日外会誌. 125(6): 485-487, 2024
誰もが輝ける外科の未来へ
日本で外科医師として働く
上海嘉会国際病院 外科 李 東 |
キーワード
海外出身医師, 外科教育, 女性外科医
I.はじめに
私は中国の中国医科大学出身です.小さい時から日本の漫画が好きで医学部に入学した際に日本語クラスを選びました.日本の高度な医療制度に対して強い憧れを抱き,卒業後,日本の医師国家試験に合格しました.日本で初期研修と外科プログラムの後期研修を経て日本外科専門医資格を取得し中国に帰国しました.現在上海の私立病院で総合外科医として勤務していますが,将来は乳腺外科の専門医資格と博士学位を目指して再び日本に戻ることを希望しています.
<The Art of Impossible: A Peak Performance Primer>という本の中に,仕事に適応できるかどうか,そして楽しさや達成感を得られる仕事ができるかどうかについて,The quality of the match depends on the right combination of our five basic intrinsic motivations—Curiosity, passion, autonomy, mastery and purposeという理念があり,外科医としての道を歩んで7年目を迎え,上記の理念を参考にして当初外科の道を選んだ理由とこの道で学んだことを書かせていただきたいと思います.
II.外科を選択する―Curiosity and Passion
初期研修時代は,教科書で学んだことを実際の患者に適用することで医学の面白さを実感でき,その経験により将来の専門を選択できる,非常に貴重な期間だと思います.中国で医学生の女性と男性の人数は大体半々くらいですが,体力・出産育児などのことで主観的にも客観的にも外科を選ぶ・入れる女性医師は少なく,外科はほとんど男性の世界です.女子医学生は外科で実習する時に無視されることが多く,外科を考えることは医学生の時代は一度もなかったです.日本で初期研修中に,女性研修医であっても常に外科系関連の指導医から声をかけていただきました.多くの手技経験のチャンスが与えられ,虫垂炎や鼠経ヘルニア,シャント作成なども術者として経験し,手術遂行した後の嬉しさは一生忘れません.もともと外科に対するCuriosityがあり,精密な外科手術を行うロールモデルが存在したことや,充実した外科研修を通じて外科の魅力を感じたことにより,外科へのPassionが生まれ,将来の専門として外科を選びました.このような無差別かつ充実した外科教育システムを医師としての初期段階で経験できたことは非常に恵まれていると思い,後輩を指導することの素晴らしさを実感しました.
III.外科を続ける―Autonomy and Mastery
外科を専攻すると決め研修プログラムの初期において,初めて責任を持って主治医として初診から,IC,執刀,術後管理,術後治療方針決定までを行うこととなり,不安に押しつぶされそうな状態でした.特に外国人として言葉や文化の壁があり,若い女医でもあり,救急当直した時やICした時に患者からの不信感が多く,自分の仕事が標準より下なのではないかと挫折感は強かったです.「先生は学生ですか,医師ですか」や「先生はこの手術やったことありますか」などの質問に遭遇したこともあります.その時に救ってくれたのは指導医の先生方でした.臨床業務についてはいつでも相談に乗っていただき,上級医師のICに入らせていただき,ICの仕方を学んだり真似したり,徐々にコミュニケーション能力は高くなり,患者にも信頼されるようになってきました.手術に対しては,指導医の先生方は「see one, do one, teach one」という理念で,医療安全を確保した上で,なるべく若手が主体としての手術をさせ,うまくいかない時にもいつも「don`t mind,頑張ろう」と励まされました.指導医の丁寧な教育で,主治医として,また執刀医としての自信と実力を持つようになりました.
執刀のチャンスが多く,Autonomyが高まることで,学習意欲や創造的に問題を解決する意欲が生まれます.問題解決の過程で得られるMasteryは,強い達成感をもたらし,疲労になりやすい外科仕事によるバーンアウトを防ぐ助けとなり,どんな困難にも立ち向かう勇気もこの中から生まれます.CuriosityとPassionを持つうえで, Autonomy とMasteryをもっている医師は楽しさと達成感がたっぷりの仕事ができると思います.日本に来ていろいろ苦労し外科医師になって,一流の医療技術の勉強だけではなく,素晴らしい先生方と教育理念に出会うのは人生として大事な財宝だと思います.
IV.外科を振興する―Purpose
最後の「Purpose」は「目的」という意味ではなく,「使命感」を指します.中国に戻って一年ほど働いていて,研修で触れた日本と中国の外科教育システムの違い,改めて思う中国の医療現場への思いを綴らせていただきます.日本の外科は忙しさにもかかわらず他の診療科と給与に差がない制度と違い,中国で働いた日数や診察した患者の数,行った手技や手術の数に比例して給与は増加します.また,中国の外科医療技術は現在非常に速いスピードで発展しており,世界一流のレベルに達しつつあり,そのため,外科は学生の中に非常に人気があります.ただ膨大な人口数に対し医療資源は不足,医療資源の分布が不均衡,日本のようなしっかりと完備された紹介制度がないため,外科の医療現場は医師のボランティア精神,150%の頑張りで成り立っているところも多く,復帰後の女性医師が働きづらい,そして多くの医師が働き詰めでバーンアウトしやすい環境です.もちろん,上級医は若手の医師に丁寧に教育する余裕も少ないです.医療環境と教育システムの改善は国のレベルの問題で,私も今はまだ医療や教育に貢献できるような立場ではありませんが,中国に帰る前に私の指導医から「先の目標をもってスケールの大きい医師になってください」と励まされ,日本と中国の両国で外科医療の経験を積んできたことで,中国でも日本でも,どのような環境においても,自分の中で何か手助けが少しでもできるのではないかという使命感を持ってこれからも頑張りたいと思います.
V.おわりに
今回,研修をご指導いただいている北海道大学・乳腺外科教室の高橋將人先生からこのような機会をいただき,改めて今までの道と自身の外科医としての在り方を認識することができたことに深謝申し上げます.
利益相反:なし
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