日外会誌. 125(5): 399-405, 2024
特集
乳癌治療における手術の省略について考える
3.手術を省略した臨床試験
群馬県立がんセンター 乳腺科 藤澤 知巳 |
キーワード
乳癌, 非切除, 臨床試験
I.はじめに
乳房は女性の象徴臓器であり,乳汁を産生する機能のみならず身体美や性的魅力にも関与する.ここを母体として発生する乳癌は現在女性の最も罹患率の高いがんであり,2019年の罹患者は97,142人となっている(国立がん研究センター運営サイト参照).がん治療の基本は手術による原発巣の切除であり多くの固形がんは同様である.乳癌も例外ではなくがんの病理的診断のついた後は手術を行う.他臓器のがん腫と比べ,治療としての原発巣切除により最も整容性を損なうのが乳癌手術の特徴である.乳房温存術が安全に行われ且つ予後の改善が図られたとしても1),乳房の変形は免れず発症部位によっては全乳房切除を選択する場合もある.
乳癌の治療体系をみるに,薬物療法は従来の殺細胞性化学療法剤に分子標的薬,抗体薬,抗体薬剤複合体,免疫チェックポイント阻害剤が加わることで大幅な予後改善が図られた.これに対して手術療法は1980年代の乳房切除,或いは温存手術とほぼ変化はなくセンチネルリンパ節生検による腋窩リンパ節郭清術省略が普及しただけでありこの40年間同じ治療体系を踏襲しているのみといえる.
II.どのような場合手術省略が安全に行えるか
現時点では他がん腫含め固形がんにおいて手術せず根治させる治療は成立していない.だが,乳癌の場合他がん腫にない腫瘍の特性から手術せずに安全に根治治療を行う方法の開発が進められている.これらを検証する臨床試験について以下に説明を行う.
III.どのような場合手術省略が安全に行えるか―切除する必要がない場合―
原発巣から乳癌を切除するのは,乳癌が乳房内で増大することで疼痛が生じたり,皮膚浸潤および自壊による出血のため貧血や腐臭などが生じQOLが低下すること,乳房での腫瘍増大とともに腫瘍細胞が乳房から血行性リンパ行性に他臓器へ転移を起こすことを防ぐために行う.
では,腫瘍が増大しない,そして遠隔転移を起こさないのであれば手術による腫瘍切除は省略できないかという臨床的疑問が生じる.
最近は検診による乳癌の早期発見が進み,自覚症状の出現する進行がん,浸潤がんでなく非浸潤がんの状態で見つかるケースが増えている2).非浸潤がんであれば血行性リンパ行性に遠隔転移を起こす前段階である.また,悪性度が低いものであれば終始この状態で留まり遠隔転移を行う浸潤がんに進まないケースがある3).つまり終生この病状でいるのであれば手術し原発巣を切除しなくても良いということになる.
このことから,世界では四つの大規模臨床試験が進んでいる.日本からはJCOG(Japan Clinical Oncology Group;日本臨床腫瘍グループ)乳癌グループによる前向き研究が行われており((Low-risk DCIS with endocrine therapy alone-TAM) : LORETTA trial),2024年に登録が終了し現在は予後の観察が進んでいる4).この臨床試験の適格症例は以下の通りである(表1).適格条件に合った症例は登録後タモキシフェン(20mg/day)を5年間内服し手術は行わない.その間は的確な期間をおいてMMG,乳房超音波検査を行い腫瘍増大なきことを確認しながら観察を続ける.この試験の結果によっては,条件に合った非浸潤がんの手術省略が確立することになる.
表に他研究を示す(表2).他研究は全てランダム化比較試験であり標準治療の手術群とactive surveillance群の比較を行っている.試験治療群は画像による検査のみでLORETTA試験はタモキシフェンによる薬物療法が必須とされている点が他研究と異なる.このため各自の結果のみならず統合解析によりより精細なデータが構築できると考えられ,実際各々の研究者は連携をとり情報交換を行っている.
このように海外も日本同様医師主導で臨床試験を進めているが,興味深いことは発案が臨床医ではなく患者団体からということである.後ろ向き研究で予後良好が判明している対象者に対し非切除を確立するための前向き研究を行ってもらいたい,という患者団体からの要望があり臨床試験が始まっている.このことからも,乳房の手術省略を如何に患者は希望しているか,窺い知れる.
IV.どのような場合手術省略が安全に行えるか―他の治療が奏功した場合―
乳癌治療の基本手技は手術や放射線治療による局所治療と薬物療法(内分泌療法,殺細胞性化学療法,抗体療法,分子標的阻害剤,抗体薬剤複合体,免疫チェックポイント阻害剤)による全身治療となる.手術省略のため同じ局所治療である放射線治療は単体では手術の代替となる根治を目指した効果は期待できない.では薬物療法はどうか?
乳癌の薬物療法を行うタイミングに術前化学療法,術後化学療法といった手術を起点とした振り分け方がある.この時点で治療の中心は手術,となる.乳癌は生物学的特性からホルモン受容体とHER2/Neuの発現の有無によってluminal type, HER2 type, Triple negative typeに分類される5).Luminal typeはホルモン受容体により内分泌療法が奏功するため術後内分泌療法による再発予防がメインの治療となる.Triple negative typeは免疫チェックポイント阻害剤の登場により術前化学療法が増えている6).HER2 typeは腫瘍径3cm以下の腋窩リンパ節転移陰性であれば術後にアンスラサイクリンを含まないレジメンといったless toxityな治療が推奨されている7).それ以外であれば術前化学療法を行い腫瘍径縮小による温存手術を目指す,治療感受性を確認し術後補助療法選択の一助とする,などがある.この際,抗HER2療法として抗体薬であるtrastuzmab, pertuzmabを併用する8)
9).規定された薬剤投与量とペースで治療を行った後に原発巣切除を行う.切除標本の病理学的検索を行い,特にHER2 tyoeの場合病理学的完全奏功(pathological complete response;pCR)到達率が74.6%と高値を示す8).pCR症例は原発巣が奏功したように微小転移にも奏功するため予後が大幅に改善しリンパ節転移陽性であっても3年無再発生存割合92%となる10).
薬物療法が奏功し手術を行っても既に原発巣に腫瘍の遺残を認めない,この傾向は実臨床でも日常的に経験する.このため,「薬物療法により原発巣が奏功した症例に対し手術省略が安全に行えないか」という臨床的疑問が生じる.これについては過去にも同様の疑問を解決すべく後方視研究が多数行われた11).標準治療群は術前化学療法施行後に手術による原発巣切除,試験治療群は術前化学療法施行後の触診を行い臨床的奏功(clinical complete response;cCR)と診断された場合手術による原発巣切除を省略し乳房放射線治療のみを行うものであった.術前化学療法のレジメンも様々,且つcCR診断も触診のみと精度の低い診断技術であっても5年全生存期間は74% vs 76%, 82% vs 91% と相違はなかったが,局所再発率は10% vs 21%,12% vs 23%と有意差があるため標準治療にはなっていない11).
Ringらによる後方視解析でも10年全生存割合で52% vs 46%,p=0.7,無遠隔生存割合も70% vs 76%,p=0.6 と有意差を認めなかった.局所再発においては5年の観察期間で25% vs 17%,p=0.2と手術省略群が高い傾向だったが遠隔転移については有意差がなかった.これら局所再発症例は,原発巣再発15例,原発巣+腋窩リンパ節再発1例であったが全て再発後に手術(15例),或いは追加化学療法後に手術(1例)を行うことで十分な局所制御が行われた12).このことから,初期治療が奏功した場合の原発巣の手術省略を行い,局所再発が起きても十分な追加治療により予後に影響しないと考えられる.
世界でも手術省略を前向きに検証する動きがみられる.米国13),欧州14),韓国15)で現在手術省略を検証する臨床研究が行われている.
日本では,pCR率を挙げることでより安全に乳癌原発巣非切除を行えるか検証する臨床試験が行われた(JCOG0306;腫瘍径2cm以上のⅠ-ⅢA期原発乳癌に対する術前化学療法とそれに続く放射線照射の有効性・安全性試験).これは通常の化学療法(AC療法4コース→weekly paclitaxel療法12コース)施行後に放射線治療(45Gy+boost10Gy)を上乗せすることでpCR率向上を図り,有効であった際は次研究としてこのプロトコール治療を行った後の非切除療法を企画する予定であった.2004年6月から登録開始し,全108症例が登録された.残念ながら試験は主要評価項目である病理学的完全奏効割合(pCR rate)50%に達せずnegative data となったが注目すべきは登録期間の短さである.当試験は安全性を担保するため登録開始7症例のうちに1例もpCRがみられない場合無効中止とするストッピングルールが存在し,このために試験は途中中止となったが中止勧告がなされた際には必要症例数全ての登録が終了していた.得てして臨床試験は登録が進まず途中登録期間を延長する傾向が多いが,この試験は11カ月という当初予定していた登録期間の2/3の期間で必要症例数が登録された.それだけ当時の臨床家が,如何にpCR症例の非切除療法の開発に興味があったか窺い知れる.
その後日本では同じJCOG乳癌グループで乳房非切除を前向きに検証する臨床試験が行われた(JCOG1806;薬物療法により臨床的完全奏効が得られた HER2 陽性原発乳癌に対する非切除療法の有用性に関する単群検証的試験 Avoid MAstectomy using Trastuzumab, pertuzumab and RAdiation Study for Breast Cancer AMATERAS-BC, jRCTs031190129).適格症例はHER2 type乳癌,腫瘍径5cm以下,腋窩リンパ節転移なし遠隔転移なしで20~75歳女性とした.原発巣に腫瘍マーカーを挿入し抗HER2療法(trastuzmab, pertuzmab)を含めた初期薬物療法を規定レジメン通り行い,後にcCR判定を行う.cCR判定は触診,超音波検査,造影MRIで腫瘤を認めない事と規定された.一部症例は針生検による遺残腫瘍の有無を確認した.cCRと診断されれば手術は行わず乳房放射線治療を行った.腫瘍マーカーを目印に原発巣にブースト照射も追加を規定した16).2019年11月から登録開始し2023年3月に登録終了,現在は全353症例の登録後の観察を行っている.2026年3月に主要評価項目が,2028年3月に副次評価項目の解析が上梓される予定である.他国研究に比べ当臨床試験が最初に300人規模の研究結果を提示できるので以降の研究への影響も考えられる.また,当臨床試験の適格症例がHER2 typeであったが,術前化学療法後,HER2 type同様pCR率の高いtriple negative typeを適格症例にする臨床試験も計画中である.
V.どのような場合手術省略が安全に行えるか―切らない治療を行う場合―
手術省略の最後の方法,切らない治療についての解説を行う.これはメスによる切除を行わずエネルギーによる腫瘍破壊による治療となる.扱うエネルギーとして,超音波集束(FUS)17),凍結療法,熱エネルギー(ラジオ波,電磁波)がある.2023年12月に本邦でラジオ波焼灼療法(RadioFrequency Ablation therapy;RFA)が保健収載された18).このRFA療法は以前から肝細胞癌,転移性肝腫瘍に適応があった.超音波画像ガイド下に焼灼針を穿刺し先端から発生するラジオ波により発生するジュール熱エネルギーにより腫瘍を焼灼壊死させる手技である.この治療法の有効性を乳癌領域に持ち込もうとする動きが全国であったが,個々の症例報告で有効性の検証がされているのみであった.2008年国立がんセンター中央病院を中心に厚生労働省科学研究費補助金医療技術実用化総合研究事業での「早期乳癌へのラジオ波焼灼療法の安全性および有効性の評価に関する多施設共同研究」が国内7施設で実施された19).主要評価項目は術中および術後12カ月間におけるラジオ波焼灼療法の有害事象の有無であり手技の安全性を検証するものであった.安全性が検証されたため2012年からは先進医療枠(現在ではAMED研究枠)で「早期乳癌へのラジオ波熱焼灼療法の有効性の検証と標準化に向けた多施設共同研究」が実施された.腫瘍径1.5cm以下の早期乳癌を対象とし,372例が登録された.主要評価項目は5年温存乳房内無再発生存割合である20).この結果はASCO2024にて発表予定である.本邦ではこの結果を以て保険収載された.今回の適格症例は表のようになる(表3).手技が簡便であること,必要医療機器が比較的安価ということから乱診乱療された歴史があるため保険診療下での使用が始まっても日本乳癌学会主導で術者認定制度を用いて適正使用の普及に努めている.
針先端から発生するラジオ波によるジュール熱によって腫瘍焼灼および壊死を起こすので整容性は非常に良好である.だが発生する熱による皮膚熱傷,乳房タンパク質成分の熱変性による硬結などRFA療法特有の有害事象が発生するので手技の習熟が必要となる.これについては日本乳癌学会主導でのe-learnig受講を資格受領の必須条件とした.
当院(群馬県立がんセンター)では開発早期から単施設研究,そして多施設研究とRFA療法を実施しているが,RFA療法実施患者全てが乳房の非切除を希望されて来院された.このことからもRFA療法は乳房非切除を実現する治療の一つと言える.
VI.おわりに
乳房は女性にとって重要な臓器であるため予後に影響する治療といえども整容性を失うことに抵抗する心理は理解できる.予後を大きく改善した全身治療である薬物療法がこの20年で大きく進歩した点を考えると乳癌の外科領域はこの40年ほぼ同様であり,未だに整容性を損ねる治療を続けている技術の停滞がある.外科医の用いる切除という技術はあくまでも必要悪と考え,いつかは非切除が安全に行えがん患者の予後が改善されたように整容性も改善されるようわれわれ外科医は留意する必要があると考える.
利益相反:なし
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