解し,患者・家族や多くの医療従事者と協力しながら診療活動を行い,国民の健康に寄与することを目指して育成される.ここで,1)診療対象となる疾患は,先天性心疾患が中心であり,成人循環器内科医の対象疾患と大きく異なる,2)先天性心疾患の外科治療が大きく進歩し,複雑な心疾患の手術症例が増加した,3)心臓カテーテル検査・治療など,先天性心疾患の手術を担当する外科医と密に連携して診断・治療にあたる,などの点から,「小児循環器専門医」の育成は小児心臓外科医の育成と同時に進められる必要がある.

III.「小児循環器専門医」の使命
小児循環器は,臓器別でなく小児の全体をみる小児科学の専門性の上に,発達・発育の時間軸で胎児期から成人期以降を見据える生涯心臓病学の領域である.したがって,「小児循環器専門医」は上記の理念に基づき,小児科専門医としての幅広い知識と経験を基盤に,1)胎児期から成人期に至るまでに発症する循環器疾患を幅広く診療する,2)患者のみならず,家族の心理や社会的背景に配慮した診療を行う,3)心臓血管外科・麻酔科・集中治療科・産婦人科など幅広い専門分野医師,看護師,心理士,臨床工学技士,社会福祉士などの多職種と連携し,チーム医療の要の役割を果たす,4)患者の発達や発育状況に応じて,就学,就労,妊娠,出産などに際し,幅広い社会的要請に対応する,5)地域社会において,心臓検診などを通じて健康を増進する,6)国際的な視野を持ち,最新の科学的根拠を踏まえた診療を行い,さまざまな疾患の病態解明に貢献する,7)持続的な専門診療を提供できるよう,次世代を育成する,という使命をもって,良質な小児循環器医療を国民に提供する必要がある2).これらの使命は,良質な小児心臓外科医の育成なしには果たせないものである.

IV.「小児循環器専門医」の研修
小児循環器専攻医は,表1に示す基準を満たす修練施設において3),小児循環器専門医研修カリキュラムに準拠した研修により,1)医療倫理・医療安全・感染対策,2)解剖・生理・生物学・発生学・薬理学,3)先天性心疾患,4)不整脈,5)心筋疾患,6)川崎病,7)肺高血圧症,8)胎児心臓病学,9)成人先天性心疾患,10)画像診断(X線,心電図,心エコー,核医学,心臓CT,心臓MRI,心臓カテーテル検査・心血管造影),11)カテーテル治療,12)学校心臓検診,について専門知識を修得し,表2に示す専門的技能,学問的姿勢および医師としての倫理性・社会性に関する到達目標を達成し2)表3に示す要件を満たして専門医試験を受験する4).「小児循環器専門医」は,現在,日本専門医機構の認定を受けるための手続きが順調に進んでいる.

表01表02表03

V.「小児循環器専門医」の地域医療・地域連携への対応
小児循環器専門医制度は先天性心疾患を中心とした小児循環器患者に対する安全な管理が,わが国の幅広い地域で実施可能となることを念頭に置いており,地域偏在や地域医療資源の流出を防ぐため,地域の連携施設においても専攻医を積極的に受け入れ,彼らの教育を通して地域における小児循環器患者の良質な医療に資するものである.また,地域での学校および幼稚園・保育園での健診で抽出された心疾患疑い症例について精査を行う.診断評価に基づき,必要な症例に学校生活管理指導表を記載し,保護者・教育現場と連携する.病院管理中の心疾患児についても学校生活管理指導表を記載し,保護者・教育現場と連携する.患者の疾患特性や居住地域に合わせ,地域の病院・クリニック・行政・訪問看護と協同し,必要な症例には在宅酸素療法などの在宅医療を行う.現時点で国内の全都道府県に,専門医と修練施設または施設群が存在しており,国民にとって望ましい体制がとられていると考えられる.
2023年に日本小児循環器学会・日本心臓血管外科学会・日本胸部外科学会から発表された「先天性心疾患の手術を行う施設の集約化(地域拠点化)に関する提言」5)では,目標とする拠点施設の要件の中に,
• 先天性心疾患に対するカテーテル治療が行われている.
• 心臓血管外科専門医認定修練施設である.
• 小児循環器専門医修練施設である.
ことが含まれており,小児心臓外科医および小児循環器専門医の育成が意識されている.また,
• 以下の人員によって構成される先天性心疾患手術医療を行うハートチームがある.:先天性心疾患を専門とする心臓血管外科専門医2名以上(うち修練指導者1名以上),心臓血管外科修練医2名以上,小児循環器専門医2名以上,集中治療専門医2名以上,麻酔専門医2名以上,体外循環技術認定資格をもつ臨床工学技士1名以上,その他の臨床工学技士2名以上.
• 集中治療専門医研修施設として認定され,小児系の独立したICU(PICU)を有する.
• PICUには,PICU管理を主たる業務とする専従医師が5名以上(集中治療専門医2名を含む)所属する.
• 独立したNICUを有する.
• 多職種カンファレンス,症例検討会,M&Mカンファレンス,医療安全講習会等が定期的に行われているなど,医療安全管理体制が整備されている.
とされ,小児心臓外科医と小児循環器専門医および小児集中治療医との連携の重要性が挙げられている.さらに,
• 働き方改革を推進するための関連法規を遵守する.
とあり,拠点施設において集中治療医を中心とした多領域,多職種からなるチームで術後管理を包括的に行う体制が構築されることにより,小児心臓外科医が手術以外の術後管理に多くの時間を費やしている現状から脱却し,手術手技の習得により多くの時間をかけることができるようになることが期待される6).各施設の小児循環器医は,働き方改革が最も困難と思われる小児心臓外科医をサポートしたいと考えているだろう.

VI.おわりに
日本小児循環器学会(理事長)として,「先天性心疾患を持って生まれた患者に,新生児期から成人期まで安全かつ継続的な医療を提供し,次世代の医療者を育成するためには,多職種からなる専門診療チーム体制の構築と,手術経験の集積が必要である」という考えに則った「先天性心疾患の手術を行う施設の集約化(地域拠点化)に関する提言」を,「小児心臓血管外科医生涯育成プログラム」とリンクさせて最優先事業の一つとして推進している.壮大な事業であるが,幸い学会として自見はなこ大臣,西嶋康浩厚労省課長を中心に行政からもアドバイスを受け,産経新聞社「あけみちゃん基金」から多大な財政的支援を受けて,産官学の連携を得て開始することができている.
私自身は,病気をメスで切って治すことはおろか,薬で治療することもできれば避けて,外来で聴診器を当てるだけで色々な悩みを聞いたり,夜中の電話のお話だけで両親の心配を解消したり,という医療?に魅力を感じて実践している小児科医だが,そんな私から見ても外科医は「かっこいい」.特に小児心臓外科医は,切り取って治すというより,(心臓大血管を三次元的に)作り替えて治すという極めて創造的な医療で命を救うところに,本当に「かっこよさ」を感じる.
また,ミルクを飲むこともできずに痩せ細っていた心不全の赤ちゃんが,手術であっという間に丸々と太った健康優良児になったり,チアノーゼで真っ黒だったこどもが手術直後から色白の可愛らしいこどもになったり,小児心臓外科医の手腕は非常にドラスティックで,私たち内科医にはできない「神の手」である.緊急手術では,まさに命の危険に晒されたこどもが瞬く間に救われる場面は,何度遭遇しても感動的である.わが国の小児心臓外科手術の成績は素晴らしく,偉大な先人達の「こどもの命を救いたい」という熱い思いに突き動かされた絶え間ない努力の賜物であり,それを守り,次世代に伝えていく「育成プログラム」は,小児循環器医の立場からも全力でサポートするのに値する.
小児循環器医と小児心臓外科医は,先天性心疾患という共通の目標に全力で向かっていくまさに同志である.若い頃,心臓外科の先生に,「小児科医は,外科医に一言,いい手術をしてくれ,と言えば良いのだよ」と言われたことがある.「私,失敗しないので」という外科医はドラマにしか現れないかも知れないが,一人一人のこどもの今と明るい未来を考えて,小児心臓外科医と真剣な議論を交わし,時には白熱し,チームとして成長するためにも,小児心臓外科医の育成プログラムは「小児循環器専門医」の育成と表裏一体,一心同体で進め,継承し,そしてさらに進化させていくべきものである.

 
利益相反:なし

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文献
1) 鮎澤 衛 :特集 小児科サブスペシャルティ領域の専門医制度のこれから 3.小児循環器.小児科 62(12): 1504-1509, 2021.
2) 特定非営利活動法人日本小児循環器学会ホームページ.2024年8月31日. https://jspccs.jp/wp-content/uploads/senmoni-husoku-new-2024.pdf
3) 特定非営利活動法人日本小児循環器学会ホームページ.2024年8月31日. https://jspccs.jp/certification/specialist/facility_certification/ application_n/
4) 特定非営利活動法人日本小児循環器学会ホームページ.2024年8月31日. https://jspccs.jp/certification/specialist/specialist_certification/application_n/exam/
5) 特定非営利活動法人日本小児循環器学会ホームページ.2024年8月31日. https://jspccs.jp/wp-content/uploads/teigen_202300928.pdf
6) Yoshimura N , Hirata Y , Inuzuka R , et al.: Effect of procedural volume on the outcomes of congenital heart surgery in Japan. J Thorac Cardiovasc Surg, 165: 1541-1550, 2023.

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