日外会誌. 125(6): 473, 2024
Editorial
医師の生き甲斐
大阪大学医学部附属病院 がんゲノム医療センター 西田 尚弘 |
私はもともと消化器外科医としてトレーニングを積んだが,現在は腫瘍内科として主に癌薬物療法に携わっている.腫瘍内科である程度の経験を経た医師は,その診療の難しさは,化学療法の内容に関するものというよりは,根治の望みをたたれた患者さんにいかに寄り添うかという点であることに気づく.化学療法の技能は経験を重ねれば向上していくが,患者に向き合うことに関しては,ガイドラインもなければ正解もない.緩和ケアの専門書にはマニュアル的なものは存在するが,それが定型的に機能する症例がどれほどあるだろうか.
2022年に関本剛という医師が45歳でこの世を去った.関本先生と私は直接の面識はないが,何度か氏の講演会を拝聴したことや,同年代の医師ということで,その若すぎる死に私は大きな衝撃を受けた.関本先生は神戸在住の緩和ケア医で,43歳でステージ4の肺癌と診断され,2年半にわたり闘病を続けたが,その体験を一冊の本に残している.この著書の中で,病気が発覚した時の気持ちが以下のように綴られている.「これまで看取ってきた患者さんたちの胸のうちに隠された心象風景が,私には見えていなかったことをはっきり悟った」と.緩和ケア医として1,000人以上の看取りを経験し,患者さんからも絶大な信頼があったという氏がそのように正直に書かれていることに,私たちは当事者の気持ちになることの難しさを痛感する.
苦難の中にある患者さん達と日常で接することは,必ずしも辛いことばかりではない.よくメディアなどで,接客業の方がお客さんから感謝されることが喜びであると話されているのを目にする.医療者も患者さんから力をもらうと言われるが,そのニュアンスは私にとっては少し違っている.治療がうまくいって,患者さんから感謝されるのはもちろん嬉しいが,それは自分でなくてもできることかもしれない.私たちが本当に心動かされるのは,根治の望みを絶たれても,治療に取り組みながら懸命に生き,そして自分らしい死に方をしていく患者さんの後ろ姿である.結果はみんな変わらないが,その生き様から,残されたものは多くのことを学ぶ.
当人にとっても,周囲にとっても悲しくない死は存在しないが,それでも悲劇だけではなく,何らかのメッセージを残して誇り高く旅立つ人が確かに存在する.前述の関本氏は,がんになったことで,家族や患者さんとの関係を見つめ直す貴重な機会が得られたと言い,著書の中で以下のように書き残している.「がんになって良かったと思う人はこの世にいないかもしれないが,がんが私たちに何かを教えてくれることはあるし,人生のどのような段階においても,やはり人は成長することができる.」と.がん患者さんは日々多くの学びを得ている.私たち医療者は,日々貴重な師のような存在と接している.
出典:「がんになった緩和ケア医が語る「残り2年」の生き方,考え方」関本剛著 宝島社
利益相反:なし
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