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日外会誌. 125(3): 258-259, 2024

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会員のための企画

医療訴訟事例から学ぶ(138)

―腹腔鏡下手術の際に開腹手術の選択肢につき説明をせず過失が認められた事例―

1) 順天堂大学病院 管理学
2) 弁護士法人岩井法律事務所 
3) 丸ビルあおい法律事務所 
4) 梶谷綜合法律事務所 

岩井 完1)2) , 山本 宗孝1) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1)



キーワード
腹腔鏡下手術, ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術), 開腹手術, 早期胃癌

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【本事例から得られる教訓】
腹腔鏡や内視鏡下で手術等を実施する際,開腹手術も選択肢にあるならば,開腹手術についても適切に説明をするよう改めて留意したい.医事紛争では開腹手術の説明義務違反が争点になることが少なくない.

1.本事例の概要(注1)
今回は,早期胃癌に対する腹腔鏡下手術において,術前に開腹手術について説明をしていなかった事例である.腹腔鏡か開腹かについては,外科医も検討を要することもあり関心も高いと思われるため,紹介する次第である.
患者(79歳位・男性)は,平成29年9月12日,本件病院(以下,「病院」.がん診療連携拠点の指定は受けていない)で内視鏡検査を受け,消化器内科部長のA医師は,採取した組織の病理検査の結果も踏まえ,初期の胃癌である旨を説明した.なお,患者は病院の循環器内科に僧帽弁狭窄症,心房細動で通院(ワーファリン内服)していた.
A医師は,外科のB医師に,内視鏡検査で前庭部前壁にやや不整形の周囲隆起した陥凹病変(Ⅱa+Ⅱc,病理はTub2(中分化腺癌)の方がTub1(高分化腺癌)より優位)を認めたが,CT検査結果では明らかな遠隔転移はなく,手術適応と考えると伝えた.
平成29年9月15日,A医師は,上部消化管造影検査(UGI)を行ったところ,粘膜下層浸潤癌(SM)の可能性があると診断した.
外科のB医師は,患者に対し,腹腔鏡下手術に関する説明,手術をしない場合の予後に関する説明等をした.なお,腹腔鏡下手術のメリットについては説明したものの,そのデメリットについては特に説明せず,また,開腹手術およびESDについてはメリットもデメリットも説明しなかった.
平成29年10月18日の9:10に全身麻酔が行われた後,10:11からB医師を術者とする腹腔鏡下の幽門側胃切除術と残胃十二指腸吻合術(デルタ吻合)が行われ(以下,「本件手術」.幽門側を切除した後の残胃と十二指腸を吻合した部分を「本件吻合部」),患者の右上腹部孔からフラット・ドレーンが本件吻合部付近に挿入・留置された後に閉創されて15:32に終了し,上記麻酔は16:17には終了した.
平成29年11月1日,患者は突如,腹腔内で大量出血を起こしてHCUに移った.B医師は,翌日の平成29年11月2日,開腹ドレナージ術を実施し,本件吻合部に10mm大の穿孔と同部位からの腸液の漏出を認め,同部位の縫合不全を覚知した.
本件患者の腹腔内は感染症を起こしており,上記開腹ドレナージ術により広範囲にわたって壊死した組織の除去や洗浄が行われるなどし,ドレーンが留置されて処置が継続されたが,平成29年11月11日頃から急性呼吸不全による低酸素血症,高二酸化炭素血症が進行し平成29年11月18日に急性呼吸不全で死亡した.

2.本件の争点
本件では,ESDを選択すべきであったかという点や術後管理の点等についても争われたが,いずれも医師の過失は否定されている(紙面の都合上,詳細は割愛する).本稿では,説明義務の争点に関し,記載する.

3.裁判所の判断
まず裁判所は,ESDの説明義務について検討し,本件当時の胃癌学会ガイドライン(第4版)では,絶対適応病変のみにESDが推奨されており,適応拡大病変については外科手術が推奨されていたと認定した.そして本件は,病変部位が潰瘍を合併しており,ESDの絶対適応病変ではなく拡大適応病変に該当するとした.
一方で裁判所は,ESDの適応拡大病変のうち,潰瘍を合併していても3cm以下の粘膜内癌と診断される分化型癌等については,その有用性等が報告されており,平成30年1月には当該適応拡大病変をESDの絶対適応病変とする内容に胃癌学会ガイドラインが改訂されたこと等について認めた.しかし,本件手術当時はまだガイドライン第4版の改訂には至っていなかったこと等に照らし,A医師は本件病変部位が潰瘍を合併しておりESDの絶対適応病変ではないと判断していたのであるから,患者に対しESDに関し説明する義務を負っていたとは言えないとした.
次に裁判所は,胃癌学会ガイドラインの記載等を根拠として,本件手術で採用された腹腔鏡下の胃切除術については,幽門側胃切除術が適応となるcStage1症例においては,腹腔鏡下手術は日常診療の選択肢となり得るとされ,適応拡大病変に対するESDよりは前向きな評価がされていたものではあるが,本件において第一次選択とすべき術式については,開腹手術であったと認定した.
したがって,B医師としては,本件患者に対し,開腹手術の一般的な利害得失について分かりやすく説明すべき義務があったとし,B医師は当該説明を怠った過失があり,患者の術式選択に関する自己決定権を侵害したと認定した.
一方,B医師は,本件患者の年齢や心疾患の既往に照らし,低侵襲術式のメリットの方が高いと考えており,仮に開腹手術について説明をしたとしても,腹腔鏡下の切除術を推奨したことが認められる等として,患者が,開腹手術の説明を受けていたとしても,開腹手術を選択した蓋然性が高かったとは言えないとして,開腹手術に関する説明義務違反と患者の死亡との間の因果関係は否定した.
しかしながら,自己決定権を侵害されたこと自体により患者が被った精神的苦痛に対する慰謝料として,300万円が認定された.

4.本事例から学ぶべき点
本件において,第一選択とすべき術式が開腹手術であったのであれば,説明義務違反の認定は妥当な範囲内といえよう.しかしながら,担当医は,患者の年齢や心疾患の既往をも考慮して,仮に開腹手術について説明をしたとしても腹腔鏡下手術を推奨したとも認定されているため,あくまで想像の範囲を出ないものではあるが,担当医としては,患者の総合的な利益を考慮し,開腹手術については説明の必要がないと判断してしまっていたのかもしれない.
腹腔鏡や内視鏡下による手術については,技術の進歩や侵襲の程度の低さ等から,今後も増加すると思われるが,事故が生じ医事紛争になった際には,開腹手術の説明義務違反を主張されるケースが少なくない.開腹手術も選択肢に挙がるのであれば,必ず開腹手術の利害得失についても説明を行うよう,改めて留意したい.

 
利益相反:なし

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引用文献および補足説明
注1) 名古屋地裁 令和4年12月23日判決.

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