日外会誌. 125(5): 430-434, 2024
特集
乳癌治療における手術の省略について考える
7.腋窩手術のDe-escalation
千葉県がんセンター 乳腺外科 羽山 晶子 , 中村 力也 |
キーワード
腋窩手術, 郭清省略, SNB省略, TAS, 術前治療
I.はじめに
腋窩手術のDe-escalationは局所制御と腋窩手術による有害事象を回避すると同時に,術後療法の指針となる病理学的病期分類の情報を得ることが重要である.術前の画像診断や細胞および組織学的なリンパ節転移の正確な診断と症例選択,手術手技の確立が望まれる.
II.腋窩郭清術
腋窩手術のde-escalationの歴史は50年以上前の1971年より検討されてきた.当時,1882年にハルステッドによる根治的乳房切除術が実施されて以来,乳癌に対する治療は外科手術のみであった.固形がんに対して放射線照射や化学療法の有効性が報告され始め,拡大手術に疑問をもったFisherらによりNSABP B04試験が計画された.この試験は術後の補助的な全身療法は許可されておらず純粋に手術と放射線照射による治療効果が評価された.NSABP B04試験は臨床的リンパ節転移陰性(cN0)症例を対象として乳房切除+腋窩郭清(根治的乳房切除術),乳房切除+腋窩照射,乳房切除単独(腋窩治療なし)の3群間のランダム化比較試験であった.すなわち,cN0症例に対して腋窩郭清手術と腋窩照射,腋窩観察群を比較し,25年間の追跡調査の結果,cN0患者の遠隔無病生存率や全生存率に影響を及ぼさないことが報告されている1).しかしながら腋窩再発率は腋窩観察群で17.8%,腋窩郭清群1.4%,腋窩放射線照射群3.1%であった.また腋窩郭清群(cN0症例)の約40%はリンパ節転移陽性であり,リンパ節陰性症例と比較し有意に予後不良であった.以上の結果からリンパ節郭清術のみが局所制御と正確に病期分類する手段であることが証明され20年間,標準治療とされた.
III.腋窩郭清術からセンチネルリンパ節生検へ
1990年代になり腋窩de-escalationとしてセンチネルリンパ節(SLN)の概念が報告される.
1993年にKragのラジオアイソトープ法2),1994年のGiuliano による色素法3)により,原発巣から直接流入するリンパ節の同定法が報告された.cN0症例に対するセンチネルリンパ節生検(SNB)の有効性と安全性はcN0症例に対してSNBと腋窩リンパ節郭清に無作為に割り付けたMilan試験(1998~1999)4)とNSABP-B32試験(1994~2004)5)で検証された結果である.
SLN陽性の場合は腋窩リンパ節郭清術が行われた.NSABP-B32では,cN0症例の74%はSLN転移陰性であり,局所再発率,10年の無病再発率,全生存率に有意差を認めずcN0症例の腋窩手術の省略が確立された.なお,両群ともに腋窩再発は0.5%未満であった.これらの試験から,SNBは腋窩の病期分類に正確であり,偽陰性率はMilan trial, NSABP-B32でそれぞれ8.8%と9.8%と10%未満であった.なお,本邦に導入された1990年代後半時点ではSNBの同定率や偽陰性率,長期成績の観点からSNBに慎重となり多くの議論がなされた.
IV.センチネルリンパ節転移陽性症例のDe-escalation(腋窩郭清の省略)
1.(cN0かつSNB微小転移症例に対する腋窩郭清省略)
NSABP-B32の郭清群では60%以上の症例でSLNは唯一の転移リンパ節であり,これらの症例に対するリンパ節郭清術は過剰手術と考えられた.IBCSG2301(n=931)6), AATRM試験(n=233)7)では,SLNで微小転移が確認されたcN0症例に対して腋窩リンパ節郭清群と郭清省略群に無作為に割り付けた.いずれの試験においても郭清群の13%に郭清リンパ節に転移を認めていた.IBSG2301試験の腋窩リンパ節郭清群と郭清省略群で10年後の無病生存率(74.9% vs. 76.8%; (HR 0.85, 95% CI 0.65–1.11; log-rank p=0.24; p=0.0024 for non-inferiority)や全生存率(88.2% vs. 90.8%; HR 0.78; 95% CI 0.53–1.14; log-rank p=0.20)で両群間に有意差はなく,腋窩リンパ節再発率(0.2% vs. 1.0%)は1%以下と非常に効果的な局所制御を示した.
2.(cN0かつSNB微小転移およびマクロ転移症例に対する腋窩郭清省略)
引き続き,微小転移とマクロ転移の両方を含むDe-escalationが計画された.これらの試験はACOSOG Z0011(n=856)8),AMAROS(n=1,425)9),OTOASOR(n=474)試験10)が良く知られている.cT1,T2,cN0症例でマクロ転移を含むSLNが2個までの腋窩郭清と腋窩郭清省略を比較した.それぞれの試験の郭清群においてnon-SLNのリンパ節転移陽性症率は27%,33%,39%であった.ACOSOG Z0011 10年の全生存率は郭清群 86.3%,郭清省略群83.6%で非劣性が証明された.また,腋窩再発は同様に0.5%と1.5%であり非常に低率であった.
AMAROS試験では腋窩リンパ節郭清と腋窩放射線療法を比較しており,5年腋窩再発率はそれぞれ0.4%と1.2%,OTOASOR試験では8年腋窩再発率は2.0%と1.7%と低率で非常に効果的な局所制御が認められている.しかし,これらの試験対象の中で乳房全切除術を受けた割合はAMAROSで17%,OTOASORで16%と少なく,乳房全切除術に対する腋窩郭清省略は課題とされている.
3.(cN0かつSNBマクロ転移症例(2個以下)に対する腋窩無治療:放射線照射の省略の展望)
ACOSOG試験では登録数や追跡不可能例,SLN陽性の半数が微小転移,2/3の患者の放射線療法に関するデータの欠損など腋窩治療のde-escalationに議論の余地が残った.SINODAR-ONE試験(n=879)はマクロ転移を対象に腋窩郭清術群と腋窩郭清省略群を比較し腋窩再発は観察期間中央値2.5年でそれぞれ1例のみであった11).なお,本試験の約25%は乳房全切除術症例であり,腋窩に対する放射線省略が可能と示唆されている.
日本の乳癌診療ガイドライン(2022年版)においてマクロ転移を有する乳房全切除患者では,腋窩放射線療法が<弱く推奨>し,乳房全切除患者には腋窩郭清を省略しないことを強く推奨している12).しかし,近年の画期的な術後の全身療法が使用されている状況において,腋窩コントロールに腋窩照射が必要かどうかは課題である.POSNOC試験(NCT0240168)では乳房全切除を受けたセンチネルリンパ節転移2個以下の症例に対する腋窩郭清または腋窩照射と術後補助全身療法単独群を比較しており2014~2021年の登録期間が終了し5年治療成績の結果が待たれている.同様に北米ではTAILOR-RT試験(NCT03488693)が行われており,オンコタイプスコアが25以下と定義されるバイオマーカー低リスクのエストロゲン受容体陽性,HER2陰性乳癌に対してゲノムアッセイを用いた試験も進行中(2018~2027)である.
V.術前化学療法後のDe-escalation(センチネルリンパ節生検)
海外の各種ガイドラインにおいて臨床的リンパ節転移陽性症例が術前化学療法にて臨床的リンパ節転移陰性となった場合,センチネルリンパ節生検を施行することを一部の症例で推奨している.NCCNガイドライン2024 ver 2. では初診時の臨床的リンパ節転移陽性個数が触診上または画像検査で3個以上の症例は術前化学療法の候補とされている13).しかしながら術前化学療法後に施行されるセンチネルリンパ節生検の偽陰性率は10%を超えると報告されている.ACOSOG Z1071試験14),SN FNAC試験15),SENTINA試験16),GANEA2試験17)のFNRはそれぞれ12.6%,13.3%,14.2%,11.9%であった.各臨床試験のサブ解析により,2重のトレーサーの使用と3個以上のリンパ節生検は偽陰性率の向上に寄与していた.また,Caudleらにより転移リンパ節に組織マーカーを留置することの有用性が報告され,その後さまざまな工夫により術前化学療法後のセンチネルリンパ節生検における偽陰性率の改善が明らかとなってきた.しかし,従来行われている臨床的リンパ節転移陰性症例に施行するセンチネルリンパ節生検でさえ,2重のトレーサーを使用してもリンパ節の摘出個数は1から2個である.術前化学療法症例によって縮小が得られた3個以上のリンパ節の同定は臨床上,難渋することが想像される.またトレーサーの流入・集積の意味するところは,単にリンパ管の閉塞していないリンパ節の同定であり,本来のセンチネルリンパ節を標識していない可能性が指摘されている.そのため3個以上のリンパ節を検索できない場合,センチネルリンパ節の偽陰性率は上昇するため腋窩郭清術を考慮すべきである.
上述の報告では腋窩リンパ節再発率は,臨床的リンパ節転移陰性症例で0%から2.3%,臨床的リンパ節転移陽性症例で0%から1.6%であり局所制御良好と思われた.しかしながら平均観察期間が34カ月から108カ月であり,術前化学療法後のセンチネルリンパ節生検の長期予後と偽陰性率の改善は課題である.
VI.臨床的リンパ節転移陰性症例のDe-escalation(センチネルリンパ節生検の省略)
1994年に計画されたCALGB9343試験(n=636)では乳房温存術を受けた70歳以上のⅠ期cN0 ER陽性乳癌を対象にタモキシフェンの術後補助療法5年群と放射線照射+術後補助療法5年間群を比較し,10年の腋窩再発率はそれぞれ3%と0%,局所再発は10%と2%と報告されている18).本試験の64%の症例で腋窩手術は施行されていなかった.2023年に報告されたSOUND試験(n=1,463)は,超音波診断でcN0と診断されたcT1乳癌を対象としSNBで病期分類を行う群と腋窩病期分類を行わない群の前向きの非劣性第3相ランダム化比較試験である19).87.8%がER陽性HER2陰性乳癌でありSLNB群の13.7%が転移陽性であった.5.7年の観察期間中央値で主要評価項目の無遠隔再発率はそれぞれ97.7%と98.0%(HR, 0.84; 90% CI, 0.45-1.54; noninferiority P = 0.02)でSNB省略群の非劣性が示された.同様の試験としてINSEMA試験(NCT02466737),BOOG 2013-08試験(NCT02271828),NAUTILUS試験(NCT04303715)が進行中である.
VII.臨床的リンパ節転移陽性症例のDe-escalation(腋窩郭清の省略)
転移陽性乳癌に対する新しい手術コンセプトとしてtailored axillary surgery(TAS)が提唱されている.本術式はSLNおよび触知上疑わしいリンパ節を切除する腋窩縮小手術である.無作為化第Ⅲ相OPBC-03/TAXIS試験(NCT03513614)は術前化学療法を含むc-stage Ⅱ-Ⅲ症例を対象とし腋窩郭清群とTAS群の無増悪生存割合とQOLをエンドポイントとし進行中である.またTADEN試験(NCT04671511)はサブタイプにより治療戦略が異なりTNBCやHER2陽性乳癌では術前化学療法後にTASを施行し残存リンパ節転移を認めた場合は郭清術を追加する一方,ER陽性HER2陰性に対しては術前画像診断でリンパ節転移2個以下の場合にTASを施行し腋窩照射と腋窩照射の省略を比較する試験が進行中である.
VIII.おわりに
腋窩郭清術手術は高頻度に不可逆的なリンパ浮腫などの合併症を引き起こすため,以前から縮小手術が検討されてきた.臨床的リンパ節転移陽性症例に対する腋窩郭清の省略の試験は現在進行中であり結果が待たれている.腋窩手術のDe-escalationは局所制御と腋窩ステージングの評価による術後薬物療法(CDK4/6阻害剤やS-1,non-pCRの後治療など)に影響を及ぼす可能性があり,適応症例を慎重に選択する必要がある.
利益相反:なし
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