日外会誌. 125(5): 415-422, 2024
特集
乳癌治療における手術の省略について考える
5.乳癌放射線治療は切除手術に代わり得るか
東都大学 管理栄養学部 唐澤 久美子 |
キーワード
乳癌, 非手術, 放射線治療, 定位放射線治療, 粒子線治療
I.はじめに
乳癌における手術の省略を局所療法の省略と考えるのにはいまだ抵抗がある.限局性の固形癌における局所療法の役割を一挙に否定するほどのエビデンスはまだないと考えている.
では,手術に代わり得る局所療法はあるのか,放射線治療は手術に代わり得るのか.現在の乳癌診療における放射線治療の役割は,乳房術後の補助療法,再発癌の局所治療である.再発癌の治療には,骨転移に対する通常照射や,多発脳転移に対する全脳照射の様に症状緩和を目的としたものの他,脳転移に対する定位手術的照射,オリゴの骨転移に対する定位照射も保険適用になるエビデンスを有している.転移部位への根治的照射のエビデンスが認められているということは,乳癌=放射線治療では治らない癌という図式は当てはまらない.では,乳癌の原発巣を手術と同等に制御する事は可能なのだろうか.
放射線治療の歴史的経験,いくつかの臨床試験が示す様に,今までのエックス線の通常照射法では,放射線治療の成績は手術よりかなり劣る.しかし,今後もずっと放射線治療で乳癌原発巣の制御は難しいのであろうか,原発巣に対する根治的放射線治療の可能性はないのだろうか.乳癌手術の身体的侵襲は大きくはないが,これだけ多くの患者がいれば,手術を希望しない患者,併存症などで手術困難な患者の数も少なくない.患者の高齢化で,より負担が少ない治療法が求められてきてもいる.そのような状況で,適応を限定しての高周波アブレーション,冷凍アブレーション療法,高密度焦点式超音波,体幹部定位放射線治療(定位照射),粒子線治療などの非外科的療法が試みられている.本項では,放射線治療の新しい取り組みとしての定位照射や粒子線治療を中心に述べる.
II.術前照射のトライアル
乳癌に対する根治放射線療法の可能性を模索する前段階として,術前の根治的放射線療法の臨床試験が行われている.わが国における通常分割法の術前根治照射の臨床試験としてはJCOG0306が知られている.2から5cmの乳癌に対してAC療法4コースとweekly paclitaxel療法12コース後に乳房照射45Gy1/25回とブースト照射10Gyを行うプロトコールで,放射線治療完遂例におけるpCR率は41.6%と半数以下であった1).
乳房部分照射(Partial Breast Irradiation: PBI)を術後でなく術前に行う試験が現在盛んに行われている.PBIは低リスク患者(50歳以上,T1,25mm以下のDCIS,ER陽性)でコンセンサスが得られ米国などでは広く行われているが,当初行われていた組織内刺入の小線源治療よりさらに侵襲が少ない外部照射の強度変調放射線療法(Intensity Modulated Radiation Therapy: IMRT, Volumetric Modulated Arc Therapy: VMAT)や定位放射線療法(Stereotactic Body Radiation Therapy: SBRT)が行われるようになってきている.IMRTとVMATは多方向から腫瘍部に線量を集中して周囲の線量を下げる方法,SBRTは腫瘍部に限局されて高線量を1回から数回で照射する方法である.IMRTやVMATは前立腺癌の根治照射,SBRTは早期肺癌に対する根治照射などで手術に劣らない成績をあげている.Civilらは,低リスク乳癌に対する術前乳PBIの試験のSystematic Reviewを2023年に発表している2).その報告によれば,九つの試験では成績が報告されている(表1)3)
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11).九つの試験に登録された患者の総数は359例で,Vasmelらが報告しているABLATIVE試験では42%でpCRが得られており,PBIと切除術の間隔が8カ月の例に限れば48%でpCRが得られていた.照射終了直後の手術ではpCRは低く,放射線療法の原理を考えても効果出現には数カ月以上かかる事と考えられた.3件の研究では5年後の成績が報告されており,局所再発率は0~3%,全生存率は97~100%であった.急性有害事象は,1度の放射線皮膚炎(0~34%)と漿液腫(0~31%)が主で,晩期有害事象は主に線維化で,1度が46~100%,2度が10~11%と軽微であり,整容性は,78~100%の患者で良好であった.
現在進行中の研究を表2にまとめた.照射終了から3カ月を待って切除術を行う試験では,乳癌の根治照射につながる結果が出る可能性があると期待している.
III.根治定位照射
実臨床の定位放射線療法の試みでは,芝本らの報告がある12).手術を希望しない手術可能な38例(0期7,Ⅰ期12,Ⅱ期16,Ⅲ期3)の患者に対して50Gy/25回の全乳房照射とSBRT(18-25.5Gy/3回)あるいはIMRT(20Gy/8回)によるブースト照射を,26例では放射線増感効果を期待してKORTUC腫瘍内過酸化水素注射(KORTUC)あるいはS-1を併用して施行し,画像上のCRが19例,PRが19例で経過観察期間の中央値50カ月の時点で局所再発2例,鎖骨下リンパ節転移1例,遠隔転移2例であったと報告している.Ippolitoらは,10例のⅣ期の乳癌原発巣に対して40Gy/5回のSBTRを行い,CR 50%,PR 30%,SD 20%であったと報告している13).
IV.粒子線治療
放射線治療には,一般的な光子線(エックス線やガンマ線)以外に,陽子線,重粒子線,ホウ素中性子捕捉療法という粒子線を使った治療があり,他癌では保険収載されている.放射線の中で,電子より重いものを粒子線,ヘリウムイオン線より重いものを重粒子線というが,重粒子線として現在用いられているのは炭素イオン線で,質量12の炭素の原子核を加速器で光速の約70%に加速したものである.
陽子線と重粒子線は混同されやすいが,この二つの性質は大きく異なっている.表3に示すように,陽子線はエックス線と同じ低LET(Linear energy transfer:線エネルギー付与)放射線であり,一方,重粒子線は高LET放射線である.LETとは,単位距離あたりに物質に付与するエネルギー量で,電荷を反映すると考えて良いので,陽子1個と,原子核に陽子6個を持つ炭素では6倍の電荷である.LETが大きいと生物学的効果(relative biological effectiveness:RBE)も高くなり,陽子線のRBEは1.1(エックス線を1としている),炭素イオン線は約3であり,細胞や組織に与える損傷(がんを殺す力)が強い放射線である.そのため,従来放射線抵抗性と言われていた腫瘍にも優れた効果を発揮し,2024年6月現在,骨軟部腫瘍,肝細胞癌,胆道癌,膵癌,扁平上皮癌以外の頭頸部腫瘍,大腸癌術後再発,子宮頸癌,婦人科悪性黒色腫,前立腺癌,肺癌に対する保険適用を取得している.
陽子線治療と重粒子線が同様に良好なのは,病巣への線量集中性である.図1に示すようにエックス線やガンマ線と比較して,正常組織への不要な被ばくが圧倒的に少ない.陽子線治療は,装置も比較的低価格(現状40億円程度)で小型で,エックス線と同様の理論で使えるため将来的にはエックス線治療に取って代わると考えられている.一方,重粒子線は装置も高価(現状150億円程度)で大型であり,低LET放射線で制御不能な腫瘍に対しての特別な治療と位置付けられる.
V.陽子線治療
陽子線治療は,特に米国などでは肺や心臓への線量付与がより少ない術後照射として行われているが,根治照射の取り組みは多くない.PBIの寡分割照射の取り組みも術後照射が主である14).メディポリス国際陽子線治療センターでは「早期乳がんに対する陽子線治療による乳房部分照射の安全性と有用性についての研究」の臨床試験を行っており,第Ⅰ相を4例で終了し第Ⅱ相の10例以降の症例集積が進行中である.
VI.早期乳癌に対する炭素イオン線治療
筆者が乳癌の重粒子線治療研究を行っている国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(National Institute for Quantum Science and Technology)量子生命・医学部門QST病院(旧 放射線医学総合研究病院)は,1994年に臨床専用装置として世界で最初に炭素イオンを用いた重粒子線治療を施行した施設である.現在世界には15か所の重粒子線治療施設があるが,QST病院は世界で最多の治療実績を有している.
乳癌に対する根治照射の可能性を検討するため,2013年より早期乳癌に対する炭素イオン線治療の試験を行っている(図2).一つの先進医療と三つの臨床試験を実施し,臨床試験の二つは現在も症例登録中である.三つの臨床試験は,第Ⅰ相で線量増加試験を行い,推奨線量を決定後に第Ⅱ相に移行している(表4).最初の試験(乳腺1)は,60歳以上のⅠ期低リスク例を対象とし,推奨線量は60.0Gy(RBE)/4分割となり治療後に内分泌療法を5年施行した15).この試験と並行して,臨床試験に登録できなかったⅠ期乳癌に先進医療(放医研9404総合研究)での52.8Gy(RBE),60.0Gy(RBE)/4分割の治療を行った16).2番目の臨床試験(乳腺2)では,2cm以下のTis-1N0M0例に対し,リスクに応じた標準的補助薬物療法とエックス線による全乳房照射を併用し,推奨線量は60.0Gy(RBE)/4分割となった.3番目の臨床試験(乳腺3)では,50歳以上の2cm以下のTisとLuminal A likeのT1N0M0例を対象とした単回照射で,50.0Gy(RBE)が推奨線量となり,照射後に内分泌療法を5年施行している.症例の治療後の経過を図3に示す.2013年4月から2024年2月末までに早期乳癌66例に炭素イオン線治療を施行した.主な結果を表5に示す.治療後の腫瘍消失には中央値で12カ月を要していた.急性有害事象は皮膚炎,乳腺炎,筋炎,肋骨炎だが,全て2度以下であった.臨床的に問題となる晩期有害事象は認めていない.照射野内再発は2例,同側乳房照射外再発(いずれも重複癌が考えられる)は2例,プロトコールに規定された薬物療法拒否で試験から脱落した1例に骨転移を認めたが,他は再発なく経過している.整容性はいずれも良好である.
VII.おわりに
従来のエックス線による通常分割照射法では制御率が低かった乳癌も,定位照射や粒子線治療,特に炭素イオン線治療では有望な成績が報告されている.炭素イオン線治療は,麻酔や手術切除が不可能な患者にも施行可能な治療であり,物理工学的な研究開発がさらに進んで,施設が増え,治療費用が低減して,利用しやすい治療となる将来を期待している.臨床試験に関する情報と患者紹介については,QST病院ホームページの「乳がんに対する重粒子線治療について」を参照されたい.
https://www.nirs.qst.go.jp/hospital/radiotherapy/explanation/doctor14.php
問い合わせアドレス: ml-breastcirt@qst.go.jp
利益相反:なし
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