日外会誌. 125(6): 483-484, 2024
先達に聞く
腹腔鏡下手術との遭遇
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日本外科学会特別会員，厚生労働省顧問，国立病院機構東京医療センター名誉院長 松本 純夫 |
I．低侵襲手術との出会い
腹腔鏡下胆嚢摘出術の成功は低侵襲の利点を世界に示すことになった1)．筆者が初めて腹腔鏡下手術映像を見たのは現藤田医科大学在籍中の1989年9月トロントでの万国外科学会であった．帰国後，船曳孝彦指導教授に腹腔鏡手術への取り組みを希望した．関連病院の院長先生らに低侵襲手術の利点を説明すると2施設から協力が得られ，1991年1月に初例の腹腔鏡下胆嚢摘出術を施行した．同年3月2日に東京大学出月康夫教授が明治記念館で開催した第1回内視鏡外科手術研究会は参加者が会場に入りきれない盛況で，新しい時代の到来を予感させた．1991年4月に木村泰三2)，6月に大上正裕3)らの胆摘報告が続き，その後の数年間は十二指腸潰瘍穿孔修復術，虫垂切除術，噴門形成術，つり上げ胃局所切除術4)，胸腔鏡下食道切除術5)などの消化管手術に留まらず，心臓冠動脈バイパス術など血管系手術にも腹腔鏡下手術報告が続き，外科手術の大転換が現実となった．
II．鼠径ヘルニア修復術への適応を思いつく
止血操作の少ない適応拡大を議論中に閃いたのが鼠径ヘルニアであった．前方アプローチでは腹壁脆弱範囲は必ずしも良く分からないが，腹腔内からの気腹下観察では鼠径ヘルニアの脆弱部位である陥凹が初学者でも容易に理解できる利点があった．内鼠径輪閉鎖方法についてはエンドクリップ，メッシュ充填，異種硬膜オンレイ法のどれも臓器損傷や腸管癒着が憂慮され諦めた．結局，腹膜前層で腹横筋筋膜にメッシュを貼付6)
7)し腸管と接触させない様に腹膜で被覆するのが合理的と考えた．メッシュ供給をエチコン社に照会したところ，腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術のワークショップを1991年10月に米国で開くとの情報提供があり参加した．
1991年12月に初例の腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術（Transabdominal Preperitoneal Procedure：TAPP）を施行した．翌日，患者は苦も無くベッドから起き上がりすたすたと歩き感謝の言葉を述べてくれた．翌1992年の日本消化器外科学会のビデオシンポジウムで術式報告をしたところ，鼠径ヘルニアに対する腹腔鏡下修復手術として本邦初と評価されることになった8)．
III．手術支援ロボット登場
2012年に手術支援ロボット前立腺摘出術が従来手術と比べて有用性が評価され保険適用が認可された．2000年九州大学・慶應義塾大学とでロボット手術治験が始まってから12年経っていた．1992年開腹胆嚢摘出術点数を準用してきた施設に厚生省から返礼通知が出されて当惑したことを思い出す．胃がん手術適応拡大では，腹腔鏡下手術を対照に非劣性を証明する先進医療を現場に課したが負担も大きかったと感じている．手術支援ロボット（ダビンチ）は外科医の手術ストレスを低減する9)．3D視野，座位，手振れ補正など精密手術操作が可能な点で画期的である．国産のhinotoriも登場している10)．さらなる性能向上を願うものである．
IV．おわりに
止血操作に難渋していた往時，超音波凝固切開装置（Laparoscopic Coagulation Shears）1993年の発表は衝撃的であった．1997年オリンパスが国産の凝固切開装置を開発し（図1），日本の外科医の意見や希望が手術器具開発に繋がる様になったのは望外の喜びであった．低侵襲手術への変換期に腹腔鏡下・ロボット手術と大きな変化を体験し，やりがいを実感できたと感謝している．
利益相反
講演料など：オリンパス株式会社
文献
1) Litynski GS : Profiles in laparoscopy:Mouret, Dubois, and Perissat:the laparoscopic breakthrough in Europe(1987-1988). JSLS, 3: 163-167, 1999.
2) 木村 泰三 ， 松井 直樹 ， 桜町 俊二 ，他：胆嚢・総胆管結石症に対する腹腔鏡下胆嚢摘出術と内視鏡的乳頭切開術による治療．臨外，46: 511-513, 1991.
3) 大上 正裕 ， 深川 裕明 ，他：胆嚢結石39例に対する腹腔鏡下胆嚢摘出術の臨床的検討．Prog Dig Endosc 消内視鏡の進歩，38: 276-280, 1991.
4) 大上 正裕 ， 熊井 浩一郎 ， 山本 貴章 ，他：早期胃癌（m癌）に対するlesion lifting法による腹腔鏡下医局所切除術. Prog Dig Endosc 消内視鏡の進歩，42: 86-90, 1993.
5) Akaishi T , Kaneda I , Higuchi N , et al.: Thoracoscopic en bloc total esophagectomy with radical mediastinal lymphadenectomy. J Thorac Cardiovasc Surg, 112: 1533-1540, 1996.
6) Salerno Fitzgibbons, Filipi : Intraperitoneal on lay mesh(IPOM) to pig. In Zucker ed. Surgical Laparoscopy. St Louis: Quality Medical Publishing, pp 281, 1991.
7) Schultz L , Graber J , Pietrafitta J , et al.: Laser laparoscopic herniorrhaphy:A Clinical trial. Preliminary results. J Laparoendosc Surg 1: 41-45, 1990.
8) 松本 純夫 ， 川辺 則彦 ， 丹 光明 ，他：新しい腹腔鏡下そけいヘルニア手術の試み．日消外会誌 25: 1506, 1992.
9) INTUITIVE. ［cited 22 Sep 2024］. Available from: https://www.intuitive.com/en-us/about-us/company/history
10) メディカロイドホームページ．2024年7月22日. https://www.medicaroid.com/product/hinotori/index.html
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